菊池桃子の旦那の学歴|新原浩朗は海城高校から東大卒のエリート官僚

菊池桃子の旦那の学歴|新原浩朗は海城高校から東大卒のエリート官僚

※当記事は公開情報をまとめた考察記事です。記載内容は執筆時点で確認できた情報に基づきます。
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菊池桃子さんの旦那である新原浩朗さんは、海城高等学校から東京大学経済学部を卒業した超エリート官僚として知られています。

2019年11月に再婚を発表し、当時経済産業省の経済産業政策局長を務めていた新原さんとの結婚は大きな話題になりましたよね。

この記事では、菊池桃子さんの旦那である新原浩朗さんの学歴を中心に、高校時代のエピソードや2浪を経て東大に合格するまでの道のり、さらに菊池桃子さん自身の学歴についても詳しく整理していきます。

記事のポイント

①:新原浩朗さんは海城高校から東大卒

②:高校時代は2浪して東大経済学部に合格

③:ハーバード大学の客員研究員も経験

④:菊池桃子さんは法政大学大学院を修了

菊池桃子の旦那である新原浩朗の学歴と経歴を徹底解説

  • 新原浩朗の学歴一覧と偏差値
  • 海城高等学校時代のエピソードと人物像
  • 2浪を経て東京大学経済学部に合格した背景
  • ハーバード大学客員研究員の経験
  • 旧通産省入省から経済産業政策局長までの出世街道

新原浩朗の学歴一覧と偏差値

 
 
 
 
 
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菊池桃子さんの旦那である新原浩朗さんの学歴は、まさにエリート街道そのものです。

日本の最高学府である東京大学を卒業しているだけでなく、世界最高峰のハーバード大学でも研究経験を持っています。

学校名 偏差値 備考
海城高等学校 72 東京都新宿区の私立男子校
東京大学経済学部経済学科 67.5 2浪で合格・1984年卒業
米国ハーバード大学経済学部 2006年 客員研究員

海城高等学校とはどんな学校か

結論から言うと、海城高等学校は東京都新宿区にある私立の男子校で、偏差値72という都内でもトップクラスの進学校です。

東京大学や早稲田大学、慶應義塾大学への進学者を毎年多数輩出しており、医学部への合格実績も高い名門校として知られています。

毎年の東大合格者数は40〜50名前後にのぼり、開成・筑駒・麻布といった超名門校に次ぐ実績を誇っています。

新原さんは福岡県出身ですが、この海城高等学校に進学していることから、幼少期から非常に高い学力を持っていたことがうかがえますよね。

地方から東京の名門校を目指して上京するというのは、当時としてもかなりの覚悟と実力が必要だったはずです。

福岡県にも修猷館高校や久留米大附設といった名門校がある中で、あえて東京の海城を選んだという判断も興味深いですね。

東京大学経済学部のレベル

東京大学経済学部の偏差値は67.5で、日本の経済学部としては最高峰に位置しています。

新原さんは2浪の末にこの難関を突破しており、並々ならぬ努力があったことが想像できます。

東大経済学部は官僚や経済界のリーダーを数多く輩出しており、新原さんの同期や先輩後輩にも各省庁の幹部が名を連ねています。

卒業後の1984年には旧通商産業省(現在の経済産業省)に入省しており、学歴だけでなくキャリアも超一流と言えますよね。

ハーバード大学での研究経験

さらに注目すべきは、2006年に米国ハーバード大学経済学部の客員研究員を務めている点です。

ハーバード大学は世界大学ランキングで常にトップ3に入る名門中の名門で、ノーベル経済学賞受賞者も多数在籍しています。

世界最高峰の大学で研究に携わった経験は、後のキャリアにも大きな影響を与えたと考えられます。

国内の最高学府である東京大学を卒業し、さらに海外の名門大学でも研鑽を積んでいるという点で、新原さんの学歴は日本の官僚の中でも群を抜いていると言えるでしょう。

海城高等学校時代のエピソードと人物像

新原浩朗さんの高校時代は、かなりユニークなものだったようです。

週刊女性PRIMEの取材に応じた同級生の証言からは、勉強一筋だった新原さんの意外な素顔が浮かび上がってきます。

「帰宅部」で勉強漬けの毎日

結論から言うと、新原さんは部活に入らない「帰宅部」で、ひたすら勉強に打ち込んでいたそうです。

同級生のAさんによると、学級委員長を務めていたものの、それは「みんながやりたくないことを押しつけられただけ」とのこと。

クラス会が1〜2年に1回開かれているそうですが、新原さんは1度も参加したことがないというエピソードからも、当時の人間関係がうかがえますよね。

偏差値72の進学校に通いながらも、さらにストイックに勉強を続ける姿は、相当な覚悟を持っていたことの表れでしょう。

授業中も休み時間も勉強

同級生のBさんは、新原さんの勉強ぶりをこう振り返っています。

「授業はいちばん前に席を陣取り、休み時間はトイレに行く以外はずっと勉強をしていました」とのことです。

予備校に行くために掃除当番をさぼったこともあったそうで、とにかく「東大に行くんだ!」と常に口にしていたようですよ。

偏差値72の海城高等学校に在籍しながらも、さらに上を目指して必死に勉強していた姿は、相当な向上心の持ち主だったことを物語っています。

周囲の生徒たちも優秀な人ばかりだったはずですが、その中でもひときわ目立つ存在だったわけですね。

独特のファッションセンス

勉強以外で同級生の記憶に残っているのが、新原さんの独特な身だしなみです。

「なぜか靴下をはかず、いつもゴム底の白いシューズを裸足ではいていて……本当に変わったやつでしたよ」と同級生Aさんは語っています。

勉強に全精力を注いでいたからこそ、身だしなみには無頓着だったのかもしれません。

ここ、なかなか面白いエピソードですよね。

ちなみに、新原さんの結婚報道が出た際にはすぐに同級生数人からメールが飛び交い、「あの新原が……」と驚きの声が上がったそうです。

同級生のCさんは「高校時代の反動が大きいんじゃないかな。”モテなかった俺が、あの菊池桃子を落としたんだぞ!”という見返したい気持ちはあったと思う」とコメントしています。

高校時代に勉強一筋だった青年が、後に1980年代を代表するアイドルと結ばれるのですから、人生は本当にわからないものですよね。

2浪を経て東京大学経済学部に合格した背景

新原浩朗さんが東京大学に合格するまでには、2浪という苦労がありました。

偏差値72の海城高等学校出身であっても東大合格は容易ではなく、ここに新原さんの粘り強さが表れています。

2浪してでも東大を目指した理由

結論から言うと、新原さんは高校時代から「東大に行くんだ!」と公言しており、東大以外は眼中になかったようです。

同級生の証言からも、他の大学への進学は一切考えていなかったことがうかがえます。

偏差値72の海城高等学校では毎年多くの東大合格者を輩出していますが、全員が現役で合格できるわけではありません。

実際に東大の合格率は海城高等学校でも受験者全体の3割程度と言われており、現役合格はさらに厳しい競争です。

新原さんの場合は、2年間の浪人生活を経てようやく合格を勝ち取ったわけですが、途中で諦めずに東大一本に絞り続けた精神力は並大抵のものではないですよね。

早稲田や慶應といった他の名門大学に切り替えることもできたはずですが、あくまでも東大にこだわり抜いたのが新原さんらしいところです。

東大経済学部での学び

東京大学経済学部では経済学科に在籍し、1984年に卒業しています。

当時の通商産業省(現・経済産業省)に入省したことから、大学在学中から官僚志望だったことがわかります。

東大経済学部は財務省や経済産業省への入省者が多い学部で、新原さんもその王道コースを歩んだことになります。

経済学部で培った経済理論の知識は、後に経済産業政策局長として日本の経済政策を立案する際の基盤になったと言えるでしょう。

2浪のハンデを感じさせないキャリア

2浪という経歴は一見するとマイナスに思えるかもしれませんが、新原さんのキャリアにはまったく影響していません。

旧通産省入省後は順調に出世を重ね、最終的には経済産業政策局長にまで上り詰めています。

官僚の世界では入省年次が重視される傾向がありますが、2浪のハンデをものともせずトップエリートの道を歩んだのは、実力が飛び抜けていた証拠です。

むしろ2浪してでも東大に合格したという執念深さが、官僚としての仕事ぶりにも表れているのかもしれませんね。

ハーバード大学客員研究員の経験

新原浩朗さんの学歴を語る上で欠かせないのが、2006年の米国ハーバード大学での経験です。

国内だけでなく海外の名門大学でも研鑽を積んでいるという点は、新原さんの学歴の中でも特筆すべきポイントですよ。

ハーバード大学経済学部客員研究員とは

結論から言うと、客員研究員とは海外の大学に招かれて研究活動を行うポジションで、日本の官僚が海外の名門大学に派遣されるケースは珍しくありません。

ただし、ハーバード大学は世界ランキングで常にトップクラスに位置する名門中の名門です。

そこに派遣されるということは、経済産業省内でも新原さんの能力が高く評価されていた証拠と言えますよね。

一般的に霞が関の官僚が海外留学や研究員として派遣されるのは30代後半〜40代が多く、将来の幹部候補として期待されている人材が選ばれる傾向にあります。

海外経験がキャリアに与えた影響

ハーバード大学での研究経験は、新原さんの国際的な視野を広げることに大きく貢献したと考えられます。

実際に菊池桃子さんの長女・さゆりさんが英語を学ぶ際に、アメリカでの生活経験がある新原さんと夕食時に英語で会話をしているというエピソードもあります。

仕事だけでなく家庭生活でも、海外での経験が活きているわけですね。

学歴だけでなく、実際の海外経験を家族のために活かしているという点が、新原さんの人柄を表していますよね。

官僚としてのキャリアとの関連

ハーバード大学から帰国した後、新原さんは2010年に総理大臣秘書官として菅直人総理大臣を支え、その後は内閣府で「働き方改革」や「一億総活躍」といった安倍政権の看板政策を次々とまとめ上げています。

海外の最先端の経済理論を学んだ経験が、こうした政策立案にも活かされていたと考えるのが自然でしょう。

特に経済産業政策の分野ではグローバルな視点が不可欠であり、ハーバード大学での人脈や知見は新原さんにとって大きな武器になったはずです。

海城高等学校→東京大学→ハーバード大学という学歴の軸が、新原さんの官僚としてのキャリアを支えてきたと言っても過言ではないでしょう。

旧通産省入省から経済産業政策局長までの出世街道

新原浩朗さんは1984年に東京大学経済学部を卒業後、旧通商産業省に入省しました。

ここからの出世街道は、決して順風満帆ではありませんでした。

入省後のキャリアの始まり

結論から言うと、新原さんは入省後、情報経済課長などを歴任し、着実にキャリアを積み上げていきました

経済産業省は日本の経済・産業政策全般をつかさどる主要な行政官庁の一つで、その中でも新原さんは政策立案の中心的な役割を担うポジションに就いています。

特に最近では政治主導が求められる時代の流れによって、最強官庁と言われた財務省に代わり、経済産業省が官邸中枢に主要な人材を送り込んでその存在感を増してきたと言われています。

民主党政権での活躍と「将軍」の異名

2010年には総理大臣秘書官として民主党政権の菅直人総理大臣を支えることになります。

2011年から2013年にかけては資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長に就任し、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)の制度設計に携わりました

民主党政権の後ろ盾を武器にして一気に政策をまとめたと言われており、時の政権からの絶大な信頼を勝ち取っています。

輝かしい実績を上げる一方で、仕事の強引な進め方には「将軍」と揶揄されることもあり、省内には敵も多かったようです。

「新原は終わった」と囁かれた時期

自民党が政権を奪還した直後、新原さんは厚生労働省に出向することになります。

多くの経産官僚の間では「新原は終わった」とささやかれた時期もあったそうですよ。

民主党政権と近かった官僚が冷遇されるのは珍しいことではなく、出世街道から外れたと見られていたわけです。

しかし2014年7月に内閣府大臣官房審議官に就任すると、働き方改革や幼児教育無償化といった案件を次々とまとめ上げ、菅義偉官房長官の絶大な信頼を得ることになります。

世耕大臣からも祝福のツイートが送られるなど、政治家からの信頼も厚い存在だったようですね。

経済産業政策局長への就任

こうした経緯を経て、2018年7月に経済産業政策局長に就任しました。

この役職は経産省事務方の3本指に入ると言われており、次期事務次官候補の最右翼と目されていたポジションです。

海城高等学校から2浪で東大、そしてハーバード大学を経て経済産業政策局長にまで上り詰めた新原さんの学歴とキャリアは、まさに日本の官僚のトップエリートと呼ぶにふさわしいものですよね。

菊池桃子の旦那の学歴と菊池桃子自身の学歴を比較

  • 菊池桃子の学歴一覧と偏差値
  • 法政大学大学院に40歳で進学した理由
  • 元夫・西川哲の経歴と離婚の経緯
  • 新原浩朗と菊池桃子の馴れ初め
  • 新原浩朗のプロフィールと人物像

菊池桃子の学歴一覧と偏差値

 
 
 
 
 
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菊池桃子さん自身の学歴も、実はかなり充実しています。

アイドル時代のイメージからは想像できないかもしれませんが、40歳を過ぎてから大学院に進学するなど、学びへの意欲が非常に高い方なんですよ。

学校名 偏差値 備考
日出女子学園高等学校 51〜61 芸能コースあり
戸板女子短期大学 被服科美術コース 42〜45
法政大学大学院 政策創造研究科 2012年入学(40歳)、修士課程修了

日出女子学園高等学校時代

菊池桃子さんは1968年5月4日、東京都品川区出身で、日出女子学園高等学校に通っていました。

偏差値51〜61の学校で、芸能活動をしている生徒も多く在籍していたことで知られています。

将来の夢は考古学者だったというのが意外ですよね。

1980年代にトップアイドルとして活躍していた時期に、実は考古学に興味を持っていたというギャップが面白いです。

武道館公演の最年少記録を持つほどの人気アイドルでしたが、学業もしっかりと両立させていたようですね。

戸板女子短期大学での学び

高校卒業後は戸板女子短期大学の被服科美術コースに進学しています。

偏差値42〜45の短期大学で、芸能活動と並行して通っていたようです。

被服科美術コースという選択からは、ファッションやアートへの関心がうかがえますよね。

後に2012年には母校の戸板女子短期大学で客員教授に就任しており、学び舎への恩返しも果たしています。

夫婦の学歴を比較すると

新原浩朗さんが海城高等学校(偏差値72)→東京大学(偏差値67.5)→ハーバード大学という超エリートコースを歩んでいるのに対し、菊池桃子さんは芸能活動と学業を両立させながら着実に学びを深めてきたタイプです。

学歴の偏差値だけを見れば差はありますが、40歳で法政大学大学院に進学した菊池さんの学びへの姿勢は新原さんにも引けを取りません

菊池さんは「すっかりアイドルというより文化人です」と評されるほど、知的な印象に変わっています。

むしろ、お互いに学ぶことに貪欲な姿勢が、2人の大きな共通点と言えるかもしれませんね。

法政大学大学院に40歳で進学した理由

菊池桃子さんが法政大学大学院に進学した背景には、非常に切実な理由がありました。

単なるキャリアアップではなく、母親としての強い思いが進学を後押ししたのです。

長女の障害がきっかけ

結論から言うと、菊池桃子さんが大学院進学を決意したのは、障害を持つ長女の就学相談を受けてくれる機関が自治体に少なすぎるという実体験からでした。

菊池さんの長女・さゆりさんは、生後7か月で脳梗塞を患い左手足に麻痺が残っています。

2013年にはこのことを公表し、「芸能人のイメージを守るために隠してきた」「娘が一生懸命生きているのを見ていたら、隠していることが失礼に思えた」と語っています。

長女の中学受験でも苦労があり、受験要項に「心身ともに健全なもの」という条件があるために受験すらできない学校が多かったそうです。

探した結果、跡見学園中学校・高等学校(偏差値36〜46)に入学できたとのことですが、この経験が政策を学ぶ決意につながりました。

法政大学大学院政策創造研究科とは

2012年、40歳にして法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻の修士課程に入学しました。

政策創造研究科は、社会的な課題に対して政策的なアプローチで解決策を模索する学問分野です。

菊池さんの場合は、障害を持つ子供の教育環境の改善という明確な目的を持っての進学だったわけですね。

44歳で修士課程を修了しており、アイドルから文化人への転身を印象づけるきっかけになりました。

大学院修了後の社会的活動

大学院での学びを活かし、菊池さんは社会的な活動にも積極的に取り組んでいます。

①2012年:母校・戸板女子短期大学の客員教授に就任

②2013年:NPO法人「キャリア権推進ネットワーク」理事に就任

③2015年:「一億総活躍国民会議」の民間議員に起用

④2016年:文部科学省初等中等教育局視学委員に就任

ちなみに、③の「一億総活躍国民会議」で事務局を担当していたのが、後に旦那となる新原浩朗さんです。

まさに大学院進学が人生の転機となり、新しいパートナーとの出会いにもつながったと言えるでしょう。

学歴が恋愛にまでつながるケースは珍しいですが、菊池さんの場合はまさにそのパターンだったわけですね。

元夫・西川哲の経歴と離婚の経緯

菊池桃子さんの旦那の学歴を語る上で、前夫である西川哲さんについても触れておく必要があります。

新原浩朗さんとの再婚に至るまでには、最初の結婚と離婚という大きな経験がありました。

西川哲のプロフィール

項目 内容
名前 西川哲(にしかわ てつ)
職業 プロゴルファー
母親 女優・五月みどり
結婚日 1995年5月1日
離婚日 2012年1月
婚姻期間 約17年

菊池桃子さんは27歳の時に西川哲さんと結婚しています。

西川さんはプロゴルファーで、母親は女優の五月みどりさんという芸能界とスポーツ界をまたぐ華やかなカップルでした。

結婚生活と子供たち

結婚後、1996年8月7日に長男の幸秀(ゆきひで)さんが誕生しています。

西川さんは優勝の瞬間に「桃子にウエディングドレスだけは着させてやりたかった」と涙ながらに語り、多くの人を感動させました。

翌1996年2月には親族だけの質素な結婚式を挙げ、ウエディングドレスを着ることを夢見続けてきた菊池さんは喜びに満ち溢れた表情を浮かべていたそうです。

1999年2月には第2子を妊娠しますが、残念ながら死産となっています。

その後2001年10月8日に長女のさゆりさんが誕生し、2人の子供に恵まれました

菊池さんは独学で疲れにくい食事メニューを考えたり、願掛けとしてお菓子を断ったりと、西川さんを献身的にサポートしていたそうです。

離婚の理由と慰謝料

結婚生活17年を経て、2012年1月に離婚を発表しました。

離婚の原因としては、元夫・西川哲さんの浮気や育児放棄、金銭問題があったと言われています。

注目すべきは、菊池さんが慰謝料や養育費を一切受け取らなかったという点です。

2人の子供を1人で育てていく覚悟を決めた菊池さんの強さがうかがえますよね。

また、菊池さんは離婚と同時期にシェーグレン症候群という難病を患っていたことも明らかになっています。

目や口が乾燥する自己免疫疾患で、芸能活動にも影響が出ていたそうです。

離婚と病気という二重の困難を乗り越えながら子供2人を育て上げた菊池さんの強さは、本当に尊敬に値しますよね。

この離婚を経て、菊池さんは「再婚は絶対しない」と心に決めていたそうですが、後に新原浩朗さんとの出会いが訪れることになります。

新原浩朗と菊池桃子の馴れ初め

新原浩朗さんと菊池桃子さんの出会いは、仕事を通じたものでした。

東大卒のエリート官僚と元トップアイドルという異色の組み合わせは、大きな注目を集めましたよね。

「一億総活躍国民会議」での出会い

結論から言うと、2人の出会いは2015年に始まった政府の「一億総活躍国民会議」です。

菊池桃子さんが民間議員として選ばれた際に、事務局を担当していたのが当時の経済産業省経済産業政策局長だった新原浩朗さんでした。

仕事上の関係から始まった2人の交流が、やがて恋愛へと発展していったわけです。

菊池さんが民間議員に選ばれたのは、法政大学大学院で政策を学んだ経歴が評価されてのことで、大学院進学がなければこの出会い自体がなかったことになります。

菊池桃子が感じた新原さんの魅力

菊池桃子さんはテレビ朝日「徹子の部屋」で、新原さんの印象についてこう語っています。

「気付くと子供の頃に家で兄と話しているような、4つ年上の兄がいるんですけれども、何かそんなほっとするような時間を一緒に過ごせるような人だなっていう」と、自然体でいられる安心感を挙げています。

「素の自分でいられるのが本当に楽なんだ」「ゆったりと、穏やかで。特別な刺激ということではないんですけれども」とも話しており、前の結婚で苦労した分、穏やかな関係性を求めていたことがわかりますよね。

子供たちの後押しで再婚を決意

菊池さんは当初「再婚は絶対しない」「むしろ2人子供がいるので、再婚はしちゃいけないくらいに心に決めていた」と振り返っています。

しかし長男の幸秀さんと長女のさゆりさんが「何ぼやぼやしてるの、しっかりしなさい!」と背中を押してくれたことが決め手になったそうです。

2019年11月、新原さんが60歳で初婚、菊池さんが51歳での再婚という形で結ばれました。

新原さんは菊池さんの2人の子供と養子縁組を行い、「二人の子供をしっかりと育てている菊池桃子さんを尊敬し、いい家族になりたい」と語っています。

赤いバラを手にプロポーズしたという新原さんのエピソードも話題になりました。

高校時代に勉強一筋だった「帰宅部の学級委員長」が、1980年代を代表するアイドルに赤いバラでプロポーズするというのは、同級生でなくともグッとくるエピソードですよね。

新原浩朗のプロフィールと人物像

最後に、新原浩朗さんのプロフィールと現在の人物像を整理しておきましょう。

学歴だけでなく、結婚後の家庭人としての姿にも注目ですよ。

項目 内容
名前 新原浩朗(にいはら ひろあき)
生年月日 1959年9月10日
2026年04月09日現在の年齢 66歳
出身地 福岡県
最終学歴 東京大学経済学部経済学科卒業
職歴 元経済産業省経済産業政策局長
結婚 2019年11月(60歳で初婚)

結婚後の穏やかな家庭生活

結論から言うと、結婚当初はゴミ屋敷に住んでいた「片付けられない男」だった新原さんですが、現在は菊池桃子さんと穏やかな家庭生活を送っています。

結婚当時は別居していたものの、現在は一緒に暮らしているようですね。

60歳で初婚という新原さんにとって、家族のいる生活は新鮮だったに違いありません。

父の日には長女のさゆりさんが「いつも家族のことを考えてくれてありがとう」と感謝のメッセージを送ったというエピソードもあります。

子供たちとの関係

英語を学ぶさゆりさんが、アメリカでの生活経験がある新原さんと夕食時に英語で会話をしているというエピソードは微笑ましいですよね。

ハーバード大学での客員研究員経験が、こうした形で家族の役に立っているわけです。

長女のさゆりさんは洗濯や料理も手伝ってくれるそうで、家族の関係は非常に良好のようです。

菊池桃子さんも「大人の再婚は良いものです」と語っており、新原さんとの結婚生活に満足している様子がうかがえます。

園遊会に夫婦で出席

2025年には夫婦で秋の園遊会に出席し、話題を集めました。

正装姿で並ぶ2人の写真には「素敵な旦那様ですね」「幸せそう」「お似合いです」といった声が多数寄せられています。

インスタグラムでも結婚記念日のディナーの様子を公開するなど、仲睦まじい夫婦関係が続いているようです。

「旅ももっとしようと思います」と菊池さんがつづるなど、夫婦での時間を大切にしている姿が伝わってきますよね。

東大卒のエリート官僚と元アイドルという異色のカップルですが、お互いの学びへの姿勢や家族を大切にする気持ちが共通しているからこそ、素敵な家庭を築けているのかもしれませんね。

菊池桃子の旦那の学歴に関する最新まとめ総括

  • 新原浩朗さんは海城高等学校(偏差値72)を卒業している
  • 2浪を経て東京大学経済学部経済学科に合格した
  • 東京大学の偏差値は67.5で日本最高峰の経済学部である
  • 2006年に米国ハーバード大学経済学部の客員研究員を務めた
  • 高校時代は帰宅部で勉強一筋だったと同級生が証言している
  • 授業中も休み時間も勉強漬けの毎日を送っていた
  • 1984年に旧通商産業省に入省しエリート官僚の道を歩んだ
  • 経済産業省の経済産業政策局長にまで上り詰めた
  • 菊池桃子さんの学歴は日出女子学園高等学校→戸板女子短期大学である
  • 菊池桃子さんは40歳で法政大学大学院に進学し修士課程を修了した
  • 大学院進学の理由は障害を持つ長女の就学相談機関の少なさがきっかけ
  • 2人の出会いは2015年の「一億総活躍国民会議」である
  • 2019年11月に再婚し新原さんは60歳で初婚だった
  • 新原さんは菊池さんの子供2人と養子縁組を行った
  • 菊池桃子さんは「大人の再婚は良いものです」と語り幸せな生活を送っている