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面手凛さんの学歴について気になっている方は多いのではないでしょうか。
岡山県玉野市出身の面手さんは、3歳からラケットを握り、小学4年生で全日本選手権を制覇した天才卓球少女です。
中学・高校はともに岡山の山陽学園に進学し「生まれ育った岡山で優勝したい」という夢を実現してインターハイ女子シングルスを制覇。2026年の世界卓球選手権ではシニアとして初めての日本代表に選ばれました。
この記事では、面手凛さんの出身校の詳細や学生時代のエピソードを徹底的にまとめています。
①:卓球選手の母親の影響で3歳からラケットを握りTCマルカワで技術を磨いた
②:中学・高校とも山陽学園(岡山)に進学し「岡山残留」という意志を貫いた
③:2025年インターハイ女子シングルス優勝・2026年世界選手権代表選考会優勝という快進撃
④:大学進学なしで大阪に拠点を移し世界選手権(ロンドン)で日本代表として初出場
面手凛の学歴と軌跡|岡山残留を選んだ卓球女王の道
- 面手凛の学歴一覧と出身校まとめ
- 幼少期と小学校時代|3歳で母の影響から始まった卓球
- 山陽学園中学校時代|全国中学生日本一制覇の3年間
- 山陽学園高等学校時代|岡山残留とインターハイ制覇
- 大学進学なしと日本生命・世界選手権挑戦の決断
面手凛の学歴一覧と出身校まとめ
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まず面手凛さんの学歴を一覧表で整理してみましょう。
| 学校区分 | 学校名 | 偏差値 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | 不明(TCマルカワで練習) | — | 岡山県玉野市 |
| 中学校 | 山陽学園中学校 | 卓球強豪校 | 岡山県岡山市 |
| 高校 | 山陽学園高等学校 | 卓球強豪校 | 岡山県岡山市 |
| 大学 | 進学なし | — | — |
プロフィールも合わせて確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 面手凛 |
| 生年月日 | 2007年12月31日 |
| 2026年05月02日現在の年齢 | 18歳 |
| 出身地 | 岡山県玉野市 |
| 父親 | 面手昌樹さん |
| 母親 | 元卓球選手(現コーチ) |
| 所属 | 日本生命レッドエルフ(Tリーグ) |
| 主な武器 | 力強いバックハンドとラリーのピッチの速さ |
山陽学園という卓球名門校
面手さんが中学・高校と通い続けた山陽学園は、岡山県を代表する卓球強豪校です。
田代祐大監督率いる山陽学園卓球部は2022年に中国高校選抜大会で団体優勝するなど県内屈指の実績を誇ります。面手さんは「生まれ育った岡山で優勝したい」という思いで、他の強豪校からのオファーを断り山陽学園を選択したという信念を持った選手です。中学から高校まで6年間この学校に通い続けたことが、面手さんの「岡山愛」を象徴しています。
山陽学園高等学校は2026年3月に卒業しており、高校卒業後は大阪に拠点を移して世界選手権に挑むという新たな道を歩んでいます。同校の鈴木貞信教諭は卒業式で「山陽学園の面手凛じゃなくて、日本の面手凛というような形でしっかり頑張って下さい」と送り出しています。
世界最年少クラスの世界選手権代表
2026年3月に山陽学園高等学校を卒業したばかりの面手さんは、翌4月にロンドンで開催された世界卓球選手権団体戦に日本代表として出場しました。
18歳(2026年4月時点)での世界選手権出場は、日本の女子卓球界でも非常に若い部類に入る快挙です。高校卒業直後に世界の舞台に立つという前例の少ない軌跡は、面手さんの才能と努力の積み重ねがもたらした結果です。今後の成長と活躍からも目が離せません。
幼少期と小学校時代|3歳で母の影響から始まった卓球
面手凛さんが卓球を始めたのは、わずか3歳のときです。
卓球選手だった母親の影響でラケットを握り、地元岡山のクラブチームや家での練習に励みました。母親は現在もコーチとして活動している卓球のプロフェッショナルであり、面手さんは最高の指導者を身近に持つ環境で育ちました。
3歳からのラケット生活と家での練習
3歳でラケットを手にした面手さんは、TCマルカワという地元岡山の名門クラブに所属しながら技術を磨いていきました。地元のクラブチームと自宅での練習を組み合わせたことで、基礎技術を早い段階でしっかりと身につけることができたようです。
3歳から卓球を始めるためには、まず卓球台のある環境と指導者が必要です。元卓球選手の母親がコーチとして機能し、自宅でも練習できる環境があったことが、この早いスタートを可能にしました。母親から受け継いだ卓球のDNAと、日常生活に溶け込んだ練習環境が、面手さんを天才少女へと育て上げたと言えます。
小学4年生での全日本選手権制覇
面手さんが卓球界に衝撃を与えたのは、小学4年生(2017年)のときです。全日本卓球選手権のカブの部(小学4年以下)で優勝するという快挙を成し遂げました。
2017年のカブ部門での優勝に続き、2018年の全日本ホープス準優勝という成績も残しています。小学生のうちから複数の全国大会でトップを争い続けた面手さんは、「天才卓球少女」として岡山だけでなく日本の卓球界全体で注目を集める存在となっていきました。
2019年全日本ホープスでのベスト4と張本美和との対決
2019年の全日本ホープス準決勝では、同世代のライバル・張本美和さんに敗れてベスト4に終わりました。
この対戦は小学生時代から面手さんと張本さんが日本最高峰の小学生大会で競い合う間柄だったことを示しています。同年には張本美和さんと団体を組んで中国オープンのカデット女子団体に出場し準優勝という成果も残しており、将来の日本女子卓球を担う選手として2人はすでに小学生時代から注目されていました。
山陽学園中学校時代|全国中学生日本一制覇の3年間
小学校を卒業した面手凛さんは、岡山市内にある山陽学園中学校に進学しました。
他の強豪校への進学という選択肢もある中で、地元岡山の山陽学園を選んだことは「岡山に残って日本一を目指す」という面手さんの強い意志を示しています。この選択は後に実を結び、中学3年生(2022年)に全国中学校体育大会を制覇するという夢を叶えることになります。
中学3年での全国中学校体育大会制覇
面手さんが中学生の全国大会で頂点に立ったのは、2022年(中学3年生)の全国中学校体育大会(全中)です。
中学生の全国大会を制覇するということは、同世代では日本一の実力を持つということを意味します。小学時代から積み上げてきた技術と経験がこの舞台で花開き、山陽学園中学として日本一を達成しました。地元岡山の学校から日本中学生チャンピオンが誕生したことは、地域全体への大きな誇りにもなりました。
全中制覇後のインタビューで面手さんは「岡山に残って挑戦し続けて良かった」という趣旨のコメントを残しており、地元校への強い愛着が感じられます。当時14歳での日本一という実績は、3歳からラケットを握り積み上げてきた練習の賜物であり、高校でのインターハイ優勝・世界選手権出場へと続く長い成長ストーリーの出発点となった歴史的な一勝でした。
Tリーグへの参戦という異例の中学生活
面手さんの中学時代を特徴づけるもう一つの出来事が、国内最高峰のTリーグへの参戦です。中学生ながらTリーグのチームに所属し、大人のプロ選手と試合をするという異例の経験を積んでいます。
このTリーグ参戦により、学校行事になかなか参加できないという状況も生まれました。それでもクラスメートが温かく接してくれたと面手さんは感謝しており、学業と高水準の競技を両立させながら中学生活を送ったという経験が、面手さんの人間的な成長にも貢献しています。
中学時代の主要成績一覧
| 年 | 大会 | 成績 |
|---|---|---|
| 2019年 | 全日本ホープス | ベスト4 |
| 2020年 | 全日本カデット(13歳以下) | 上位入賞 |
| 2022年 | 全国中学校体育大会 | 優勝(日本一) |
山陽学園高等学校時代|岡山残留とインターハイ制覇
中学校を卒業した面手凛さんは、同じ山陽学園グループの山陽学園高等学校に進学しました。
中学・高校合わせて6年間、山陽学園で過ごした面手さん。高校進学時にも他校からの誘いがあったと言われていますが、「生まれ育った岡山で優勝したい」という思いを貫き、地元の学校に残ることを選択しました。この選択が2025年のインターハイ女子シングルス優勝という形で結実することになります。
高校2年での悔しいベスト8という経験
高校2年生(2024年)のインターハイでは、面手さんは2年連続でベスト8という成績でした。
読売新聞のインタビューでは「自信はあった。でも、いざってときに弱気なプレーが出た」と2−3での敗戦を悔やんでいます。高校2年生で全国ベスト8という成績は十分優秀ですが、面手さん自身は「日本一を目指している」という高い目標を持っており、この敗戦が高校3年での飛躍につながる重要な糧となりました。
2025年インターハイ女子シングルス優勝という夢の実現
高校3年生の2025年8月、面手さんは全国高校総体(インターハイ)女子シングルスで優勝を果たします。
「生まれ育った岡山で優勝したい」という夢は、地元岡山の山陽学園高等学校でのインターハイ制覇という形で実現しました。インターハイ優勝後のコメントでは「今後はトップ選手の壁を越えられる選手に」と語っており、高校の舞台での達成に満足せず次の目標へ向かう姿勢が印象的でした。
卒業式の前日にも朝練という姿勢
2026年3月1日の卒業式に関して、面手さんは卒業式の前日にも朝練をしていたというエピソードが伝えられています。
「学校に来た時にはみんなの優しさがあったりして、一日一日がいい思い出だった」と語る一方で、卒業式前日も練習を欠かさない姿勢は面手さんの卓球への真剣な取り組みを示しています。Tリーグや遠征で学校に来られない日が多かった中でも、クラスメートとの絆を大切にしながら過ごした高校3年間は、面手さんにとって「一日一日がいい思い出」になったとのことです。
大学進学なしと日本生命・世界選手権挑戦の決断
山陽学園高等学校を2026年3月に卒業した面手凛さんは、大学進学をせずに大阪に拠点を移して世界選手権に挑むという選択をしました。
卒業式のインタビューで「卓球で人生を歩んでいこうと思うので、今まで学んできたことを生かして挑戦し続けたい」と語っており、卓球一本での生き方を高校卒業時点で明確に定めています。
世界卓球選手権代表選考会での優勝
2026年2月、面手さんは世界卓球選手権団体戦の日本代表選考会で優勝しています。
選考会の準決勝では長﨑美柚さんに第1ゲームを先取されながらも、2ゲーム目以降に「自分のプレーが徐々に出せた」として3ゲーム連取で逆転勝ちを収めています。決勝でも両ハンドの力強い攻撃で圧倒してストレートで制し、シニアとしては初めての世界選手権代表の座を勝ち取りました。
大阪拠点への移転という新たな挑戦
高校卒業後、面手さんは岡山から大阪に拠点を移して活動しています。日本生命レッドエルフに所属しながら、世界選手権への準備を進めていました。
Tリーグでは以前から日本生命レッドエルフに所属しており、大阪への移転は新たな競技環境での挑戦を意味します。「生まれ育った岡山」を愛しながらも、更なる高みを目指して岡山を出るという決断は、面手さんの卓球への真摯な取り組みを示しています。
父親・昌樹さんとの絆
高校在学中、父親の面手昌樹さんは毎朝面手さんを学校に送り届けていたといいます。
卒業式では「まっすぐ前を向いて一生懸命やる姿が成長した。陰ながら支えるだけなので、本人が納得いくまでプレーヤーとしてやっていってもらえたら」と語っており、娘の成長を陰で支え続けた父親の愛情が伝わります。3歳からラケットを握り始めた娘が高校を卒業して世界選手権の舞台へ旅立つ姿を、誰よりも近くで見守り続けてきた存在です。
大阪拠点への移転後も、昌樹さんは陰から娘の活躍を応援し続けており、家族の絆が面手さんを世界へと押し上げる力になっています。母親がコーチとして技術を磨き、父親が毎朝送り届けるという家族全体の支えが、面手さんの成長の根幹にあります。
面手凛の学歴が示す実力|世界選手権初出場の18歳
- 小4で全日本選手権優勝した伝説の小学生時代
- 全国中学校体育大会制覇と中学3年での飛躍
- 母親の影響と卓球一家としての環境
- インターハイ女子シングルス優勝という夢の実現
- 面手凛の現在と2028年ロサンゼルス五輪への展望
小4で全日本選手権優勝した伝説の小学生時代
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面手凛さんのキャリアの中で最初の輝きを放つのが、小学4年生(2017年)での全日本選手権優勝です。
3歳からラケットを握り、4年間の練習で全国の同世代トップに立ったこの優勝は、面手凛という選手の規格外の才能を最初に示した歴史的な出来事でした。
全日本各部門での連続上位入賞
2017年のカブ部門優勝に続き、2018年のホープス準優勝、2019年のホープスベスト4という成績が示すように、面手さんは小学生時代から毎年の全日本選手権で上位入賞を続けています。一つの年だけでなく複数年にわたってトップクラスの成績を維持し続けたという事実が、面手さんの才能が「一過性のもの」ではなく「本物」であることを証明しています。
小学生時代から全国大会の常連選手として知られていた面手さんは、地元岡山だけでなく全国の卓球関係者から注目される存在でした。TCマルカワという地元クラブで磨いた技術と母親の指導が生み出した天才少女は、この頃から「将来の日本代表候補」として見られていたことでしょう。
3歳から始めた練習量の積み重ね
小4での全日本優勝を可能にした背景には、3歳から積み重ねてきた練習量があります。単純に計算すると、小4で10歳なら7年間の卓球経験があることになります。この年数は同世代の多くの選手よりも長く、技術的な基礎をしっかりと固める時間がありました。
母親が元卓球選手でコーチとしての知識と技術を持っていることで、練習の質も早い段階から高いレベルで維持できたと考えられます。量だけでなく質も伴った早期からの練習が、小4での全国制覇という結果につながりました。
張本美和との同世代ライバル関係
2019年の全日本ホープス準決勝での張本美和さんとの対戦は、同世代の2人がすでに小学生時代から日本最高峰を争っていたことを示すエピソードです。
張本美和さんと面手さんは同学年(2006年生/2007年生)の世代であり、将来の日本女子卓球を牽引すると期待される2人のライバル関係は、小学生時代からすでに始まっていました。互いを意識しながら競い合うこの関係が、両者のさらなる高みへの刺激となっていると言えます。
全国中学校体育大会制覇と中学3年での飛躍
中学時代の面手凛さんの最大の成果が、2022年の全国中学校体育大会制覇です。
山陽学園中学校に進学した面手さんは、中学3年生で全中を制覇し日本の中学生王者の座に君臨しました。地元岡山の学校から日本一を達成するという夢の第一歩を、中学の段階でクリアしています。
Tリーグ参戦という特異な中学生活
面手さんの中学時代を他の選手と大きく異なるものにしたのが、Tリーグへの参戦です。国内最高峰のプロリーグに中学生で参加することは非常に稀なことで、大人のトップ選手と日々切磋琢磨する環境が面手さんの急成長を後押ししました。
高校・大学・社会人の選手が集まるTリーグでの経験は、中学生の視点からは非常に刺激的なものだったはずです。「世界のトップとの距離」を肌で感じながら練習・試合に取り組むことで、面手さんの技術だけでなく精神的な強さも磨かれていきました。
学校行事とTリーグの両立
中学時代、Tリーグへの参戦や遠征で学校行事に参加できない日が多かった面手さんですが、クラスメートはそんな面手さんを温かく迎え続けてくれたと言います。
卓球と学校生活の両立という難しいバランスの中でも、友人たちとの自然な関係を大切にしてきたことが分かります。「体育祭に3年ぶりくらいに来られて、3年生で一緒に出られたのがいい思い出」というクラスメートの言葉が、面手さんのクラスでの存在感と人柄を物語っています。
中学3年での選択肢:岡山残留という決断
中学卒業時、面手さんには全国の卓球強豪校から進学の誘いがあったとされています。しかし面手さんは「生まれ育った岡山で優勝したい」という強い気持ちを持ち、山陽学園高等学校への進学を選びました。
強豪校への進学が「より良いキャリアへの道」とされることが多い卓球界において、地元愛を優先するこの選択は特筆すべきものです。この選択を実現させた面手さんの岡山残留宣言は、後に2025年のインターハイ女子シングルス優勝という最高の形で報われることになりました。
母親の影響と卓球一家としての環境
面手凛さんの卓球人生の原点は、卓球選手だった母親の影響です。
母親は現在も夫(面手さんのコーチ)と共に卓球指導に携わっており、私生活でも卓球が中心にある環境で面手さんは育ちました。3歳でラケットを握ったのも、この環境があってこそです。
母親の卓球キャリアという土台
元卓球選手としての母親は、面手さんに卓球の技術だけでなく、トップアスリートとしての心構えやトレーニングの姿勢も伝えたとみられます。母親が現役時代に経験した「試合の緊張感」や「練習の積み重ね方」は、面手さんが小学生・中学生の頃から直接聞ける家庭環境にありました。
コーチでもある夫(面手さんの父親?)との共同生活の中で、日常的に卓球の話題が交わされる環境は、面手さんの技術向上と卓球への理解を深める上で大きな役割を果たしました。「卓球一家」という環境が面手さんの早熟な才能を育てたことは間違いないでしょう。
父親・昌樹さんの献身的なサポート
面手さんの父親・昌樹さんは、高校在学中に毎朝面手さんを山陽学園高校まで送り届けていたといいます。Tリーグや遠征で不規則な生活が続く中でも、父親の送迎という日課が面手さんの生活リズムを支えました。
「陰ながら支えるだけなので、本人が納得いくまでプレーヤーとしてやっていってもらえたら」という昌樹さんの言葉には、子どもの夢を自分の意志で押し付けることなく、しっかりと見守るという父親の姿勢が表れています。このような家族の支えが、面手さんが世界選手権の舞台に立つまでの力強い後ろ盾となっていました。
TCマルカワという育ちの場
小学生時代に所属した「TCマルカワ」は、岡山県内でも実績のある卓球クラブです。
母親のコーチングと並行して、地元クラブでの切磋琢磨が面手さんの技術を底上げしていきました。クラブでの練習を通じて同世代のライバルや先輩・後輩との交流を深めたことが、単なる技術向上だけでなく競技者としてのメンタリティを形成する場となっています。
インターハイ女子シングルス優勝という夢の実現
面手凛さんのインターハイ制覇は、「生まれ育った岡山で優勝したい」という夢が結実した瞬間でした。
2025年8月のインターハイで女子シングルスを制覇した面手さん。高校3年生での念願のインターハイ制覇は、地元岡山への恩返しという意味でも特別な優勝でした。
高校2年での悔し涙からの逆転劇
高校2年のインターハイでは2年連続ベスト8という結果に終わり「自信はあった。でも、いざってときに弱気なプレーが出た」と悔し涙を流した面手さん。この悔しさが高校3年での猛練習のエネルギーとなり、2025年のインターハイ制覇につながりました。
失敗から学んで次の大会で結果を出すというこのプロセスは、面手さんがトップアスリートとして成長していく上での重要なステップでした。悔しさを原動力に変える精神力が、高校3年での優勝を手繰り寄せた最大の要因の一つと言えます。
世界代表選考会でのパフォーマンス
インターハイ優勝から半年後の2026年2月、世界卓球選手権代表選考会で優勝を飾った面手さん。準決勝での長﨑美柚さんへの逆転勝ちと、決勝でのストレート勝ちは「両ハンドの攻撃力が前よりも増した」という本人の言葉を裏付ける内容でした。
インターハイで磨いた実力がそのまま世界代表選考会でも発揮されたという一連の流れは、面手さんのスタイルが高校レベルを超えてシニアの舞台でも通用することを示しています。「自分のミスを減らして、自分にいい展開にできるだけもっていきたい」という明確な戦術意識が、選考会優勝の原動力でした。
インターハイ優勝後の目標宣言
インターハイ優勝後、面手さんは「今後はトップ選手の壁を越えられる選手に」とコメントしています。高校の舞台での最高峰に達しても、さらに上を目指すという姿勢はまさに一流アスリートとしての証明です。この言葉通り、インターハイからわずか数ヶ月後に世界選手権代表を勝ち取る快挙を達成しており、面手さんの有言実行の強さが際立っています。
面手凛の現在と2028年ロサンゼルス五輪への展望
現在の面手凛さんは、山陽学園高等学校を卒業して大阪に拠点を移し、日本生命レッドエルフに所属しながら世界トップを目指す毎日を送っています。
2026年4月のロンドン世界選手権でシニアとして初めての日本代表デビューを果たした面手さん。18歳という若さで世界の舞台に立ったこの経験は、今後の成長に向けた大きな財産となっています。
2026年世界選手権での初挑戦
ロンドンで開催された2026年世界卓球選手権団体戦は、面手さんにとってシニアの国際大会初体験の場となりました。
本人は「日本のトップの選手たちと一緒に団体を組ませていただくというのは初めてのことで、そこではたくさん学ぶことがあると思う。本番を迎えた時にはたくさん吸収して自分にも取り入れられたら」と意気込みを語っており、世界選手権を「学びの場」として捉える謙虚さが印象的でした。早田ひなさんや平野美宇さんなど日本女子卓球のトップ選手と共に戦うことで、さらなる成長のきっかけをつかんでいるはずです。
弱点克服への取り組み
面手さんは「バックハンドの長所も伸ばしつつ、課題であるフォアハンドも強化して、両ハンドの安定性を意識しながら強化しています」と語っており、自身の課題を明確に把握した上で練習に取り組んでいます。
バックハンドの力強さとラリーのピッチの速さという強みを活かしながら、フォアハンドという弱点を補強するという取り組みは、将来的に「穴のない選手」へと成長するための重要なプロセスです。高校時代よりも高いレベルでの練習環境が整った大阪でのトレーニングが、この弱点克服を加速させると期待されます。
2028年ロサンゼルス五輪への期待
2028年のロサンゼルス五輪では面手さんは20歳を迎え、まさに卓球選手として伸び盛りの時期を迎えます。「将来は五輪の舞台に出場してメダルをとることが夢です」と高校時代から明言してきた面手さんにとって、ロサンゼルスは最初の五輪挑戦の舞台となる可能性が高い大会です。
3歳からラケットを握り、岡山の山陽学園で夢を追いかけ続けた18年間の積み重ねが、ロサンゼルスの舞台でどのような輝きを放つのか。日本の卓球ファンが心待ちにしています。
面手凛の学歴が示す岡山から世界を目指した軌跡
- 岡山県玉野市出身で、卓球選手だった母親の影響で3歳からラケットを握り始めた
- 小学生時代は地元の名門クラブTCマルカワに所属し基礎技術を習得
- 小学4年(2017年)に全日本選手権カブの部シングルス優勝という衝撃デビュー
- 2018年全日本ホープス準優勝、2019年同ベスト4と小学生時代から全国トップクラス
- 中学校は山陽学園中学校(岡山)に進学し他強豪校のオファーを断った
- 中学時代からTリーグ(日本生命レッドエルフ)に参戦する異例の中学生活
- 中学3年(2022年)に全国中学校体育大会を制覇し日本の中学生チャンピオンに
- 高校も山陽学園高等学校に進学し「生まれ育った岡山で優勝する」夢を追い続けた
- 高校2年のインターハイはベスト8で悔し涙、その悔しさを糧に猛練習を重ねた
- 2025年8月インターハイで女子シングルス優勝という悲願の日本一を達成
- 2026年3月に山陽学園高等学校を卒業し大阪拠点に移転
- 2026年2月の世界卓球選手権代表選考会で優勝し初の日本代表入りを勝ち取った
- 父・面手昌樹さんが毎朝送迎する献身的サポートが卓球人生を支えた
- 2026年4月ロンドン世界選手権でシニア日本代表として世界舞台デビュー
- 2028年LA五輪では20歳を迎え日本女子卓球の新エースとして金メダルを目指す

