※本記事の扱い:内容はインターネット上の報道・番組・SNS等の公開情報の要約・整理です。個人への中傷や断定的な評価を目的としません。正確な事実関係は各公式発表や一次情報でご確認ください。
※出典・参考にした情報の種類:テレビ番組の発言要約、SNS投稿の引用、ウェブ上の二次報道などです。リンクや画像は当該サービス・媒体のものであり、本サイトが一次情報の正確性を保証するものではありません。
※本サイトのコンテンツには、商品プロモーションが含まれています。
ジャルジャルの2人の学歴について、出身高校・大学の偏差値や学生時代のエピソードを知りたいという方は多いと思います。
お笑いコンビ「ジャルジャル」の後藤淳平さんと福徳秀介さんは、2人とも関西大学第一高校・関西大学出身という共通の学歴を持つ高校・大学の同期コンビです。
高校時代に教科書を燃やして停学になったエピソードや、大学時代は友達ゼロでお笑い一本に打ち込んだ後藤さん、芦屋の高級住宅地・六麓荘育ちの福徳さんの素顔に迫ります。
2020年のキングオブコント優勝まで13度の挑戦を続けた2人の学生時代を徹底解説します。
①:2人とも関西大学第一高校(偏差値66)→関西大学出身の高校・大学同期
②:後藤さんは高校時代に教科書を燃やして停学になった
③:大学時代の後藤さんはお笑い一本で友達ゼロだった
④:福徳さんの実家は芦屋・六麓荘という日本有数の高級住宅地
ジャルジャルの学歴と出身校──2人の軌跡
- ジャルジャルの学歴一覧と2人のプロフィール
- 後藤淳平の小学校・中学校時代──吹田の卓球少年
- 後藤淳平の高校時代──教科書を燃やして停学!関大第一高校
- 後藤淳平の大学時代──関西大学で友達ゼロの4年間
- 福徳秀介の育ち──芦屋六麓荘の実家と学歴の背景
- 福徳秀介の高校・大学時代──成績優秀だった裏の顔
ジャルジャルの学歴一覧と2人のプロフィール
この投稿をInstagramで見る
まずジャルジャル2人のプロフィールと学歴を一覧でまとめます。
| 項目 | 後藤淳平 | 福徳秀介 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1984年3月20日 | 1983年10月5日 |
| 2026年05月02日現在の年齢 | 42歳 | 42歳 |
| 出身地 | 大阪府吹田市 | 兵庫県芦屋市 |
| 身長・体重 | 177cm・65kg | 175cm・67kg |
| 担当 | ボケ | ツッコミ |
| 学校区分 | 後藤淳平 | 福徳秀介 | 偏差値 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | 吹田市内公立(不明) | 芦屋市内公立(不明) | — |
| 中学校 | 吹田市立西山田中学校 | 芦屋市内公立(不明) | — |
| 高校 | 関西大学第一高校 | 関西大学第一高校 | 66 |
| 大学 | 関西大学経済学部 | 関西大学文学部 | 58 |
2人はどんなコンビか
ジャルジャルは後藤淳平さんと福徳秀介さんによる大阪出身のお笑いコンビで、吉本興業所属です。
2003年にNSC(吉本総合芸能学院)を卒業後にコンビを結成し、コントを中心に独自のスタイルで人気を博しています。
2020年のキングオブコントで13度目の挑戦にして悲願の優勝を果たし、一気に全国区の知名度を獲得しました。
YouTubeチャンネル「ジャルジャルタワー」では2018年から毎日1本の新ネタを公開し、累計再生回数10億回超えという驚異的な数字を叩き出しています。
2人が「高校の同期」という関係
後藤さんと福徳さんは関西大学第一高校の同期生であり、同じラグビー部に所属していました。
出会いのきっかけは、福徳さんが練習中に鎖骨を骨折した際に後藤さんが病院に付き添ったことで、そこから仲良くなり、後にコンビを結成することになります。
高校から大学まで同じ学び舎で過ごした2人の関係性の深さが、独特のコントスタイルを生んでいると言えます。
学歴の共通点と違い
2人とも関大第一高校・関西大学という学歴を持ちますが、学部は後藤さんが経済学部、福徳さんが文学部と異なります。
入学ルートも後藤さんが一般受験での入学(高校)、大学では内部進学という形で、福徳さんも同様のルートを辿っています。
後藤淳平の小学校・中学校時代──吹田の卓球少年
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 中学校名 | 吹田市立西山田中学校 |
| 所在地 | 大阪府吹田市 |
| 偏差値 | —(公立のため偏差値なし) |
| 部活 | 卓球部(吹田市選抜選出) |
| 特徴 | おかっぱ頭に丸メガネという出で立ち |
人見知りな少年の小学校時代
後藤淳平さんは大阪府吹田市出身で、両親・弟・妹という5人家族(3きょうだいの長男)の家庭で育ちました。
小学生の頃から人見知りで、友達を作るのが苦手だったとのことです。
ピアノ・水泳・公文式・サッカーなど多くの習い事をこなしていた一方で、当時からお笑い好きで同級生とコンビを組んで「子供漫才祭り」に出場し2位になったというエピソードも残っています。
このお笑いへの興味は、後の芸人人生の伏線でもありました。
卓球部の吹田市選抜に選ばれた中学時代
後藤さんの出身中学校は吹田市立西山田中学校で、地元大阪の公立中学校です。
中学時代は卓球部に所属しており、中学3年生の時には吹田市選抜のメンバーにも選ばれるほどの実力者でした。
運動神経の良さは高校時代のラグビーにも活かされており、文武両道の一面を持っていたことがわかります。
「おかっぱ頭に丸メガネ」という個性的なビジュアル
中学時代の後藤さんの特徴として、おかっぱ頭に丸メガネという出で立ちが語られています。
人見知りではありましたが、卓球では力を発揮し市の選抜にまで選ばれた経験から、努力と実力で結果を出す性格は早くから培われていたと言えます。
後藤淳平の高校時代──教科書を燃やして停学!関大第一高校
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学校名 | 関西大学第一高校(関大一高) |
| 偏差値 | 66(難関) |
| 種別 | 私立・共学 |
| 開校 | 1913年 |
| 特徴 | 卒業生は原則として関西大学に内部進学可能 |
| 部活 | ラグビー部(後藤・福徳ともに在籍) |
偏差値66の難関私立高校に一般受験で合格
後藤淳平さんは中学卒業後、関西大学第一高校に一般受験で入学しています。
偏差値66という数字は「難関」レベルであり、一般受験でこの高校に合格した後藤さんの学力は相当高かったことがわかります。
関大第一高校は1913年開校の私立高校で、卒業生は原則として関西大学に進学できることから、現在ではかなり偏差値が高くなっています。
ラグビー部での出会い──福徳秀介との接点
高校時代の後藤さんはラグビー部に在籍しており、部活動に励んでいました。
相方の福徳さんとは高校の同級生で、同じラグビー部員でした。
当初は2人は話をしませんでしたが、福徳さんが練習中に鎖骨を骨折した際に後藤さんが病院に付き添ったことがきっかけで仲良くなったという、なんとも自然なエピソードが残っています。
教科書を燃やして停学──「やんちゃエピソード」の真相
後藤さんの高校時代で最も有名なエピソードが、教科書を燃やして停学になったという話です。
高校時代に勉強が嫌になって教科書を燃やし、停学処分を受けています。
ただし後藤さんは高校時代に福徳さん以外の友達はいなかったものの、女子にはモテており、高校時代から彼女がいたとのことです(笑)。
また高校2年生の頃から福徳さんと「漫才ごっこ」を始めたことが、大学時代にお笑いを目指すきっかけになっています。
後藤淳平の大学時代──関西大学で友達ゼロの4年間
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2002年・大学1年生 | NSC(吉本総合芸能学院)入校 |
| 大学在学中 | 大学での友達ゼロ。福徳の文学部に潜り込んで授業を受ける |
| 大学3年生 | ゼミを3週連続で休んで辞めさせられる |
| 大学4年生後期 | 23単位残る状態で先生に頭を下げる |
| 2006年 | 関西大学経済学部を卒業 |
大学進学と同時にNSCへ
後藤さんは関大第一高校から関西大学経済学部に内部進学で入学しています。
そして大学1年生だった2002年に福徳さんとともに吉本総合芸能学院(NSC)に入校し、本格的にお笑いを目指し始めました。
NSCでは「プラス・マイナス」「銀シャリ」「アキナ」の秋山賢太さんらが同期です。
大学に友達がゼロだった理由
後藤さんが大学時代にお笑いを重点的にやっていたため、大学では1人も友達ができなかったとインタビューで語っています。
あまりにも大学に行かないので、福徳さんが在籍していた文学部の授業に潜り込んで一緒に授業を受けていたというエピソードも残っています。
大学3年生の時には舞台と重なったことからゼミを3週連続で休み、辞めさせられてしまいます。
それでも大学を卒業した粘り強さ
大学4年生の後期には23単位も残っており、先生に頭を下げに行く羽目になりました。
それでも何とか大学を卒業しており、お笑い活動と学業を両立(ギリギリではあれ)した粘り強さは後の芸人人生にも生きています。
2003年4月にNSCを卒業した後、福徳さんとお笑いコンビ「ジャルジャル」を正式に結成しています。
福徳秀介の育ち──芦屋六麓荘の実家と学歴の背景
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出身地 | 兵庫県芦屋市 |
| 実家の地区 | 芦屋市六麓荘(日本有数の高級住宅地) |
| 六麓荘の特徴 | 芦屋山手の高級住宅地。200坪以上の敷地が条件の地区も |
| 出身高校 | 関西大学第一高校(偏差値66) |
| 出身大学 | 関西大学文学部 |
芦屋六麓荘という特別な育ち
福徳秀介さんは兵庫県芦屋市出身で、実家は芦屋市の六麓荘地区にあると言われています。
六麓荘は日本でも指折りの高級住宅地として知られており、著名な実業家・医師・芸能人などが多数居住する地区です。
この環境で育ったことが、福徳さんの落ち着いた雰囲気や知的な印象につながっていると言われています。
六麓荘育ちとお笑い芸人という異色の組み合わせ
日本有数の高級住宅地で育ちながら、お笑い芸人を目指して吉本興業に入るというギャップは大きいですよね。
ただ福徳さんにとって「お笑い芸人になりたい」という気持ちは本物であり、環境や出身地に左右されることなく夢を追いかけた姿勢は多くのファンから支持されています。
また六麓荘に関するエピソードはネット上でも話題になることが多く、「高級住宅地育ちのお笑い芸人」としてジャルジャルの話題になる要素のひとつにもなっています。
家族の背景と幼少期
福徳さんの詳細な家族構成は公表されていませんが、裕福な環境で育ったことは確かです。
高校は関大第一高校(偏差値66)に入学しており、学力面でも一定以上の水準を維持していたことがわかります。
福徳秀介の高校・大学時代──成績優秀だった裏の顔
| 時期 | 後藤さん | 福徳さん |
|---|---|---|
| 高校(関大第一) | 勉強嫌い・教科書燃やす・友達は福徳だけ | 成績優秀・ラグビー部・骨折で後藤と仲良くなる |
| 大学(関西大学) | 経済学部・友達ゼロ・NSCにのめり込む | 文学部・後藤が授業に潜り込んでくる |
| 卒業年 | 2006年(関西大学経済学部) | 2006年(関西大学文学部) |
「学校の成績がよかった」──後藤とは対照的な福徳
後藤さんが教科書を燃やして停学になる一方で、福徳さんは学校の成績が良かったことで知られています。
高校時代のラグビー部での姿勢も真面目で、後藤さんとは正反対の「真面目な優等生」的な側面を持っていました。
このコントラストが2人のコンビとしての相性の良さを生んでいると言えます。
大学での福徳さんの生活
関西大学文学部に進学した福徳さんの大学生活は、後藤さんとは対照的に比較的充実していたようです。
NSCにも後藤さんと一緒に入校しており、お笑い活動と学業の両立に取り組んでいました。
後藤さんが自分の授業に勝手に潜り込んでくるという状況も、福徳さんがそれを受け入れていることから、2人の関係性の深さと寛容さがうかがえます。
関西大学文学部での小説執筆
福徳さんは関西大学を舞台にした恋愛小説を執筆しており、2025年4月には実写映画化も決定しています。
文学部出身らしく、創作への素養も持っているのがジャルジャル・福徳さんのユニークな点です。
ジャルジャルの芸人デビューと現在の活躍
- NSC入学とジャルジャル結成──大学時代の決断
- キングオブコント制覇まで──18年間の苦闘
- 関西大学での4年間が生んだ笑いのセンス
- YouTubeチャンネルで8000本ネタという挑戦
- ジャルジャルの現在の活動と学歴の影響
NSC入学とジャルジャル結成──大学時代の決断
この投稿をInstagramで見る
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2002年 | 後藤・福徳がともにNSC(吉本総合芸能学院)に入校 |
| 2003年4月 | NSC卒業後に「ジャルジャル」結成 |
| 2003年〜 | デビュー直後から注目され関西のローカルバラエティに出演 |
| 2010年 | 映画「ヒーローショー」主演 |
大学1年で下した「芸人になる」という決断
2002年、大学1年生のタイミングで後藤さんと福徳さんはともに吉本総合芸能学院(NSC)に入校します。
大学とNSCの掛け持ちという選択は、「お笑い芸人になる」という強い意志の表れでした。
NSC同期には「プラス・マイナス」「銀シャリ」「アキナ」の秋山賢太さんらがいます。
2003年4月──「ジャルジャル」正式結成
NSCを卒業した2003年4月、後藤さんと福徳さんは正式にお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成しています。
コンビはデビュー直後から注目を集め、大学3年生の頃には関西のローカルバラエティ番組に出演するほどの人気を獲得しました。
そのため後藤さんは学業との両立に苦しみ、教科書を燃やした高校時代に続き大学でも窮地に立たされたというのが実情です。
デビュー当初のアイドル的人気
ジャルジャルはデビュー当初、イケメンコンビとしてアイドル的な人気を誇っていた時期もありました。
2010年には福徳さんとともに映画「ヒーローショー」の主演に起用されており、俳優としても活躍しています。
キングオブコント制覇まで──18年間の苦闘
| 年 | キングオブコントの結果 |
|---|---|
| 2009年 | 決勝進出(初) |
| 2010年代 | 複数回決勝進出を繰り返す |
| 2020年 | 13度目の出場で悲願の優勝! |
「ネクストブレイク」と言われ続けた17年間
ジャルジャルは2009年の「キングオブコント」決勝進出から長らく「コント職人」「ネクストブレイクのコンビ」と言われ続けていました。
毎年のように賞レースの決勝に進出しながらも、なかなか優勝に届かないもどかしい時期が続きます。
この「実力はあるのに優勝できない」という状況が、ジャルジャルの一つの代名詞にもなっていました。
2020年──13度目の挑戦で頂点に
2020年9月、ジャルジャルはついに「キングオブコント2020」で優勝を果たします。
これは実に13度目の出場での悲願達成であり、お笑いファンにとっても感動的な瞬間となりました。
「やっと来た」「ジャルジャルの時代が来た」という声がSNSに溢れ、長年のファンとともに多くの新規ファンも獲得することになります。
優勝がもたらした変化
キングオブコント優勝後、ジャルジャルはメディアへの露出が大幅に増加しました。
関大出身のコンビが18年かけて天下を取ったという事実は、「大学で学んだこと」よりも「大学時代にNSCでお笑いを磨いたこと」の成果と言えます。
関西大学での4年間が生んだ笑いのセンス
| 大学での経験 | 笑いへの影響 |
|---|---|
| 後藤さんが文学部に潜り込む | 異なる視点・境界を越える面白さ |
| 友達ゼロでNSCに没頭 | お笑いへの純粋な集中力 |
| ギリギリの単位で卒業 | 「ギリギリの面白さ」という美学 |
| 関西大学の自由な雰囲気 | 多様な人間観察の機会 |
「関大があったからお笑いができた」
後藤さんと福徳さんは後に関西大学の広報インタビューでこう語っています。
「関大に行ったからお笑いができた」──この言葉が、4年間の大学生活とお笑いの関係を端的に表しています。
大学という「受け入れてくれる場所」があったからこそ、NSCでのお笑い修行と並行できたのだという感謝の気持ちが込められています。
多様な人間に触れた経験が笑いの礎に
関西大学は「自然に囲まれた中央大学は何と言っても空気がいい」と言われるように、自由な雰囲気が特徴の大学です。
多様な個性を持つ学生が集まる環境での4年間が、ジャルジャルの独特の人間観察を鋭くし、コントネタのリアリティある人物描写につながっていると考えられます。
「大学に行った意味」をお笑いで体現
大学では友達ゼロ・単位ギリギリという後藤さんの経験も、「笑えるエピソード」として昇華されています。
大学時代の「失敗」や「非常識な行動」が、トークでの鉄板ネタになるのがお笑い芸人の強みです。
YouTubeチャンネルで8000本ネタという挑戦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| チャンネル名 | ジャルジャルタワー |
| 開始時期 | 2018年2月 |
| 目標本数 | 8000本 |
| 投稿スタイル | 毎日1本新ネタを公開 |
| 総再生回数 | 10億回超え |
毎日新ネタを公開する「ネタ帳感覚」
ジャルジャルは2018年2月からYouTubeチャンネル「ジャルジャルタワー」で毎日1本の新ネタを公開し続けています。
目標本数は8000本で、現在も継続中です。
後藤さんはこの取り組みについて「思いみたいなものはぶっちゃけ何もないですね(笑)。楽しくのんびりやらせてもらっています」と語っており、ネタ帳感覚で楽しみながら続けている姿勢が印象的です。
10億回再生という驚異的な数字
毎日投稿の積み重ねにより、ジャルジャルタワーの総再生回数は10億回を超えています。
関西大学出身コンビが、デジタル時代に新しいコメディの届け方を開拓したという点でも注目に値します。
学力・学歴よりも「ネタの量」が武器
8000本という膨大な量のネタを生み出し続けることは、いかなる学歴よりも価値ある「実績」と言えます。
大学で経済学や文学を学んだ知識ではなく、数十年にわたって磨き続けた「お笑いの筋肉」がジャルジャルの真の学歴です。
ジャルジャルの現在の活動と学歴の影響
| 活動分野 | 内容 |
|---|---|
| テレビ出演 | バラエティ・コント番組などに多数出演 |
| YouTube | ジャルジャルタワーで毎日新ネタを公開中 |
| 単独ライブ | 全国各地で単独ライブを開催 |
| 映画 | 福徳さんの小説の映画化が2025年4月に公開予定 |
キングオブコント優勝後の現在
2020年の優勝後、ジャルジャルはテレビへの出演機会が大幅に増加し、全国区のお笑いコンビとして確固たる地位を築いています。
YouTubeでの毎日投稿・単独ライブ・テレビ出演という3本柱で、安定した活躍を続けています。
関西大学出身という学歴の「使い方」
偏差値66の関大第一高校・関西大学出身という学歴は、ジャルジャルのキャリアにとって直接的なアドバンテージではありませんでした。
しかし大学という「自由な時間と空間」があったからこそ、NSCでのお笑い修行と並行できたという意味で、学歴は間接的にジャルジャルの成功を支えたと言えます。
2人の関係性と現在
高校のラグビー部での骨折エピソードで始まった2人の縁は、20年以上を経た今も変わらず続いています。
関西大学という同じ学び舎で育った2人が、今や日本のコント界の頂点に立つ存在となったことは、「出会い」の大切さを示す好例でもあります。
ジャルジャルの学歴と経歴の総まとめ
- 後藤淳平(1984年3月20日・大阪府吹田市)と福徳秀介(1983年10月5日・兵庫県芦屋市)の2人組コンビ
- 2人とも関西大学第一高校(偏差値66)→関西大学という同じ学歴を持つ
- 後藤さんは関西大学経済学部、福徳さんは文学部に進学した
- 後藤さんの出身中学は吹田市立西山田中学校で卓球部の吹田市選抜に選ばれた
- 高校時代に後藤さんは教科書を燃やして停学になった
- ラグビー部で福徳さんが骨折した際に後藤さんが病院に付き添ったことで仲良くなった
- 大学1年の2002年に2人でNSCに入校しお笑いの道を歩み始めた
- 後藤さんは大学時代に友達ゼロでNSCとお笑い一本に打ち込んだ
- 福徳さんの実家は兵庫県芦屋市の六麓荘(日本有数の高級住宅地)にある
- 2003年4月にジャルジャルを正式結成
- YouTubeチャンネル「ジャルジャルタワー」で2018年から毎日新ネタを公開し総再生回数10億回超え
- キングオブコントには13度目の出場となった2020年に優勝を果たした
- NSC同期にはプラス・マイナス・銀シャリ・アキナ(秋山賢太)らがいる
- 福徳さんが書いた関西大学を舞台にした小説が2025年4月に映画化された
- 現在もテレビ・YouTube・単独ライブを軸に日本トップクラスのコントコンビとして活動中
