加藤シゲアキの学歴|出身は青学で偏差値72!補欠合格から作家へ

加藤シゲアキの学歴|出身は青学で偏差値72!補欠合格から作家へ

※当記事は公開情報をまとめた考察記事です。記載内容は執筆時点で確認できた情報に基づきます。
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加藤シゲアキさんの学歴について気になっている方は多いのではないでしょうか。

NEWSのメンバーでありながら小説家としても活躍する加藤シゲアキさんは、青山学院中等部から高等部、大学までの一貫教育を受けたことで知られています。

この記事では、加藤シゲアキさんの学歴を小学校時代から大学卒業まで時系列で整理し、学業と芸能活動を両立させたエピソードや作家デビューに至るまでの経緯を詳しくお伝えします。

記事のポイント

①:加藤シゲアキの学歴は青山学院の中高大一貫

②:中学受験は補欠合格からの繰り上がりだった

③:高校の学費を芸能活動の収入で自腹支払い

④:大学の国語表現の授業が作家への原点になった

加藤シゲアキの学歴は青山学院の一貫教育

  • 【学歴一覧】加藤シゲアキの出身校まとめ
  • 小学校時代と青山学院中等部への中学受験
  • 青山学院中等部での金八先生出演と活躍
  • 青山学院高等部で学費自腹と学業優先
  • 高校の同級生|三田友梨佳や後藤香南子

【学歴一覧】加藤シゲアキの出身校まとめ

 
 
 
 
 
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加藤シゲアキさんの学歴は、青山学院中等部から高等部、青山学院大学法学部までの一貫教育が最大の特徴です。

まずは基本的なプロフィールを確認してみましょう。

項目 内容
名前 加藤シゲアキ(本名:加藤成亮)
生年月日 1987年7月11日
2026年04月05日現在の年齢 38歳
出身地 大阪府(広島県広島市生まれ)
身長 175cm
血液型 A型
所属グループ NEWS
職業 歌手・俳優・タレント・小説家
ジャニーズ入所日 1999年4月18日

続いて、加藤シゲアキさんの学歴を一覧で整理します。

学校名 種別 偏差値
大阪府豊中市内の公立小学校 公立
横浜市立北綱島小学校 公立
青山学院中等部 私立 64
青山学院高等部 私立 72
青山学院大学 法学部 私立

家族構成は両親と本人の3人家族で、一人っ子として育っています。

広島県広島市で生まれた後、4歳から大阪府豊中市へ移り住み、10歳のときに神奈川県横浜市へ転居しました。

転居を繰り返しながらも中学受験で青山学院中等部に合格し、そこから大学卒業まで青山学院で過ごしたことが、加藤シゲアキさんの学歴の大きな柱になっています。

中等部の偏差値は64でやや難関、高等部は偏差値72の超難関校に位置づけられています。

大学では法学部に進学し、2010年3月に卒業しました。

芸能活動と学業を長年にわたって両立させてきた努力は、加藤シゲアキさんの人柄を象徴するものです。

小学校時代から塾通いをしていたことや、芸能活動を始めてからも学業を疎かにしなかったことが、この華やかな学歴につながっています。

ここ、気になるポイントだと思うので、各学校時代のエピソードを順に見ていきましょう。

芸能界きっての頭脳派と呼ばれる加藤シゲアキさんが、どのようにして青山学院の一貫教育を全うしたのか、少しイメージが湧きやすくなれば嬉しいです。

小学校時代と青山学院中等部への中学受験

加藤シゲアキさんの学歴の出発点は、小学校1年生から塾に通い始めたところにあります。

転校を繰り返した幼少期

広島県広島市で生まれた加藤シゲアキさんは、4歳のときに大阪府豊中市へ引っ越しています。

豊中市内の公立小学校に入学しましたが、10歳で再び横浜市に転居し、横浜市立北綱島小学校に転校しました。

子供の頃から内向的で人見知りが激しい性格だったこともあり、転校のたびに同級生との距離の縮め方に悩んでいたそうです。

学校に行きたくないと言い出したこともあったとのことで、繊細な少年だったことがうかがえますよね。

香取慎吾さんへの憧れとジャニーズ入所

小学校4年生のとき、香取慎吾さんに憧れた母親がジャニーズ事務所に履歴書を送付しています。

加藤シゲアキさん本人も当時からピアノを習っており、ピアノを弾く香取慎吾さんの姿に憧れていたそうです。

ところが事務所からの返事が届いたのは小学校6年生のときでした。

それでもオーディションを受けると見事合格し、テレビ番組「8時だJ」のオーディション企画ではただ一人の合格者となっています。

そのためジャニーズ事務所に同期入社はいないという珍しい経歴を持っています。

中学受験と事務所で干された経験

入所直後から中学受験のために学業を優先して仕事を休みがちになったことから、事務所スタッフから「生意気だ」と誤解されて干されてしまいました。

しかし当時のジャニーズ事務所社長であるジャニー喜多川さんに直接電話して経緯を説明したことで、仕事を続けることができています。

その際、アイドル活動と学業を両立していた嵐の櫻井翔さんを紹介され、仕事と勉強の両立についてアドバイスをもらったそうです。

小学生にして自ら行動を起こして道を切り拓いたエピソードは、加藤シゲアキさんの芯の強さを感じさせますよね。

櫻井翔さんは当時慶應義塾大学に通学しながらアイドル活動をしていた先輩で、学業と仕事の両立方法について具体的なアドバイスをもらったそうです。

この経験が、加藤シゲアキさんが青山学院の一貫教育を最後まで全うする原動力になったのでしょう。

青山学院中等部での金八先生出演と活躍

 
 
 
 
 
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加藤シゲアキさんの学歴で注目すべきポイントの一つが、青山学院中等部への合格は補欠からの繰り上がりだったという事実です。

補欠合格で掴んだ青学切符

中学入試では一発合格ではなく補欠合格となり、辞退者が出たことで繰り上がりで入学が決まりました。

ギリギリの合格ではありましたが、ここから青山学院の一貫教育がスタートしています。

在学中は1学年上に女優の杏さんが在籍しており、同級生にはフジテレビアナウンサーの三田友梨佳さんやグラビアアイドルの後藤香南子さんもいました。

芸能活動を行う生徒が多い環境だったことがうかがえます。

加藤シゲアキさんは中学時代も帰宅部で、部活動はしていませんでした。

J-Supportメンバーに選出

中学2年生だった2001年には、ジャニーズJr.内ユニット「J-Support」のメンバーに選ばれています。

このユニットは将来有望なジャニーズJr.で構成されており、小山慶一郎さんや横尾渉さんらもメンバーでした。

ジャニーズ事務所内でもエリートコースを歩んでいたことがわかりますよね。

3年B組金八先生への出演

同じ年にはテレビドラマ「3年B組金八先生 第6シリーズ」のレギュラーにも起用されています。

このシリーズでは上戸彩さんが女優としてブレイクしたことで知られ、NEWSメンバーの増田貴久さんや俳優の中尾明慶さん、女優の本仮屋ユイカさんも生徒役で出演していました。

加藤シゲアキさんはバラエティ番組「行列のできる法律相談所」に出演した際に、このドラマの撮影中に携帯を鳴らしてしまったエピソードを明かしています。

主演の武田鉄矢さんが長台詞で生徒に訴えかけるシーンで、リズムを崩してしまい10テイク以上の撮り直しになったとのことです。

加藤シゲアキさんにとっては冷や汗もののエピソードだったでしょう。

ただ、このドラマ以降は学業優先のスタンスだったようで、大学に進学するまでテレビドラマへの出演はさほど多くありませんでした。

青山学院高等部で学費自腹と学業優先

加藤シゲアキさんの学歴で高校にあたるのが、偏差値72の超難関校・青山学院高等部です。

内部進学と帰宅部の生活

青山学院中等部からの内部進学で進んでおり、外部受験はしていません。

高校でも部活動には所属せず帰宅部でしたが、これは芸能活動との両立を考慮してのことだったと思われます。

学業面では非常に優秀で、後に大学進学時には文系学部であればどの学部にも進学できるほどの成績を残しています。

高校の学費を自腹で支払い

トーク番組「徹子の部屋」に出演した際には、高校の学費を自腹で支払っていたことを明らかにしています。

有名大学の系列校は授業料が高い傾向にあり、青山学院高等部の授業料は年間およそ60万円ほどです。

高校生でありながら芸能活動で得た収入から学費を捻出していたというのは、なかなか驚きのエピソードですよね。

自分の力で学びの場を維持していたところに、加藤シゲアキさんの自立心の強さが表れています。

高校3年でNEWS結成

高校3年生の2003年9月にアイドルグループ「NEWS」が結成され、加藤シゲアキさんはメンバーに選ばれました。

翌2004年にはNEWSとしてCDデビューを果たし、学業と本格的なアイドル活動の両立が始まっています。

受験を控えた高校3年生でグループのデビューが重なるというのは、相当なプレッシャーだったはずです。

それでも学業を疎かにしなかったことが、青山学院大学への内部進学を実現させた要因だったのでしょう。

テレビや雑誌の仕事が増える中でも授業にはきちんと出席し、テストでも高い点数を維持していたとされています。

学業優先を貫いた姿勢は中学受験の頃から一貫しており、加藤シゲアキさんの学歴を語るうえで欠かせないポイントです。

芸能界と学校の両方で結果を出し続けた努力は、なかなか真似できるものではないですよね。

青山学院高等部は1950年開校の歴史ある学校で、卒業生は原則として青山学院大学に進学できるため、かなりの難関校として知られています。

高校の同級生|三田友梨佳や後藤香南子

 
 
 
 
 
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加藤シゲアキさんの学歴を語るうえで外せないのが、青山学院で共に学んだ同級生の顔ぶれです。

フジテレビアナウンサー三田友梨佳さん

加藤シゲアキさんと中学・高校で同級生だったのが、フジテレビアナウンサーの三田友梨佳さんです。

三田友梨佳さんは青山学院中等部から高等部、そして青山学院大学の文学部英米文学科に進学しています。

卒業後にフジテレビに入社し、報道番組のキャスターとして活躍していることはご存じの方も多いでしょう。

加藤シゲアキさんと同じ青山学院の一貫教育を受けた同級生が、テレビ業界の第一線で活躍しているのは興味深いところです。

グラビアアイドル後藤香南子さん

もう一人の同級生が、グラビアアイドルとして活動していた後藤香南子さんです。

後藤香南子さんも青山学院中等部から高等部まで加藤シゲアキさんと同じ学校に通っていました。

芸能界で活躍する人物が複数在籍していた環境で学生生活を送れたことは、加藤シゲアキさんにとっても刺激になったのではないでしょうか。

1学年上には女優の杏さん

 
 
 
 
 
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中等部時代には1学年上に女優の杏さんも在籍していました。

杏さんは高校からは別の学校に進学していますが、中学時代は同じ校舎で過ごしていたことになります。

また大学の法学部では、同じ学年に歌手の谷村奈南さんも在籍していました。

青山学院という名門校には芸能関係者が多く集まる傾向があり、加藤シゲアキさんの学歴を彩る要素の一つになっています。

芸能活動と学業を両立しやすい環境が整っていたことも、青山学院を選んだメリットだったといえるでしょう。

加藤シゲアキさん自身も中学入学を検討した際、「通ってみて合わなければ高校で受験をすればいいかなと思って」と語っており、小学生ながら冷静な判断をしていたことがわかります。

結果的に中学から大学まで青山学院で過ごし、多くの同級生とともに学び成長した日々は、加藤シゲアキさんにとって大きな財産になっているはずです。

加藤シゲアキの学歴から生まれた作家の才能

  • 青山学院大学法学部を選んだ意外な理由
  • 大学での孤独な日々とほぼフル単の実力
  • ブログから小説へ|作家デビューの経緯
  • 直木賞候補と吉川英治文学新人賞の受賞

青山学院大学法学部を選んだ意外な理由

加藤シゲアキさんの学歴の最終地点は、青山学院大学法学部です。

文系ならどの学部でも進学可能だった

高校時代の成績が非常に優秀だったため、文系の学部であればどこにでも進学できたそうです。

小説家として活躍していることから文学部出身と思われがちですが、実際に選んだのは法学部でした。

法学部を選んだ理由について加藤シゲアキさんは、「イメージがよくてかっこよかったから」と語っています。

さらに大きな決め手となったのが、青山学院大学の法学部には卒論がないという点でした。

仕事と学業の両立を考えたとき、卒論がないことは大きなメリットだったのでしょう。

ちなみに法律自体にはあまり興味がなかったとのことで、実利を重視した選択だったことがうかがえます。

高校3年の「国語表現」が創作の原点

加藤シゲアキさんは高校3年生のとき、苦手だった小論文対策のために「国語表現」という授業を履修しています。

定型的な小論文の書き方を学べると思って選んだそうですが、実際の授業内容は自由創作中心の小説やエッセイ、個人の表現を楽しむものでした。

加藤シゲアキさん本人は「楽しまないと退屈だなくらいに思った」と振り返っていますが、結果的にこの授業がものすごく勉強になったと語っています。

後の作家活動につながる素地が、高校時代のこの授業で培われたと考えると、学歴と才能がつながる興味深いエピソードですよね。

もともと小学生の頃から国語の試験で「登場人物の気持ちを一言で表せるのか」と悩むほど深く考えるタイプだったそうです。

試験終了時間に間に合わないことも多く、完全に理系にシフトしたという逸話も残っています。

そんな考え抜く性格が、後の小説執筆においては大きな武器になったのかもしれません。

学歴の選択一つひとつが将来の活動に結びついているところが、加藤シゲアキさんの面白いところです。

理系志望だった少年が法学部を経て小説家になるというのは、まさに人生何が起こるかわからないですよね。

大学での孤独な日々とほぼフル単の実力

加藤シゲアキさんの大学時代は、意外にも友達がほとんどいない孤独な学生生活だったそうです。

相模原キャンパスから青山キャンパスへ

青山学院大学の1〜2年生は相模原キャンパスに通い、3年生から渋谷の青山キャンパスに戻るカリキュラムでした。

加藤シゲアキさんは中学・高校時代を青山キャンパスで過ごしていたため、3年生で戻ってきたときは懐かしさを感じたそうです。

内部進学なので高校の同級生も多く在籍していましたが、仲の良かった友人の多くは経済学部や経営学部に進んでおり、法学部には親しい友人がいなかったとのことです。

トイレで弁当を食べた経験も

人見知りが激しかった加藤シゲアキさんは、大学でも友達作りに苦労しています。

芸能人という立場も相まって、なかなか気軽に話しかけられなかったようです。

一人で食事をすることが多く、トイレで弁当を食べたこともあったとインタビューで告白しています。

お店に行っても店員に話しかけることができなかったり、出前やデリバリーの電話をかけるのも苦手だったというほどの人見知りだったそうです。

3年終了までにほぼフル単を達成

孤独な大学生活ではありましたが、学業面では非常に優秀な成績を収めています。

3年生が終わるまでにほぼフル単(全科目の単位取得)を達成しており、授業のある日は早起きして学校に通い、授業後に仕事に向かう生活を送っていました。

学食では肉うどんや油そばをよく注文し、「青山物語」や「表参道」という名前の定食もお気に入りだったそうです。

チキンカツや生姜焼きの洋食風定食で、いちばん高くても500円程度だったといいます。

華やかな芸能活動とは対照的に、ごく普通の学生生活を大切にしていたことがわかるエピソードです。

2010年3月に青山学院大学法学部を無事卒業しています。

卒業した年には「トラブルマン」で連続ドラマに初主演を果たし、「爆笑問題の大変よくできました」にもレギュラー出演するなど、大学卒業と同時に活動の幅を一気に広げました。

ブログから小説へ|作家デビューの経緯

 
 
 
 
 
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加藤シゲアキさんの学歴と密接に関わるのが、大学時代に始めたブログが作家デビューのきっかけになったという事実です。

「吾輩はシゲである」の誕生

大学在学中、事務所でブログが始まった際に加藤シゲアキさんが選んだスタイルは、自分を猫の視点で客観視しながら自虐的に書くエッセイ「吾輩はシゲである」でした。

身近な人以外に見せた初めての文章でしたが、面白がってもらえて褒められたことが大きな転機になったそうです。

このブログをきっかけにコラムの仕事を少しずつもらえるようになっています。

ただし自虐的な内容だったため精神的にきつくなり、頻度を減らして調整していた時期もあったとのことです。

タクシーで浮かんだ「25歳までに小説を」

大学4年生の頃、タクシーに乗っているときに「25歳までに小説を書きたい」というビジョンが浮かんだそうです。

高校時代に金原ひとみさんと綿矢りささんが最年少で芥川賞を受賞したことに刺激を受けており、自分にもできるのではないかという思いがあったといいます。

大学卒業後に事務所で「何がしたいの?」と聞かれた際にこの思いを伝えたところ、「25歳までと思ってたら書けない。来月までに持ってきなさい」と言われ、必死に書き上げたそうです。

「ピンクとグレー」で文壇デビュー

こうして書き上げた初めての小説が「ピンクとグレー」です。

芸能界を舞台に幼馴染みの友情を描いた物語で、2012年1月に出版され、24歳にして作家デビューを果たしました。

加藤シゲアキさんは自分が見た芸能界の景色や育った渋谷の風景をたくさん盛り込んだと語っており、青山学院で過ごした日々が作品に大きな影響を与えていることがわかります。

読者を驚かせたい、予想外の方向に連れていきたいという若いエネルギーが詰まった作品だったそうです。

「ピンクとグレー」は後に映画化もされ、加藤シゲアキさんの作家としての知名度を大きく押し上げました。

NEWSのメンバーが減っていく中で「自分が頑張らないといけない」という責任感も執筆の原動力だったとのことです。

青山学院で学んだ教養と、芸能界で培った経験が融合して生まれた作品だったといえるでしょう。

直木賞候補と吉川英治文学新人賞の受賞

加藤シゲアキさんの学歴で培われた知性は、直木三十五賞の候補に選ばれるほどの文学的成果につながっています。

「オルタネート」で直木賞候補に

デビュー以降もコツコツと執筆を続けた加藤シゲアキさんは、2021年に発表した「オルタネート」で第164回直木三十五賞の候補に選ばれました。

アイドルが直木賞候補になるのは史上初のことで、大きな話題を呼びました。

さらに同作品で吉川英治文学新人賞を受賞しており、作家としての実力が文壇からも認められた形です。

青山学院大学法学部という学歴から考えると文学とは一見関係がないように思えますが、高校時代の「国語表現」の授業や大学時代のブログ経験が着実に実を結んだといえるでしょう。

書店員の言葉が支えに

加藤シゲアキさんが作家として書き続けられた理由の一つに、「ピンクとグレー」の書店回りで出会った書店員の言葉があります。

「書き続けてくれないと応援できませんから」という言葉が強く印象に残り、「続けることが作家なんだ」と気づいたそうです。

芸能人が本を出しても書き続けないケースが多い中、加藤シゲアキさんは一貫して執筆を続けています。

最新作「ミアキス・シンフォニー」

最新作の「ミアキス・シンフォニー」は長編小説の8作目にあたります。

大学や和食屋といった舞台で、少女や大学教員、料理人といった登場人物の視点が交錯する壮大な物語です。

NEWSのメンバー、俳優、そして作家というマルチな顔を持つ加藤シゲアキさんの今後の創作活動にも注目が集まっています。

青山学院の一貫教育で培われた教養と、学業と芸能を両立してきた忍耐力が、現在の多彩な活躍を支えているのでしょう。

2024年3月3日には一般人女性との結婚も発表しており、プライベートでも新たなステージに進んでいます。

学歴という土台の上に、アイドル・俳優・作家という複数の顔を積み重ねてきた加藤シゲアキさんの今後からも目が離せません。

加藤シゲアキの学歴と才能の総まとめ

  • 加藤シゲアキの学歴は青山学院中等部から高等部(偏差値72)を経て大学法学部まで進んだ一貫教育である
  • 出身は広島県広島市で、大阪府豊中市を経て横浜市に転居。小学校は横浜市立北綱島小学校を卒業した
  • 青山学院中等部の偏差値は64で、補欠合格からの繰り上がりで入学している
  • 小学校4年生のとき香取慎吾に憧れた母親がジャニーズ事務所に履歴書を送付し、小学校6年生でオーディションに合格
  • 8時だJ」のオーディション企画ではただ一人の合格者となり、ジャニーズ事務所に同期入社は一人もいない
  • 中学受験で学業優先のため芸能の仕事を休んだところ事務所で干されたが、ジャニー喜多川に直接電話して復帰を果たした
  • 当時慶應義塾大学に通っていた嵐の櫻井翔から芸能活動と学業の両立について具体的なアドバイスを受けている
  • 中学2年生で「3年B組金八先生 第6シリーズ」にレギュラー出演し、上戸彩増田貴久とも共演した
  • 青山学院高等部では年間約60万円の学費を芸能活動の収入から自腹で支払いしていた
  • 高校と中学の同級生にフジテレビアナウンサーの三田友梨佳やグラビアアイドルの後藤香南子がおり、中等部の1学年上には女優のもいた
  • 大学は青山学院大学法学部を選択し、理由は「イメージがかっこいいから」と卒論がないことだった
  • 大学時代は人見知りで友達が少なくトイレで弁当を食べた経験もあるが、3年終了時にほぼフル単を達成した
  • 高校3年の「国語表現」の授業で自由創作を経験したことが作家としての原点になった
  • 2012年に芸能界を舞台にした小説「ピンクとグレー」で作家デビューを果たし、後に映画化もされている
  • 「オルタネート」第164回直木三十五賞の候補に選出され吉川英治文学新人賞を受賞。最新作は長編8作目の「ミアキス・シンフォニー」で、アイドル・俳優・作家としてマルチな活躍が続いている