橋本帆乃香の学歴|四天王寺高校・四天王寺羽曳丘中学校出身で大学進学なし

橋本帆乃香の学歴|四天王寺高校・四天王寺羽曳丘中学校出身で大学進学なし

※本記事の扱い:内容はインターネット上の報道・番組・SNS等の公開情報の要約・整理です。個人への中傷や断定的な評価を目的としません。正確な事実関係は各公式発表や一次情報でご確認ください。
※出典・参考にした情報の種類:テレビ番組の発言要約、SNS投稿の引用、ウェブ上の二次報道などです。リンクや画像は当該サービス・媒体のものであり、本サイトが一次情報の正確性を保証するものではありません。
※本サイトのコンテンツには、商品プロモーションが含まれています。

橋本帆乃香さんの学歴について気になっている方は多いのではないでしょうか。

愛知県名古屋市出身の橋本さんは、5歳から祖父が創設した卓伸クラブで卓球を始め、四天王寺羽曳丘中・四天王寺高校を経てミキハウスに入社した日本屈指のカットマンです。

実家は卓球用品店のタクシンスポーツを経営する卓球一家で、祖父・允至さんが橋本さんの最初のコーチを務めました。

この記事では、橋本帆乃香さんの出身校の詳細や偏差値、学生時代のエピソード、そして現在の活躍まで徹底的にまとめています。

記事のポイント

①:実家はタクシンスポーツ経営の卓球一家で、祖父・允至さんが創設した卓伸クラブで5歳から練習

②:中学は四天王寺羽曳丘中学校(大阪)で全中女子団体3連覇という偉業を達成

③:高校は四天王寺高等学校に進学しインターハイ2年連続ダブルス・学校対抗2冠を達成

④:大学進学なしでミキハウス入社、佐藤瞳と世界選手権銅メダル・WTTファイナルズ優勝を達成

橋本帆乃香の学歴|祖父の教えが育てたカットの女王

  • 橋本帆乃香の学歴一覧と出身校まとめ
  • 幼少期と小学校時代|5歳で祖父のクラブから始まった卓球
  • 四天王寺羽曳丘中学校時代|全中団体3連覇の3年間
  • 四天王寺高等学校時代|インターハイ2年連続2冠の輝き
  • 大学進学なしの決断とミキハウス入社の背景

橋本帆乃香の学歴一覧と出身校まとめ

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

橋本 帆乃香 Honoka.Hashimoto(@75hashi_hono)がシェアした投稿

まず橋本帆乃香さんの学歴を一覧表で整理してみましょう。

学校区分 学校名 偏差値 所在地
小学校 不明(卓伸クラブで練習) 愛知県名古屋市
中学校 四天王寺羽曳丘中学校 卓球強豪校 大阪府羽曳野市
高校 四天王寺高等学校 卓球強豪校 大阪府大阪市
大学 進学なし

プロフィールも合わせて確認しておきましょう。

項目 内容
本名 橋本帆乃香
生年月日 1998年7月5日
2026年05月02日現在の年齢 27歳
出身地 愛知県名古屋市
身長 163cm
戦型 右シェークハンド カット主戦型(長粒ラバー)
所属 デンソー(2025年〜)/ミキハウス(2017〜2024年)
実家 タクシンスポーツ(卓球用品店)

学歴の特徴:四天王寺という卓球王国

橋本さんの学歴で目を引くのは、中学・高校とも「四天王寺」系列の学校に通った点です。

四天王寺羽曳丘中学校と四天王寺高等学校は、女子卓球の強豪校として全国に知られており、多くの日本代表選手を輩出してきた伝統があります。石川佳純さんや平野美宇さんの出身校とは異なりますが、大阪を代表する卓球名門校として橋本さんの才能を開花させた環境でした。

さらに特筆すべきは、愛知県名古屋市出身の橋本さんが中学から大阪へ転居して四天王寺系列の学校に進学したという点です。これは卓球への真剣な取り組みを示す重要なエピソードであり、卓球一家である橋本家が娘のキャリアのために家族ぐるみで環境を整えたことを意味しています。

カットマンという独特のプレースタイル

橋本さんのプレースタイルは「カット主戦型」という珍しいものです。相手の攻撃をカット(下回転)で返球し続けてラリーを長引かせ、相手のミスを誘うという戦術で戦うスタイルで、現代卓球では非常に稀な存在です。

このスタイルになったきっかけは、祖父の一言です。6歳のときに全日本選手権ホープス部門で全敗して帰宅すると、祖父・允至さんから「カットマンにならないか」と突然言われます。「少ない戦型だからこそ勝てるのではないか」という6歳の判断でカットマンへの転向を決めたエピソードは、橋本さんの鋭い嗅覚を感じさせます。

幼少期と小学校時代|5歳で祖父のクラブから始まった卓球

橋本帆乃香さんの卓球人生は、5歳のときに始まりました。

舞台は、祖父・橋本允至さんが愛知県名古屋市内に創設した卓伸クラブです。実家のタクシンスポーツ(卓球用品店)と卓伸クラブという卓球環境に囲まれた幼少期を過ごした橋本さんにとって、卓球は物心ついた頃から身近な存在でした。

祖父がコーチという特別な師弟関係

橋本さんの最初のコーチを務めたのは、祖父の允至さんです。しかし允至さんは孫だからといって特別扱いはせず、他の生徒と同様に厳しく指導したと橋本さんは語っています。

インタビューでは「祖父は孫としてではなく他の選手と分け隔てなく指導してくれたので、甘えも出ず強くなれたのだと思います。もちろん卓球から離れたときは優しかったですが、『おじいちゃん』ではなく常に厳しい『先生』という感じでした」と振り返っています。

この厳格な師弟関係が、橋本さんの技術的な基礎をしっかりと固める土台となりました。幼少期から「甘えが許されない」環境で練習を積んだことが、後の国際舞台での強さにつながっています。

6歳でカットマンへの転向という決断

5歳から攻撃型のスタイルで卓球を始めた橋本さんは、6歳(小学1年生)のときに全日本選手権ホープス・カブ・バンビの部に出場しましたが、予選リーグで全敗してしまいます。

帰宅すると祖父から突然「カットマンにならないか」と言われます。インタビューでは「最初は『え!カットマン!?カットマンって何?』と思いましたが、少ない戦型で珍しい、少ない戦型だからこそ勝てるのではないかと考えました」と話しており、6歳の子供ながら冷静に戦略を判断してカットマンへの転向を決断したエピソードが印象的です。

2010年全日本選手権ホープス部でベスト4

小学生時代の橋本さんは着実に実力を付け、2010年の全日本選手権ホープス女子シングルスでベスト4に入っています。

カットマンに転向してから数年でこの成績を残したことは、橋本さんがいかに短期間でカットの技術を習得したかを示しています。カット主戦型は習得が難しいスタイルであり、このベスト4という成績は祖父の厳しい指導と橋本さん自身の努力の賜物です。

四天王寺羽曳丘中学校時代|全中団体3連覇の3年間

小学校を卒業した橋本帆乃香さんは、愛知県から大阪府羽曳野市に移り住み、四天王寺羽曳丘中学校に進学しました。

地元を離れて強豪校に進学するという選択は、卓球への真剣な取り組みを示すものです。四天王寺羽曳丘中学校は大阪府内でも有数の卓球強豪校で、大嶋雅盛監督のもとで橋本さんは技術をさらに磨いていきます。

全国中学校大会3年連続女子団体優勝

四天王寺羽曳丘中学校に入学した橋本さんは、在籍3年間で全国中学校卓球大会の女子団体を3年連続で制覇するという偉業を達成しました。

全中の団体3連覇は、チーム全体の力はもちろん、橋本さん個人のカットマンとしての実力が各試合で貢献したことを意味します。カット主戦型は相手に研究されやすい戦型ですが、それでも3年間負けなかったことは、橋本さんの戦術眼と技術力の高さを証明しています。

全日本カデット部でのシングルス・ダブルスベスト4

中学時代には全国団体での活躍だけでなく、全日本卓球選手権のカデットの部(シングルス・ダブルス)でもベスト4に入っています。

2013年の全日本選手権では、ジュニアの部でシングルス3位・ダブルス3位という成績を残しています。中学生ながら全日本のジュニア部門で3位に入ったこの成績は、橋本さんが全国レベルでも上位に食い込む実力を持っていることを示しました。

大嶋監督の指導で確立したカットフォーム

四天王寺羽曳丘中学の大嶋雅盛監督のもとで、橋本さんのカットフォームは大きく向上しました。

後年のインタビューで橋本さんは「四天王寺羽曳丘中学に入って大嶋雅盛監督から教えてもらったことを忠実にずっとやってきましたので、自分で『こういうフォームにしよう』と意識したことはない」と語っており、中学時代に大嶋監督から学んだ技術が現在の美しいカットフォームの原型であることが分かります。中学時代は自分の試合映像を見るのが嫌いだったとも明かしており、技術面での葛藤も経験しながら成長していきました。

四天王寺高等学校時代|インターハイ2年連続2冠の輝き

中学校を卒業した橋本帆乃香さんは、2014年に四天王寺高等学校に入学しました。

同じ四天王寺系列の高校に進学することで、積み上げてきた練習環境と指導者との関係を継続させることができました。四天王寺高等学校も女子卓球の強豪校として全国に知られており、インターハイを筆頭に全国大会での成績は高校時代の橋本さんにとって華やかなものとなりました。

インターハイ2015年・2016年の圧巻成績

高校時代の橋本さんはインターハイで素晴らしい成績を残しています。特に2015年と2016年の2年連続で、ダブルスと学校対抗(団体)で2冠を達成。シングルスでも両年とも準優勝という成績を収めています。

この「ダブルス優勝・学校対抗優勝・シングルス準優勝」という成績は、橋本さんが個人戦でも団体戦でも圧倒的な存在感を発揮していたことを示しています。高校2年・3年で2年連続同成績というのは、単なる偶然ではなく橋本さんの安定した実力の高さを証明するものです。

全日本選手権でのジュニア部門活躍

高校時代の全日本選手権でも橋本さんは存在感を示しています。2015年の全日本卓球選手権ジュニア女子シングルスでは、あの平野美宇さんを破って準優勝を果たしました。

当時すでに全国トップ選手として注目されていた平野美宇さんを倒して準優勝したというこの実績は、橋本さんの強さがいかに本物だったかを物語っています。2016年の同大会では3位という成績を残しており、高校時代を通じてジュニア部門のトップ選手として活躍し続けました。

高校時代の成績一覧表

高校時代の主な成績をまとめておきましょう。

年度 大会 種目 成績
2014年 全国高等学校卓球選手権 女子団体 優勝
2015年 インターハイ ダブルス・学校対抗 優勝
2015年 インターハイ 女子シングルス 準優勝
2015年 全日本選手権ジュニア 女子シングルス 準優勝
2016年 インターハイ ダブルス・学校対抗 優勝
2016年 インターハイ 女子シングルス 準優勝
2016年 全日本選手権ジュニア 女子シングルス 3位

大学進学なしの決断とミキハウス入社の背景

四天王寺高等学校を2017年に卒業した橋本帆乃香さんは、大学進学をせずに株式会社ミキハウスに入社するという選択をしました。

卓球選手として高校時代に国内外での実績を積み上げていた橋本さんにとって、大学進学よりも実業団での競技環境を選んだことは自然な判断でした。高校2年生(2016年)の時点ですでにワールドツアーのダブルスで初優勝を達成しており、実業団入りのタイミングとしても適切でした。

ミキハウス入社という選択

ミキハウスは子供服メーカーとして知られる企業ですが、卓球部門では日本を代表するトップ選手を多数抱える強豪チームとして知られています。

橋本さんがミキハウスを選んだ最大の理由の一つが、1つ年上のカットマン・佐藤瞳さんとのダブルス結成の機会でした。同じカット主戦型の選手同士でのダブルスは戦術的に非常に珍しく、このコンビは後に「橋本・佐藤ペア」として国際大会で多くのタイトルを獲得することになります。

大学進学なしでも積み重ねたキャリア

大学進学をしなかった橋本さんですが、ミキハウス在籍中に積み上げた実績は目覚ましいものがあります。2017年に複数のワールドツアーダブルスで優勝し、2019年の世界選手権では佐藤瞳さんとのダブルスで銅メダルを獲得。全日本選手権でもシングルスで複数回の3位入賞を果たしています。

2025年からはデンソーへのスポンサー契約に変更するという新たなステップを踏み出しており、ミキハウスでの8年間のキャリアを経て新たな環境でのさらなる成長が期待されています。

大学卒業相当の年数を実績で埋めた実力

大学進学をしないという選択をした場合、4年間の競技・学業の機会費用が生じます。しかし橋本さんの場合、その4年間(2017〜2020年)に世界選手権銅メダルや複数の国際大会優勝という輝かしい実績を積み上げており、大学進学なしという選択が正解だったことを自ら証明してきました。

卓球選手として20代の貴重な時期を最高の競技環境で過ごせたことは、橋本さんのキャリアを大きく前進させる要因となっています。ミキハウスという強豪チームで国内外のトップ選手と日々練習できる環境が、世界標準のカットマンとしての橋本さんを育て上げたのは間違いありません。高校時代の指導者や仲間への感謝を胸に、現在も一球一球に魂を込めたカットを打ち続けています。

橋本帆乃香の学歴が育てた実力|四天王寺から世界へ

  • 6歳でカットマンへ転向という祖父の一言が変えた運命
  • 佐藤瞳とのカットマンコンビが生んだ国際快進撃
  • 実家・タクシンスポーツ経営という卓球一家の背景
  • 世界選手権銅メダルとWTTファイナルズ制覇への道
  • 橋本帆乃香の現在とデンソー移籍後の展望

6歳でカットマンへ転向という祖父の一言が変えた運命

橋本帆乃香さんのキャリアを語る上で最も重要なエピソードが、6歳のときのカットマンへの転向です。

全日本ホープス部門で全敗した直後、祖父から告げられた「カットマンにならないか」という一言。この一言が橋本さんの卓球人生を決定づけたと言っても過言ではありません。現在の日本女子卓球界を見渡しても、カット主戦型で国際舞台のトップを争える選手は橋本さんと佐藤瞳さんくらいという稀少な存在です。

カットマンという戦型を選んだ理由

祖父から転向を勧められた際、橋本さんが「少ない戦型で珍しい、少ない戦型だからこそ勝てるのではないか」と考えたというエピソードは印象的です。6歳の子供が差別化戦略を直感的に理解していたとも言えるこの思考は、橋本さんの鋭い洞察力を示しています。

現代の卓球は攻撃一辺倒が主流で、カット主戦型の選手は非常に少数派です。しかしだからこそ相手選手はカット主戦型との試合経験が少なく、対策が十分でないことも多いという戦略的優位性があります。この発想が的中し、橋本さんは独自のスタイルで世界の舞台に登り詰めることになりました。

祖父・允至さんへの感謝と誓い

世界選手権でのメダル獲得という夢を持っていた時期、橋本さんはデスクに「会長先生(祖父)のためにがんばる」と書いた紙を貼っていたと語っています。後にパリオリンピック出場という目標に変えましたが、この言葉には祖父への深い感謝と恩返しへの強い意志が込められていました。

2019年の世界選手権でのダブルス銅メダルという結果は、祖父・允至さんへの一つの恩返しとなったはずです。5歳のときに自分のクラブに迎え入れ、カットマンへの転向を勧め、長年にわたって厳しく指導してきた祖父の存在が、橋本さんの卓球人生の根幹をなしています。

カットマンコンビというユニークな武器

橋本さんの武器の一つが、同じくカット主戦型の佐藤瞳さんとのダブルスです。両者がカットマンというダブルスペアは国際大会でも極めて稀な組み合わせで、相手チームは通常のダブルスとは全く異なる戦術で挑まなければならないプレッシャーを受けます。

このコンビの特異性が相手の攻略を難しくし、世界選手権やWTTの各大会でタイトルを獲得してきた原動力の一つとなっています。祖父が一言「カットマンにならないか」と言わなければ、このコンビも生まれていなかったわけです。

佐藤瞳とのカットマンコンビが生んだ国際快進撃

ミキハウス入社後の橋本帆乃香さんを語る上で欠かせないのが、1つ年上の先輩・佐藤瞳さんとのダブルスコンビです。

2016年のオーストラリアオープンでのツアー初優勝を皮切りに、このコンビは史上初の日本カットマン女子ダブルスコンビとして多数のタイトルを獲得してきました。国際ランキングを高め、2019年の世界選手権では銅メダルを獲得するまでに成長しています。

2016年オーストラリアオープンでのツアー初優勝

高校3年生だった2016年6月、橋本さんは佐藤瞳さんとのペアでITTFワールドツアー・オーストラリアオープン女子ダブルスで優勝しました。

この優勝は日本女子ダブルス史上初のカットマンコンビによるツアー優勝として記録に残るものでした。相手はホスト国の選手ペアでしたが、3-1という明確なスコアで勝利しており、実力の差を見せつける優勝でした。同年のベラルーシオープン、オーストリアオープンでも女子ダブルスを制し、デビューシーズンから連続優勝を達成しています。

2019年世界選手権女子ダブルス銅メダル

橋本・佐藤ペアの最大の成果の一つが、2019年の世界卓球選手権での女子ダブルス銅メダルです。

準決勝では同じく日本のエースペア・早田ひな/伊藤美誠に敗れましたが、3位という成績は世界の舞台でも橋本さんのカットが通用することを証明したものです。世界選手権のメダルという実績は、橋本さんの国際的な評価を大きく高める結果となりました。

2024年WTTファイナルズ女子ダブルス優勝

2024年には、WTTファイナルズの女子ダブルスでも優勝を達成しています。WTTファイナルズは世界の上位選手が集う最高峰の大会の一つであり、この優勝は橋本・佐藤ペアが長年にわたって世界トップレベルを維持し続けていることを示す輝かしい結果です。

ミキハウス入社から約7年後のこの優勝は、大学進学よりも実業団での鍛錬を選んだ橋本さんの選択が正しかったことを証明するものとも言えます。コンビを組んで10年近くが経っても新たなタイトルを獲得し続ける橋本・佐藤ペアの強さはまさに本物です。

実家・タクシンスポーツ経営という卓球一家の背景

橋本帆乃香さんの卓球人生を理解するには、実家の環境を知ることが欠かせません。

祖父・橋本允至さんが創設した卓伸クラブ、そして父親・橋本明正さんが経営する卓球用品店のタクシンスポーツ(鄭信スポーツ用品店)という環境の中で育った橋本さんは、まさに「卓球一家」の申し子です。

祖父・允至さんのコーチング哲学

橋本さんの最初のコーチであり、卓伸クラブの創設者である祖父・允至さんは、「孫だから」という特別扱いを一切しない厳しいコーチだったと橋本さんは語っています。

「祖父は孫としてではなく他の選手と分け隔てなく指導してくれたので、甘えも出ず強くなれたのだと思います」というコメントは、允至さんのコーチとしての信念を表しています。孫に対して甘くなりがちな立場でありながら、それをせず厳格に指導したことが橋本さんの技術的な基盤を築いたのは間違いありません。

父親・明正さんとタクシンスポーツ

父親の橋本明正さんは卓球用品店・タクシンスポーツを経営しています。卓球用品に囲まれた生活環境と、実家に常に卓球関係者が出入りするという環境が、橋本さんの卓球への親しみと知識を深めることに貢献しました。

卓球用品のプロである父親のもとで育ったことで、ラバーの特性や用具の選択についても早い段階から深い知識を持てたことは、カットマンという用具の選択に敏感な戦型を選んだ橋本さんにとって大きなアドバンテージでした。

卓球一家ならではの環境が生んだ世界標準の選手

祖父が卓球クラブを運営し、父親が卓球用品店を経営し、自分自身は5歳から祖父に指導を受けるという環境は、橋本さんにとって他の選手と比べて圧倒的に恵まれたものでした。

ただし、この環境に甘えず、小学生のときに「カットマンになる」と決断してから高校卒業まで愚直に技術を磨き続けたのは橋本さん自身の努力です。世界標準のカットマンが生まれた背景には、恵まれた環境と本人の不断の努力の組み合わせがあったと言えます。

世界選手権銅メダルとWTTファイナルズ制覇への道

大学進学なしでプロの道に進んだ橋本帆乃香さんのキャリアは、着実に積み上げられてきました。

高校3年(2016年)のワールドツアー初優勝からスタートし、2019年の世界選手権女子ダブルス銅メダル、そして2024年のWTTファイナルズ優勝まで、国際舞台での実績は揺るぎないものになっています。

国際大会での主要実績年表

大会 成績
2016年 ITTFオーストラリアOP女子ダブルス 優勝
2016年 ITTFベラルーシOP女子ダブルス 優勝
2016年 ITTFオーストリアOP女子ダブルス 優勝
2017年 ITTFベルギーOP女子ダブルス 優勝
2019年 世界卓球選手権女子ダブルス 銅メダル
2024年 WTTファイナルズ女子ダブルス 優勝
2025年 WTTコンテンダー女子シングルス(複数大会) 連続優勝

シングルスでの存在感も示す近年の活躍

橋本さんはダブルスでの実績が特に目立ちますが、近年はシングルスでの活躍も目を引きます。2024年のWTTスターコンテンダーバンコク女子シングルス準優勝、WTTフィーダーオロモウツ女子シングルス優勝など、シングルスでも世界の上位選手に勝ち続ける力を示しています。

2025年にはWTTコンテンダーの複数大会で女子シングルスを連続制覇し、カットマンでここまで安定してシングルスで結果を残せる選手は世界でも橋本さんが際立った存在であることを証明しました。

Tリーグでの活躍と国内での評価

国内のTリーグでも橋本さんは存在感を発揮しており、2023-24シーズンは日本卓球リーグレギュラーシーズン前半戦の女子最優秀選手に選出されています。国内最高峰のリーグでMVP級の評価を受けたこの選出は、橋本さんが国際大会だけでなく国内でも最高水準のパフォーマンスを維持していることの証明です。

全日本選手権では過去にシングルスで複数回の3位入賞を果たしており、2024年の全日本選手権でも女子ダブルスで準優勝という成績を残しています。国内外を問わず安定してトップレベルで戦い続ける橋本さんの姿は、小学校時代から卓球ノートで課題を分析し続けてきた努力家の姿とも重なります。高校3年間で磨き上げた戦術眼が今もなお輝きを放ち続けている点が、橋本帆乃香というカットマンの本質的な強さです。

橋本帆乃香の現在とデンソー移籍後の展望

橋本帆乃香さんは2025年から、長年所属したミキハウスを離れてデンソーのスポンサー契約という新たなステップを踏み出しています。

ミキハウスへの正式入社から2025年のデンソーとの契約変更まで約8年間、橋本さんは安定した実業団環境の中でキャリアを積み上げてきました。新しい環境での更なる成長が期待されます。

デンソーへの移籍という新たな挑戦

2025年の株式会社デンソー入社(ミキハウスからスポンサー契約に変更)という転機は、橋本さんのキャリアにおける新たなチャプターの始まりです。デンソーは愛知県に本社を置く日本を代表する自動車部品メーカーで、スポーツへの投資でも知られています。

橋本さんの出身地が愛知県名古屋市であることを考えると、デンソーとの縁はある種の「故郷への回帰」とも言えます。新しい環境での橋本さんの活躍が、競技面でもさらなる刺激をもたらすことが期待されます。

27歳という年齢とこれからの展望

現在27歳の橋本さんは、カットマンとして引き続き世界の舞台で活躍しています。一般的に卓球選手のピークは20代前半とも言われますが、守備型のカットマンは体力よりも技術と戦術眼が重要なため、30代でもトップを維持する選手が多い傾向があります。

5歳から祖父の元で磨いてきた技術と経験は、年齢を重ねるほど深みを増す部分もあります。2028年のロサンゼルス五輪では29歳となる橋本さんが、悲願のオリンピック出場を果たす日を多くのファンが待ち望んでいます。

後進への影響とカットマンの継承

現代卓球界で希少なカット主戦型の選手として、橋本さんの存在は若い選手たちへの大きな影響も持っています。カットマンという戦型の可能性を世界の舞台で示し続けることで、この戦型の魅力を次世代に伝える役割も担っています。

祖父から受け継いだカットマンとしての誇りと、四天王寺系列の学校で磨かれた技術、そして長年のキャリアで積み上げた国際経験が融合した橋本帆乃香さんの卓球は、これからもさらなる進化を遂げていくことでしょう。

橋本帆乃香の学歴が示す四天王寺から世界への軌跡

  • 愛知県名古屋市出身で、5歳から祖父・允至さんが創設した卓伸クラブで卓球を開始
  • 6歳のときに祖父の一言でカットマンへ転向し、稀少な戦型で世界を目指すことを決断
  • 小学生時代から全日本選手権ホープス部でベスト4に入る全国レベルの実力を示した
  • 中学は愛知から大阪へ転居し四天王寺羽曳丘中学校に進学
  • 中学3年間で全国中学校卓球大会女子団体3連覇という偉業を達成
  • 高校は四天王寺高等学校に進学しインターハイ2年連続ダブルス・学校対抗2冠
  • 平野美宇さんを破って全日本ジュニアシングルス準優勝(2015年)という実績
  • 高校卒業後は大学進学なしでミキハウスに入社し即戦力として活躍
  • 佐藤瞳さんとのカットマンコンビが世界初の日本女子ダブルスカットコンビとして快進撃
  • 2019年世界選手権で女子ダブルス銅メダルを獲得しW班にも入った
  • 実家はタクシンスポーツ経営、祖父・父・本人と3世代にわたる卓球一家
  • 2024年WTTファイナルズ女子ダブルス優勝で世界最高峰の舞台を制覇
  • 2025年にはWTTコンテンダー複数大会でシングルス連続優勝という快挙
  • 2025年からデンソーのスポンサー契約という新環境で新たなステージへ
  • 2028年LA五輪では29歳を迎え悲願のオリンピック出場へ向け日々挑戦中