安藤なつの学歴と偏差値|南多摩高校定時制出身で大学進学なしだが頭いい

安藤なつの学歴と偏差値|南多摩高校定時制出身で大学進学なしだが頭いい

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「メイプル超合金」のツッコミ担当として人気を集める安藤なつさんの学歴と学生時代のエピソードを詳しくご紹介します。

安藤さんは東京都日の出町出身で、都立南多摩高校の定時制課程を卒業後は大学に進学していません。

驚くことに中学1年生から介護施設でボランティアを始め、20年以上にわたって介護と芸能活動を両立させてきた唯一無二の存在です。

高校時代には太田プロのセミナーに通いながら介護アルバイトも続けるという、異色の学生生活を送っていました。

この記事では出身校の偏差値から学生時代のエピソード、芸人への道のりまで徹底的にお伝えします。

記事のポイント

①:出身は都立南多摩高校 定時制課程(偏差値30台・2010年廃止)

②:中学1年生から介護ボランティアを20年以上継続した異色の経歴

③:大学未進学で介護ヘルパー2級を20歳で取得した

④:31歳でカズレーザーとメイプル超合金を結成しM-1決勝進出

安藤なつの学歴と学生時代|小学校・中学・高校の全記録

  • 安藤なつの学歴一覧と基本プロフィール
  • 【小学校】日の出町立本宿小学校時代のエピソード
  • 【中学校】日の出町立平井中学校|介護ボランティアとの出会い
  • 【高校】都立南多摩高校 定時制課程での青春

安藤なつの学歴一覧と基本プロフィール

 
 
 
 
 
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まずは安藤なつさんの学歴をひと目でわかる一覧表と、基本プロフィールから確認してみましょう。

学歴 学校名 偏差値 備考
小学校 日の出町立本宿小学校 なし(公立) 東京都日の出町の公立校
中学校 日の出町立平井中学校 なし(公立) 中学1年から介護ボランティア開始
高校 都立南多摩高校 定時制課程 30台 2010年廃止・芸能活動と並行
大学 進学せず 高校卒業後は芸人の道へ
項目 内容
本名 安藤和代(かずよ)
生年月日 1981年1月31日
2026年05月09日現在の年齢 45歳
出身地 東京都西多摩郡日の出町
身長・体重 170cm・130kg
所属 サンミュージックプロダクション
コンビ メイプル超合金(カズレーザーの相方)
担当 ツッコミ

安藤なつとはどんな人物か

安藤なつさんは、お笑いコンビ「メイプル超合金」のツッコミ担当として知られる芸人です。

2015年のM-1グランプリ決勝進出をきっかけにブレイクし、現在は多数のバラエティー番組に出演するほか、女優としても活躍しています。

トレードマークのおかっぱ頭と豪快なキャラクターが印象的ですが、実は中学生から20年以上介護に携わってきたという、芸能界でも異色の経歴を持つ人物です。

本名の「安藤和代」から取った「なつ」という芸名にもエピソードがあり、キャリア初期のコンビ名に由来しています。

出身地・日の出町とはどんな場所か

安藤さんの出身地である東京都日の出町は、多摩地区に位置する人口約1万6千人の小さな町です。

豊かな自然に囲まれた山間部で、「つるつる温泉」などの観光スポットでも知られています。

都心からはJR五日市線や路線バスを使ってアクセスする立地で、決して便利とは言えない環境ながら、安藤さんはそこで豊かな少年時代を過ごしました。

父親がバイク好きだったことも影響し、安藤さんはのちにハーレーダビッドソンを愛するバイカーとしての一面も持つようになります。

【小学校】日の出町立本宿小学校時代のエピソード

安藤なつさんの出身小学校は、地元日の出町の公立校である日の出町立本宿小学校です。

項目 内容
学校名 日の出町立本宿小学校
種別 公立小学校
所在地 東京都西多摩郡日の出町
偏差値 なし(公立)

子供の頃から体格が大きかった安藤なつさん

安藤さんは子供の頃から体格が大きく、小学校時代からすでに周囲より目立つ存在でした。

当時のヘアスタイルはなんと「ジャンボ尾崎カット」で、後ろだけ伸ばした角刈りという個性的なスタイルを貫いていたそうです。

この頃からすでにプロレスや相撲が好きで、給食を賭けて男子相手に相撲をとるといったエピソードが残っています。

ここ、想像するだけでキャラクターの強さがにじみ出ていますよね。

漫画好きとバイクへの目覚め

小学校時代の安藤さんは大の漫画好きで、大友克洋さんのSFコミック「AKIRA」に夢中になっていたといいます。

同作は緻密な作画と骨太なストーリーで世界中に影響を与えた名作で、当時の安藤さんの感性がいかに鋭かったかがうかがえます。

また、父親が単車に乗っていた影響でバイク好きにもなり、後年ハーレーダビッドソンを乗り回す大人になったのはその延長線上にあると言えます。

「小さい頃から父親が単車に乗っていたので、バイクが好きになりました」とインタビューで語っています。

家族構成と家庭環境

安藤さんの家族構成については詳しい情報は公開されていませんが、兄弟姉妹などについての情報は不明な部分が多いです。

父親がバイク好きであったことや、叔父夫婦が介護施設を運営していたことは明らかになっており、この叔父夫婦の存在が安藤さんの人生に大きな影響を与えます。

中学時代以降の介護ボランティアのきっかけが「叔父夫婦の介護施設」であったことからも、家族との絆が安藤さんの根幹にあることがわかります。

【中学校】日の出町立平井中学校|介護ボランティアとの出会い

安藤なつさんの出身中学校は、地元東京都日の出町内の公立校である日の出町立平井中学校です。

項目 内容
学校名 日の出町立平井中学校
種別 公立中学校
所在地 東京都西多摩郡日の出町
偏差値 なし(公立)
部活動 帰宅部

おかっぱ頭に決めた中学1年生

中学1年生頃から、現在のトレードマークであるおかっぱ頭にスタイルを変えた安藤さん。

「中学で体育会系の女性がよくやってたのが『おかっぱ』で、しっくりきて、中1ぐらいからほぼおかっぱですね」と本人が語っており、以来ずっとこのスタイルを貫いています。

また中学時代はお笑いコンビ「アンラッキー」のアンラッキー後藤さんのファンになったことがきっかけで、芸人を目指すようになります。

当時、後藤さんに「相方にしてください」という手紙を送ったというエピソードも残っており、この頃からすでに芸人への情熱は本物でした。

中学1年生から始めた介護ボランティアとの出会い

安藤さんの人生を語る上で欠かせないのが、中学1年生から始めた介護ボランティアです。

きっかけは叔父夫婦が介護施設を運営していたことで、毎週土曜日に学校が終わったあとに施設へ向かい、1泊して日曜日の夕方に帰宅するという生活を送っていました。

当時の様子を安藤さんはこのように語っています。

「最初ボランティアを始めた中学生の時は、障害者の方とか、脳性麻痺の車椅子の方とか、いろんな障害を持った方の施設だったんだけど、みんな楽しくて。今日はおやつ何々だ、ご飯も何々だ、イエーイ!みたいな。みんなで行く散歩やレクリエーション的なこともすごい楽しかったです。ボランティアに行っているというより、遊びに行く感覚でした」(株式会社笑下村塾)

認知症のおばあちゃんとの忘れられないエピソード

中学時代のボランティア中、安藤さんには忘れられない出会いがありました。

絶対に着替えない認知症のおばあちゃんに対し、毎週粘ってお願いし続けた結果、ついに着替えてくれた瞬間がとても嬉しかったと語っています。

「認知症って、あんまり覚えてはくれないけど、心許してくれたんだと思います。着替えてくれたときの嬉しさったらないです。それは今でも思い出しますね」(株式会社笑下村塾)

この経験が安藤さんにとって、人と関わることの喜びを深く学んだ原体験となっています。

ぎっくり腰と成長の代償

中学時代のボランティア中に、まだ腰への負担の軽減術を知らなかった安藤さんはぎっくり腰を経験しています。

それでも介護を続けた姿勢は、のちにプロの介護職として知識と技術を磨いていく土台になりました。

また中学時代はバレンタインデーに好きな男子へチョコレートを渡したところ、その母親がお返しを届けに来るという笑えるエピソードも。

大食漢でもあり、男子と給食を賭けて相撲をとったこともあったというから、このころからすでにキャラクターが炸裂していました。

【高校】都立南多摩高校 定時制課程での青春

安藤なつさんの出身高校は、東京都立南多摩高校の定時制課程です。

項目 内容
学校名 都立南多摩高校 定時制課程
種別 公立高校(定時制)
偏差値 30台
現状 2009年に南多摩中等教育学校(偏差値64)に改組、定時制は2010年廃止
部活動 帰宅部

定時制を選んだ理由と芸人活動との両立

定時制課程を選んだ背景には、芸人を目指しながら介護のアルバイトも続けるという生活スタイルがありました。

高校時代の安藤さんは昼間に介護アルバイトをこなしつつ、夜は定時制で学ぶという生活を送っています。

意外にも高校時代は髪をブリーチして赤や紫に染めていたというから、現在のおかっぱ頭のイメージとはまた違う一面があったようです。

太田プロセミナーと芸人への一歩

高校時代の安藤さんは16歳頃から太田プロダクションのセミナーに通い始め、芸人活動を開始しています。

当時は太田プロセミナーで出会った男性2人とトリオを組んで活動していましたが、短期間で解散してしまいます。

また同時期に、無名時代のお笑いコンビ「流れ星」の路上ライブを見に行くこともあり、後に「流れ星」の瀧上伸一郎さんが「自分もいつか芸人になりたいんだよね!と生意気な口調でよく路上ライブを見に来てくれたクソデブな女子高生」と安藤さんについて語っています。

この発言はお互いを深く知る仲間ならではの表現で、当時の安藤さんがいかにエネルギッシュだったかが伝わってきます。

JUDY AND MARYのYUKIへの憧れ

高校時代の安藤さんはJUDY AND MARYのボーカルYUKIさんの大ファンで、「自分がYUKIちゃんだったら…」と妄想することもあったといいます。

YUKIさんはロック界のカリスマ的存在で、その個性的なキャラクターに安藤さんが強く惹かれたことは想像に難くありません。

また高校時代の同級生・櫛田絵美さんとは当時から仲が良く、高校卒業後は6年間同居しながら互いに夢を追いかけていました。

「同級生のスタイリストです。彼女とは6年間同じ部屋に住んで、私は売れる芸人に。彼女はアシスタントじゃないスタイリストになろうと、共に励まし合った仲なんです」と語っており、現在は仲良しの櫛田さんがメイプル超合金の専属スタイリストを務めています。

安藤なつの学歴が培った芸人魂|下積みとブレイクの軌跡

  • 大学進学せず芸人の道へ|介護ヘルパー2級も取得
  • お笑い芸人デビューと初期コンビ活動
  • 西口プロレス参戦|どすこいロリータの誕生
  • プチ観音解散と10年の下積み時代
  • メイプル超合金結成とM-1グランプリ決勝進出
  • 現在の活動と介護・女優の多彩な顔

大学進学せず芸人の道へ|介護ヘルパー2級も取得

 
 
 
 
 
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高校卒業後、安藤なつさんは大学には進学せず、介護のアルバイトを続けながら芸人を目指す生活に入りました。

20歳で取得した介護ヘルパー2級

高校卒業後も介護の世界との関わりを続けた安藤さんは、20歳のときに介護ヘルパー2級の資格を取得しています。

中学1年生から始めたボランティアをきっかけに、20歳で正式な資格まで取得するに至るとは、並大抵の熱意ではありません。

現在も介護に関する様々なメディア出演やトークなどをこなしており、単なる「過去の経歴」ではなく現在進行形で介護と向き合い続けています。

千原せいじさんの飲食店でのアルバイトと予期せぬモテ期

下積み時代の安藤さんは数々のアルバイトを経験しており、千原せいじさんが経営する飲食店でのアルバイトもその一つです。

このアルバイト先では意外にもかなりモテており、安藤さんの出勤日にはカウンターが常に満席状態だったというエピソードが残っています。

個性的な外見とユーモラスな人柄が、お客さんの心を引きつけていたのかもしれません。

お笑い芸人デビューと初期コンビ活動

安藤なつさんの芸人としてのキャリアは、紆余曲折を経て少しずつ積み重ねられていきます。

なつ☆あつこ結成と初コンビ時代

23歳だった2004年には、窪田あつこさんと「なつ☆あつこ」というお笑いコンビを結成しています。

コンビ名の「なつ」が現在の芸名の由来にもなっており、この時期が安藤さんの芸人としての名前の原点となっています。

その後ピン芸人としての活動を経て、次のステップへと進んでいきます。

プチ観音の結成と解散

2009年9月、タレントの松原陽子さんと「プチ観音」というお笑いコンビを結成します。

このコンビは2012年まで活動を続けましたが、最終的に解散という結果を迎えます。

解散した際には芸人を辞めることも真剣に考えたと安藤さんは振り返っており、この時期が最も苦しかったと語っています。

「プチ観音」時代を含め、10年以上にわたる下積み生活は決して平坦なものではありませんでした。

西口プロレス参戦|どすこいロリータの誕生

安藤なつさんのキャリアの中で特にユニークなのが、21歳から8年間にわたるお笑いプロレス団体「西口プロレス」への参加です。

リング上での意外な才能の開花

「21歳ぐらいのときに、西口プロレスから”受け付けをやって”って頼まれたんですよ。そしたら、ノリでリングに上がって、8年ぐらいやってまして」と当時を振り返る安藤さん。

当初のリングネームは「優香」でしたが、後に「どすこいロリータ」に改名し、バットを振り回すパフォーマンスで観客を沸かせました。

長州小力さんらが在籍するこの団体には、「東京ダイナマイト」のハチミツ二郎さんや松田大輔さんも所属していたことがあります。

プロレスが磨いたボディコントロールと度胸

8年間のプロレス活動で鍛えられたボディコントロールと舞台度胸は、芸人・女優としての安藤さんの土台にもなっています。

リングの上でバットを振り回すパフォーマンスには、観客を一瞬で引きつける存在感が必要で、安藤さんはそこで自分の強みを磨いていきました。

この経験は芸人としてのキャラクター形成においても大きな役割を果たしていると言えます。

プチ観音解散と10年の下積み時代

2012年に「プチ観音」が解散するまで、安藤さんは約10年以上にわたる下積み生活を経験しています。

辞めることを考えた分岐点

解散時に安藤さんは芸人を辞めることを真剣に検討しており、その時期が最も苦しかったと語っています。

それでも諦めずに続けることができたのは、介護の仕事という「もう一つの自分の居場所」があったからかもしれません。

M-1グランプリの前日まで介護のアルバイトをしていたというエピソードは有名で、芸能界でどれだけ多忙になっても介護との関わりを切らなかった信念の強さが伝わってきます。

介護と芸人の二刀流で生き残った理由

長い下積み期間を乗り越えられた要因のひとつとして、介護のアルバイトで生活費を確保できていたことも挙げられます。

芸人として食えない時期でも、介護の技術と資格があれば仕事には困らなかった。

この「生活の安定」が、精神的な余裕を生み出し、芸人として長く続けるための力になったと考えられます。

メイプル超合金結成とM-1グランプリ決勝進出

転機が訪れたのは2012年のことです。

カズレーザーとの運命の出会い

31歳だった2012年8月、カズレーザーさんと「メイプル超合金」を結成します。

カズレーザーさんは独特の赤い衣装とエキセントリックなキャラクターで知られ、二人の凸凹コンビは結成当初から注目を集めました。

2015年には「漫才新人大賞」と「M-1グランプリ」でともに決勝進出を果たし、一気にブレイクを果たします。

M-1決勝前日まで介護アルバイト

特にエピソードとして語り継がれているのが、M-1グランプリの決勝進出翌年の2015年、前日まで介護のアルバイトをしていたという話です。

日本最大の漫才大会の決勝という晴れ舞台に立つ直前まで介護の現場で働いていた安藤さんの姿は、多くの人の心を打ちます。

ブレイク後は「お願いランキング」「ロンドンハーツ」「アメトーーク!」など多くのバラエティー番組に出演が相次ぎ、2016年12月には初の冠番組「メイプル超音楽」もスタートしました。

2019年の結婚と離婚

私生活では2019年11月に一般人男性と結婚しましたが、後に離婚しています。

芸能界での多忙な活動の中でのプライベートな出来事として、ファンからも多くの関心を集めた出来事でした。

現在の活動と介護・女優の多彩な顔

現在の安藤なつさんは、お笑い芸人の枠を超えた多彩な活動を展開しています。

女優としてのドラマ出演

安藤さんは女優としても活動しており、テレビドラマ「ナンシー関のいた17年」では主演に抜擢されるなど、確かな演技力を見せています。

バラエティーとドラマの両方で存在感を発揮できる芸人は決して多くなく、安藤さんのキャリアの幅広さは特筆に値します。

YouTubeチャンネルと介護の発信

2020年にはYouTubeチャンネルを開設し、主に食べ物の情報を発信しています。

また介護に関するさまざまなメディア出演を続けており、芸能人として介護の大切さを広める啓発活動にも積極的です。

中学1年生から20年以上介護に携わってきた安藤さんの発信は、介護現場で悩む人々の共感と励みになっています。

専属スタイリストとなった高校の同級生・櫛田絵美さんとの関係も継続しており、長年の仲間と仕事で関わり続けるという、人間関係の豊かさも安藤さんの魅力の一つです。

安藤なつの学歴と経歴の総まとめ

  • 出身は東京都日の出町で、日の出町立本宿小学校に通った
  • 中学校は日の出町立平井中学校に進学した
  • 中学1年生から叔父夫婦の介護施設でボランティアを開始した
  • 毎週土曜夜から日曜にかけて施設に泊まり込む本格的なボランティアをこなした
  • 高校は都立南多摩高校の定時制課程(偏差値30台)に進学した
  • 高校時代に太田プロのセミナーに通い芸人活動を開始した
  • 高校時代の同級生・櫛田絵美さんは現在もメイプル超合金の専属スタイリストを務める
  • 高校卒業後は大学に進学せず、20歳で介護ヘルパー2級を取得した
  • 21歳から8年間西口プロレスに「どすこいロリータ」として参戦した
  • 2009年にプチ観音を結成したが2012年に解散を経験した
  • 2012年にカズレーザーとメイプル超合金を結成した
  • 2015年のM-1グランプリ決勝進出の前日まで介護アルバイトを続けていた
  • テレビドラマ「ナンシー関のいた17年」で主演を務めた
  • 現在は介護の啓発活動や女優・タレントとして多彩に活動している
  • 中学から数えて20年以上介護に携わり続けた唯一無二の芸人だ