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乃木坂46の元メンバーで元キャプテンの秋元真夏さんの学歴と学生時代のエピソードを詳しくご紹介します。
埼玉県さいたま市出身の秋元さんは、中学受験をして東京家政大学附属女子中学校に入学し、高校では生徒会長を務めた優等生でした。
高校3年生で乃木坂46のオーディションに合格するも、高校の校則と父親の反対から卒業まで芸能活動を休止し、大学入学後にグループに合流したという波乱万丈の経歴を持ちます。
この記事では小学校時代の人見知りエピソードから大学中退の真相、乃木坂46のキャプテン就任まで詳しくお伝えします。
①:中学受験で東京家政大学附属女子中学校(偏差値51)に合格した
②:高校で生徒会長を務め、高3でオーディション合格も校則で活動休止
③:大学はフェリス女学院大学(偏差値43)に進学し留年・中退した
④:2019年に乃木坂46の2代目キャプテンに就任し2023年に卒業した
秋元真夏の学歴①|小中高校時代と乃木坂46オーディション合格の経緯
- 秋元真夏の学歴一覧と基本プロフィール
- 小学校時代|超人見知りだった幼少期のエピソード
- 中学校時代|中学受験合格と生徒会副会長への就任
- 高校時代|生徒会長として活躍し乃木坂46に合格
- 校則の壁|高校卒業まで芸能活動を休止した1年間
秋元真夏の学歴一覧と基本プロフィール
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まずは秋元真夏さんの学歴一覧と基本プロフィールを確認しておきましょう。
| 学歴 | 学校名 | 偏差値 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | さいたま市立大久保東小学校 | ― | バトン部・家庭科部に在籍 |
| 中学校 | 東京家政大学附属女子中学校 | 51(普通) | 中学受験で合格・生徒会副会長 |
| 高校 | 東京家政大学附属女子高校 | 54(普通) | 内部進学・生徒会長・調理部部長 |
| 大学 | フェリス女学院大学 文学部英米文学科 | 43(容易) | 留年後に中退の可能性が高い |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 秋元真夏(あきもと まなつ) |
| 生年月日 | 1993年8月20日 |
| 2026年05月09日現在の年齢 | 32歳 |
| 出身地 | 埼玉県さいたま市 |
| 愛称 | まなったん、釣り師 |
| 職業 | 歌手・タレント・女優(乃木坂46元メンバー・元キャプテン) |
| 乃木坂46 | 2012年〜2023年2月(卒業) |
秋元真夏さんとはどんな人物か
秋元真夏さんは乃木坂46の1期生メンバーで、2019年9月から2023年2月の卒業まで2代目キャプテンを務めた元アイドルです。
天然キャラと豊かな表現力で多くのファンを獲得し、グループ卒業後もバラエティ番組やグラビアで活躍を続けています。
学業面では中学受験に成功し、高校時代には生徒会長も務めた優等生の一面を持ちながら、アイドルとしての人気も高いというギャップが秋元さんの魅力のひとつです。
「8月に生まれた真夏」という命名エピソード
「真夏」という名前は8月に生まれたことから父親が命名しました。
家族構成は両親と弟の4人家族で、家族仲は非常によいと伝えられています。
東京の病院で生まれていますが、生後7ヶ月でさいたま市に引っ越し、以降は埼玉で育ちました。
小学校時代|超人見知りだった幼少期のエピソード
秋元真夏さんの小学校時代のエピソードを詳しくご紹介します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学校名 | さいたま市立大久保東小学校 |
| 特記事項 | 幼稚園〜小学校でバトン部。小6は家庭科部→バトン部と転部を繰り返す |
| 習い事 | ヴァイオリン、水泳(推測) |
| 将来の夢 | アナウンサー(高島彩さんに憧れ) |
幼稚園の頃から芸能界に憧れていた
秋元さんは幼稚園のころにすでに芸能界への憧れを持っていたといいます。
しかしその一方で、幼い時は「超」のつくほどの人見知りで、いつも母親の後ろに隠れているような子どもだったとラジオ番組で明かしています。
この「人見知りなのに目立ちたがり屋」というギャップが、後の秋元真夏さんの個性の原点となっています。
運動音痴でスポーツが苦手だった
子どもの頃からスポーツが苦手で運動音痴として知られており、体育の成績は1か2でした。
自転車にも乗れず、水泳もできませんでしたが、学校で習ったスキーだけは滑ることができるとのこと。
子どもの頃からスポーツ観戦は大好きで、現在も「スポーツを観るプロ」と自称するほど熱心な観戦派として知られています。
将来の夢はアナウンサーだった
当時は高島彩さんに憧れており、将来の夢はアナウンサーでした。
学校ではキューティーハニーやセーラームーンの真似をするお調子者として人気があり、「とにかく自分が大好きな子供でした」とも自ら語っています。
ちなみに小学生時代の宝物はブタのぬいぐるみで、現在も大切にしているとのこと。
中学校時代|中学受験合格と生徒会副会長への就任
秋元さんが中学受験に挑んだ経緯と、中学時代の充実したエピソードを詳しく見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学校名 | 東京家政大学附属女子中学校 |
| 偏差値 | 51(普通) |
| 種別 | 私立女子中学校(中高一貫) |
| 部活動 | 調理部(部活を通じて料理技能検定3級を取得) |
| 役職 | 生徒会副会長 |
| 同級生 | 西川七海さん(乃木坂46の活動を辞退したメンバー) |
小学校高学年から塾通いをして中学受験
秋元さんは小学校高学年から塾に通い始め、中学受験をして東京家政大学附属女子中学校に合格しています。
この中学校は高校の系列校なので、秋元さんは高校には内部進学の形で進んでいます。
地元の公立中学ではなく私立の中高一貫校を選んだことが、後の秋元さんの礼儀正しさや知性の礎となっています。
調理部での活動と家庭料理技能検定3級取得
中学時代は調理部に所属しており、文化祭では毎年パン屋さんをやっていたといいます。
調理部時代に家庭料理技能検定3級も取得しており、「和・洋・中お菓子、何でも作ります。味も自信あります」と朝日新聞のインタビューで語るほどの腕前です。
なお乃木坂46に在籍した西川七海さんとは中学・高校時代の同級生で、西川さんも1年間だけ秋元さんと同じ調理部に在籍していました。
生徒会副会長を務めた模範生徒ぶり
中学1年生から生徒会活動に参加し、中学時代には生徒会副会長を務めるなど模範的な生徒でした。
この経験が高校でのさらなる生徒会活動につながっていきます。
どちらかといえば地味でおとなしいグループに属していたというのは、小学校時代のお調子者ぶりからすると意外なエピソードかもしれません。
高校時代|生徒会長として活躍し乃木坂46に合格
秋元さんの高校時代のハイライトを詳しく見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学校名 | 東京家政大学附属女子高校 |
| 偏差値 | 54(普通) |
| 所在地 | 東京都板橋区(1881年開校の伝統校) |
| 部活動 | 調理部(部長) |
| 役職 | 高校2年生時に生徒会長 |
| 得意科目 | 家庭科・国語(文系クラス在籍) |
| 苦手科目 | 数学・理科 |
高校でも生徒会長と調理部部長を兼任
東京家政大学附属女子高校でも引き続き生徒会活動に参加し、高校2年生の時に生徒会長を務めました。
他に立候補した生徒がいなかったとのことですが、この経験が目立ちたがり屋の性格を開花させるきっかけになったとインタビューで述べています。
調理部では部長も務めており、学業と生徒会・部活動を両立させる文武両道ぶりが際立っていました。
高校3年生でオーディションに合格
高校3年生の時に友人から乃木坂46のオーディションを勧められ、「試しに送ってみようか」という軽い気持ちで応募しました。
「アイドルになりたかったわけではなく、漠然と人前に立つことがしたかった」と秋元さんは語っており、オーディション通過の知らせを受けた時はかなり驚いたとのことです。
4次審査で若月佑美さんと席がとなりになったことがきっかけで友情が芽生え、後に「盟友」と呼ばれる関係となっています。
父親への内緒の受験と合格後の告白
オーディションを受ける際、父親が芸能界に大反対していたため、両親には内緒で受験しました。
最終選考で合格した時は校内に「生徒会長が(乃木坂46の)オーディションに合格したらしい」との噂が広まったといいます。
合格後に父親に告白する際には非常に緊張したと語っており、父親の説得がどれほど大変だったかが伝わってきます。
校則の壁|高校卒業まで芸能活動を休止した1年間
オーディション合格後に待ち受けた、高校の校則と父親の反対という二重の壁について詳しく解説します。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2011年8月 | 乃木坂46最終選考で合格 |
| 2011年9月 | 高校の許可が下りず活動休止。レッスンのみ参加 |
| 2011年〜2012年 | 高校3年間のお見立て会は欠席。テレビ視聴も自粛 |
| 2012年4月 | 高校卒業・大学入学後にグループ本格合流 |
芸能活動を禁止する厳格な校則
東京家政大学附属女子高校は原則として芸能活動を禁止している学校で、携帯電話の持ち込みやSNSの使用も禁止するなど比較的校則が厳しい環境でした。
乃木坂46の活動参加を認めてもらえなかったため、2011年9月の「お見立て会」には参加できませんでした。
一度は転校を考えたそうですが、母親に反対されて思いとどまり、そのまま同校を卒業しています。
父親の条件付き許可と約束の履行
父親からは「大学に合格して、きちんと通学するなら」という条件つきで芸能活動への参加が認められました。
この約束を果たすため、レッスンには参加しながらも本格的なデビュー活動は大学入学まで待つという形をとっています。
当時は「乃木坂って、どこ」などのグループ主演番組を視聴しないようにして大学受験に備えるという徹底ぶりで、高校生としての誠実さが際立ちます。
同期メンバーとの関係性の難しさ
グループに合流できなかった1年間、他のメンバーは先にデビューして絆を深めていきました。
高山一実さんや伊藤万理華さんらとは合流後に親しくなりましたが、後に述べる西野七瀬さんとの確執にも、この休止期間の遅れが影響を与えています。
「盟友」若月佑美さんとの深い友情が、その後の秋元さんの乃木坂46生活を支えていきます。
秋元真夏の学歴②|フェリス女学院大学から大学中退の真相まで
- フェリス女学院大学への進学と波乱のグループ復帰
- 西野七瀬との確執と和解|涙の横浜アリーナ
- 大学時代の女優デビューと写真集ヒット
- フェリス女学院大学は卒業?中退?真相を検証
- 乃木坂46 2代目キャプテン就任と卒業後の活躍
フェリス女学院大学への進学と波乱のグループ復帰
高校卒業後に進学したフェリス女学院大学の詳細と、グループへの電撃復帰の経緯を詳しく見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 大学名 | フェリス女学院大学 文学部英米文学科 |
| 偏差値 | 43(容易) |
| 所在地 | 神奈川県横浜市(緑園キャンパス・山手キャンパス) |
| 設立 | 1870年(日本最古の近代的女子教育機関のひとつ) |
| 特徴 | 「お嬢様大学」として知られる横浜の名門女子大学 |
「お嬢様大学」フェリス女学院大学とは
フェリス女学院大学は「お嬢様大学」として知られる横浜市の女子大学で、1870年創設という歴史を持ちます。
緑園キャンパスと山手キャンパスの2つがあり、秋元さんが在籍した文学部は留学制度が整備されており、夏休みだけの短期留学なども可能です。
卒業生にはアナウンサーの大江麻理子さんがいるなど、各界に著名な女性を輩出している大学です。
大学入学と同時に乃木坂46への本格合流
大学入学直後から父親の許可を得てグループのレッスンを再開し、テレビ番組の収録や公演などにも参加しながら、グループへの合流準備を進めました。
録画していた乃木坂46の番組をすべて視聴して他メンバーの状況を把握したうえでレッスンに合流するという、真剣な姿勢がうかがえます。
はじめてテレビ番組「乃木坂って、どっこ?」に出演した際にはいきなり4枚目シングル「制服のマネキン」の選抜メンバー「八福神」に選ばれており、その実力の高さが証明されています。
選抜入りで波紋を呼んだグループ復帰
突然の選抜メンバー入りは、グループ内に大きな波紋を呼びました。
押し出される形で選抜から外れた中田花奈さんは泣き叫ぶほどの衝撃を受け、立ち位置が3列目に下がった西野七瀬さんは「大阪に帰ります」と言い放つほど動揺していました。
グループ内でまだ関係が築けていない状態での選抜入りは、秋元さんにとっても決して順風満帆なスタートではありませんでした。
西野七瀬との確執と和解|涙の横浜アリーナ
乃木坂46で最も有名な確執と和解のエピソードとして知られる、秋元真夏さんと西野七瀬さんの関係について詳しく紹介します。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2012年 | 秋元さんの復帰で西野さんが選抜から外れる→確執スタート |
| 2012年頃 | 西野さんが秋元さんと1年間ほぼ口を利かない |
| 横浜アリーナ | 西野さんが先に声をかけて和解が成立 |
| 現在 | 大親友として知られる仲に |
西野七瀬さんから1年間無視された時期
秋元さんの復帰により選抜から弾き出されたと感じた西野七瀬さんは、その後1年ほど秋元さんと一切口を利かなかったといいます。
ふたりの間の確執はファンの間でも知られるエピソードとなり、乃木坂46の初期の「人間ドラマ」のひとつとして語り継がれています。
秋元さん自身は当時の状況について、グループ内で孤立していた時期もあったことを後に明かしています。
横浜アリーナライブでの劇的な和解
横浜アリーナでのライブの前に西野さんが先に秋元さんに声をかけたことをきっかけに、ふたりは和解しました。
しかもライブ中に西野さんが「真夏、おかえり。一緒に頑張ろう」という映像が流されるサプライズ演出もされており、会場を感動に包みました。
「自分が子供すぎたのが原因だった」と全面的に非を認めた西野さんと、「関係性がよくなったきっかけになった」と語る秋元さん。
現在はグループ内でも屈指の大親友として知られており、ふたりの友情エピソードは多くのファンに愛されています。
乃木坂46での立ち位置の確立
波乱の復帰を経て秋元さんは着実にグループ内での存在感を確立し、バラエティ番組での天然キャラや握手会での「神対応」が高い評価を受けるようになります。
当初は「頭や顔がでかい」などと言われ、スタイルも他のメンバーほどではないと評価されることもありましたが、人柄と努力でファンの心をつかんでいきました。
面倒見のよさから渡辺みり愛さん・鈴木絢音さん・相楽伊織さんなどの後輩メンバーから大変慕われています。
大学時代の女優デビューと写真集ヒット
大学在籍中(2012〜2018年ごろ)の秋元さんのキャリアについて詳しく見ていきましょう。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2013年(大学2年) | テレビドラマ「BAD BOYS J」でレギュラー出演し女優デビュー |
| 2014年(大学3年) | 映画「超能力研究部の3人」で映画初主演 |
| 2015年(大学4年) | 「オトナヘノベル」でテレビドラマ初主演 |
| 2016年 | 1st写真集「真夏の気圧配置」が約54,000部を売上 |
| 2019年9月 | 乃木坂46の2代目キャプテンに就任 |
大学2年生で女優デビューした積極姿勢
大学2年生の2013年に、テレビドラマ「BAD BOYS J」にレギュラー出演して女優デビューを果たしました。
大学3年生の時には生田絵梨花さんと橋本奈々未さんとともに映画「超能力研究部の3人」で映画初主演するなど、女優としての仕事も積極的に増やしていきます。
大学3年生のころから埼玉の実家を離れて一人暮らしも始めており、芸能人としての生活が完全に軌道に乗っていきました。
クイズ番組Qさまで大学名を公表
秋元さんはQさまなどのクイズ番組に出演した際にフェリス女学院大学に在学中であることを公表しており、その頭脳派キャラクターで人気を集めました。
卒業後もクイズ番組への出演が続いており、乃木坂46屈指のインテリキャラとして認知されています。
現在もグループ卒業後のバラエティ活動でその知性を発揮しています。
写真集5万4千部のヒットと2代目キャプテン就任
2016年に発売した1st写真集「真夏の気圧配置」は約54,000部を記録するヒットとなり、アイドルとしてだけでなくグラビアモデルとしての高い人気も証明しました。
2019年9月には乃木坂46の2代目キャプテンに就任し、グループのまとめ役としての才能を発揮しています。
2023年2月に乃木坂46を卒業後も、バラエティ番組やグラビアで精力的に活動を続けています。
フェリス女学院大学は卒業?中退?真相を検証
秋元真夏さんの大学卒業・中退について、様々な情報をもとに検証します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 入学年 | 2012年4月 |
| 本来の卒業予定 | 2016年3月 |
| 留年の可能性 | 高(忙しい乃木坂活動との両立が困難だったため) |
| 卒業・中退の公式発表 | なし(本人・事務所とも非公表) |
| ブログでの示唆 | 2019年8月のブログに「学生を終えてから」という記述 |
本来の卒業予定より遅れている状況
2012年4月に大学に入学した秋元さんの本来の卒業予定は2016年3月でした。
しかしフェリス女学院大学は出席日数に関して厳しい大学として知られており、多忙な乃木坂46活動との両立は困難だったとみられています。
女優の桐谷美玲さんがフェリス女学院大学を7年かけて卒業したという事例もあり、芸能活動との両立がいかに難しいかがうかがえます。
2019年のブログで「学生を終えてから」と記述
2019年8月15日に公式ブログで「昔、生徒会長・部長・文化祭実行委員長…〇〇長みたいなものを今までたくさんやったことがあったけど、今回でまたひとつプラスされました☆まさか学生を終えてから増えると思ってなかったなぁ。笑」と綴っています。
このブログを素直に読むと、2019年の時点で既に学生ではないことが読み取れます。
いずれ中退したことが事実上確認できる記述として多くのファンが注目しています。
大学中退の可能性が非常に高いという結論
公式の発表こそありませんが、本来の卒業予定から数年が経過しても卒業報告がないこと、2019年のブログの記述などから、大学を中退した可能性が非常に高いと考えられています。
人気アイドルグループのメンバーとしての激務が、学業の継続を不可能にした結果と見るのが自然でしょう。
これはレイラさんの場合と同様、芸能活動と学業の両立がいかに困難かを示すエピソードです。
乃木坂46 2代目キャプテン就任と卒業後の活躍
秋元真夏さんの乃木坂46でのキャプテン時代と、卒業後の現在の活動についてまとめます。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2019年9月 | 乃木坂46の2代目キャプテンに就任 |
| 2020年 | 2nd写真集「しあわせにしたい」が大ヒット |
| 2023年2月 | 乃木坂46を卒業 |
| 現在 | バラエティ番組・グラビア・クイズ番組などで活躍中 |
2代目キャプテンとしての4年間
2019年9月から2023年2月の卒業まで2代目キャプテンとして活動し、乃木坂46の黄金期を支えました。
中学・高校と生徒会副会長・会長を経験してきた秋元さんにとって、リーダーシップを発揮する役割は天職だったともいえます。
後輩メンバーへの面倒見のよさが評価され、グループの精神的支柱として機能していました。
2020年の写真集大ヒットと多方面での活躍
2020年に発売した2nd写真集「しあわせにしたい」はバカ売れするほどの大ヒットを記録し、アイドル・女優・グラビアアイドルとしての三刀流で活躍しました。
クイズ番組では頭脳派キャラクターとして定評があり、特にバラエティ番組での天然ボケと知性のギャップが人気を集めています。
ファンからは握手会での「神対応」でも知られており、アイドルとしての誠実な姿勢が長年評価されてきました。
卒業後も輝き続ける現在の活動
2023年2月の卒業後も、バラエティ番組・クイズ番組・グラビアなど多方面で精力的に活動しています。
乃木坂46時代に培った表現力と知性を武器に、ソロタレントとしての地位を確立しつつあります。
中学受験から生徒会長、大学進学そして乃木坂46でのキャプテンへという、一貫したリーダーシップの足跡が秋元さんのキャリアを彩っています。
秋元真夏の学歴と乃木坂46の歩みをまとめると
- 1993年8月20日に埼玉県さいたま市で生まれ「まなったん」の愛称で親しまれた
- 小学校はさいたま市立大久保東小学校でバトン部・家庭科部に在籍した
- 幼少期は「超」のつくほどの人見知りで母親の後ろに隠れる子どもだった
- 小学高学年から塾に通い中学受験で東京家政大学附属女子中学校(偏差値51)に合格
- 中学では調理部に所属し家庭料理技能検定3級を取得した
- 高校では調理部部長と生徒会長を兼任するほど優等生だった
- 高3で乃木坂46オーディションに合格するも校則と父親の反対で1年間活動休止
- 父の条件「大学合格し通学すること」を果たしフェリス女学院大学(偏差値43)に進学した
- 大学入学と同時にグループに合流し「制服のマネキン」八福神に選出された
- 西野七瀬さんとの確執を乗り越え大親友として知られる関係を築いた
- 大学在籍中に女優デビューし映画・ドラマ初主演を果たした
- フェリス女学院大学は留年・中退の可能性が高い(公式発表なし)
- 2019年に2代目キャプテンに就任し4年間グループを牽引した
- 2023年2月に乃木坂46を卒業しソロタレントとして活動中だ
- 中学受験・生徒会長・キャプテン就任と一貫したリーダーシップの持ち主だ

