小堀正博の学歴と偏差値65|関西大学出身で関西学院中学部・高等部

小堀正博の学歴と偏差値65|関西大学出身で関西学院中学部・高等部

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小堀正博さんの学歴は、ワシントンD.C.生まれというユニークな生い立ちから始まり、関西学院中学部→高等部→大学という一貫校エスカレーター組の経歴です。

「野球を思い切りやるために中学受験をした」という異色の動機で難関校・関西学院中学部に合格し、中学3年の演劇コンクールで最優秀演技賞を受賞したことが俳優デビューのきっかけとなりました。

現在はNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」「おちょやん」「舞いあがれ!」への出演や多数の映画出演で知られる実力派俳優であり、家庭教師との二刀流でも話題の人物です。

この記事では、小堀正博さんの学歴の全貌と、学生時代のエピソードを詳しく解説します。

記事のポイント

①:ワシントンD.C.生まれの帰国子女で、両親は「型にはめない自由な教育」を重視した

②:「野球のために中学受験」という異色の動機で関西学院中学部(偏差値65)に合格

③:中3演劇コンクールで最優秀演技賞を受賞し、俳優の道を歩み始めた

④:関西学院大学卒業後、就職内定を辞退して俳優+家庭教師の二刀流を選択した

小堀正博の学歴と関西学院への中学受験エピソード

  • 小堀正博のプロフィールと学歴一覧
  • ワシントンD.C.生まれ・幼少期の教育方針
  • 中学受験の動機は「10年間野球をするため」
  • 石倉塾での猛勉強と初日0点からの奮起
  • 関西学院中学部の受験と合格エピソード

小堀正博のプロフィールと学歴一覧

 
 
 
 
 
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🔴小堀 正博🔴 俳優/家庭教師/ギランバレー症候群(@masahiro619kobori)がシェアした投稿

まずは、小堀正博さんの基本プロフィールと学歴を整理します。

項目 内容
本名 小堀正博(こぼり まさひろ)
生年月日 1988年生まれ
2026年06月06日現在の年齢 38歳
出身地 アメリカ・ワシントンD.C.(帰国後は兵庫県西宮市)
身長/体重 172cm / 65kg
スリーサイズ B92 / W82 / H94
所属事務所 舞夢プロ(MAIMU)
資格 高校公民科教職免許・司書教諭・漢検2級・英検2級・珠算3級
学校区分 学校名 偏差値 備考
幼児教育 西宮友の会幼児生活団 特別な幼児教育機関
小学校 兵庫県西宮市内の公立小学校 詳細非公表
中学校 関西学院中学部 約65 中学受験で合格
高校 関西学院高等部 約65 内部進学
大学 関西学院大学 約60 内部進学

同姓同名のラグビー選手との違い

「小堀正博」という名前を検索すると、俳優の小堀正博さん(1988年生まれ)とは別に、ラグビー選手の小堀正博選手(1981年生まれ、國學院久我山高校→明治大学)がヒットするため注意が必要です。

ラグビー選手の方は横河武蔵野アトラスターズ所属で、ポジションはLO/FLです。

俳優の小堀正博さんはNHK朝ドラに複数出演している実力派俳優で、全くの別人物です。

今回取り上げるのは、ワシントンD.C.生まれで関西学院出身の俳優・小堀正博さんです。

舞夢プロ所属の実力派俳優

小堀正博さんは東京・大阪に拠点を持つ芸能プロダクション「舞夢プロ(MAIMU)」に所属しています。

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)に「マッサン」「べっぴんさん」「おちょやん」「舞いあがれ!」と4作品連続で出演しており、NHKドラマのコアメンバー的な存在です。

朝ドラへの連続出演は実力と信頼の証であり、関西出身の俳優としての活躍が際立っています。

ワシントンD.C.生まれ・幼少期の教育方針

小堀正博さんは1988年、両親がアメリカ留学中にワシントンD.C.で誕生しました。

「型にはめない」両親の教育哲学

小堀さんの両親は、アメリカ留学で得た教育観から「子どもを型にはめない」自由な教育方針を実践しました。

帰国後の幼少期に通わせたのは「西宮友の会幼児生活団」という特別な幼児教育機関で、週1回の活動日に登園するスタイルでした。

音楽や芸術に親しみ感性を磨くカリキュラムと、プリスクール(英語教材を使う幼児教室)と教会のクリスチャンセンターの英語クラスにも通わせており、幼い頃から外国人と触れ合う機会が豊富でした。

1歳半まで在住したワシントンD.C.

小堀正博さんが1歳半まで過ごしたワシントンD.C.は、アメリカ合衆国の首都であり、政治・文化・教育の中心地です。

もちろん1歳半での記憶はないはずですが、「ワシントンD.C.生まれ」という生い立ちは、後のプロフィールにおける大きな特徴となっています。

所属事務所の公式プロフィールにも「ワシントンD.C.・関西弁」という唯一無二の組み合わせが記載されており、アメリカ生まれの関西弁ネイティブという個性的なポジションを確立しています。

公立小学校時代の「体験重視」の教育

帰国後、兵庫県西宮市に移り住んだ小堀家では、小学校は普通の公立学校に通わせながら、机上の勉強よりも体験を重んじる方針を貫きました。

水泳やお絵かきなどの習い事をさせながら、勉強は週1回、個人の先生に算数と国語を習う程度でした。

「関西では有名なキッズプラザ大阪によく行って走り回っていた」という小堀さんの証言からも、活発でのびのびとした少年時代がうかがえます。

中学受験の動機は「10年間野球をするため」

小堀正博さんが関西学院中学部を目指すことになったきっかけは、本人にとって全く勉強のためではありませんでした。

野球への情熱が中学受験の動機

小学5年生のとき、小堀さんは母親に「地元の野球チームに入って、小学校・中学校と活動したい」と伝えました。

すると母親から「公立中学校に進むと高校受験・大学受験と2回の受験をしなければならないが、中学受験をして大学まである附属校に入れば、あと10年間思う存分野球ができる」と説得されたのです。

「なるほど」と思った小堀さんは、野球のために中学受験を決意するという、異色の動機で受験勉強をスタートさせました。

関西学院中学部を選んだ理由

母親がすすめたのが関西学院中学部でした。

キリスト教に基づく教育・きれいな校舎・自由な校風・スポーツも強いという条件が揃った関西学院に、家から徒歩30分という立地の利便性も加わり、小堀さん自身も「自分に合った学校だ」と感じて志望校に決めました。

関西学院中学部は兵庫県内でも人気の高い私立中学で、小中高大と一貫した教育環境が整っています。

項目 内容
学校名 関西学院中学部
所在地 兵庫県西宮市上ケ原一番町1-155
設立 1947年(大学は1889年創立)
教育方針 キリスト教主義教育
中学受験偏差値目安 約65
大学内部進学率 高い(条件付き優先進学)
試験形式 当時は2日間連続試験(現在は1日)

関西学院の教育環境の特徴

関西学院は「Mastery for Service(奉仕のための錬達)」を教育理念とするキリスト教主義の学校です。

礼拝・賛美歌・聖書の授業など、宗教教育が日常に組み込まれているのが特徴で、精神的な成長を重視した教育環境が整っています。

小堀さんは後に「今の自分の基礎を作ったのは関学の中学校時代。礼拝の時間が自分の性格にいい影響を与えてくれた」と語っており、この環境が俳優としての人間性の根幹を作ったと言えます。

石倉塾での猛勉強と初日0点からの奮起

野球のために中学受験を決意した小堀正博さんですが、受験勉強のスタートは順風満帆とはいきませんでした。

5年生の夏休み明けからのスタートという遅れ

小堀さんが塾に入ったのは小学5年生の夏休みの終わりという、中学受験では異例に遅いスタートでした。

入塾したのは「石倉塾」という歴史ある塾で、先生方の熱心さに定評があります。

しかし初日に大きな試練が待っていました。

初日の算数0点と「アホが来た」という洗礼

石倉塾の初日、算数のテストで小堀さんは0点を取ってしまいました。

隣の子と答案を交換して採点するスタイルだったため、「0点、アホが来た」と言われ、教室中からいじめられるという辛い体験をしました。

家に帰ってすぐ母親に「塾、辞めたい」と伝えたのですが、母親が塾に連絡し、翌日には塾長が周囲の子たちを叱ってくれました。

「アホだからしょうがない」と開き直った勉強への転換

この体験が小堀さんの心に火をつけました。

「アホなんだからしょうがない。ちゃんとできるようになったら何も言われないはず」と開き直り、ひたすら勉強に集中した結果、最初の1〜2週間でみるみる成績が上がっていきました。

バカにされなくなってからは自主的に勉強するようになり、塾内での成績も着実に向上していきました。

この体験は後の俳優・家庭教師人生にも影響し、「塾で教えるようになってから、クラスにお休みしている子がいたら先に進めない」というルールを自ら設けるほど、遅れた子への配慮を大切にするようになりました。

関西学院中学部の受験と合格エピソード

塾での猛勉強の末、小堀正博さんは関西学院中学部の受験に臨みました。

2日間連続試験という特別な入試形式

当時の関西学院中学部の入試は2日間にわたる試験形式で、1日目は国語・算数・理科・面接、2日目は国語・算数・体育という構成でした。

現在の関学は1日だけの試験に変更されていますが、当時の2日間試験は兵庫県内でも灘・甲陽学院と並ぶ本格的な受験でした。

1日目で「受かる」と確信した瞬間

小堀さんは試験本番で実力を発揮しました。

1日目の試験がかなりうまくいったと感じ、「もう受かるな」と確信。2日目は落ち着いた状態で試験に臨むことができ、見事合格を勝ち取りました。

「もう一回中学受験をしても、また関学の中学部に行ったと思う」と語るほど、関西学院との縁を大切にしている小堀さんの言葉が印象的です。

関西学院の著名な同窓生

氏名 分野 備考
辻仁成 作家・ミュージシャン 関西学院大学出身
村上ファンド(村上世彰) 投資家 関西学院大学出身
上田晋也 お笑い芸人(くりぃむしちゅー) 関西学院大学出身
カズレーザー(金子和令) タレント 関西学院大学出身
サバンナ八木(八木真澄) お笑い芸人 関西学院大学出身

小堀正博の学歴が生んだ俳優としての歩みと現在の活動

  • 関西学院中高時代のエピソードと演劇との出会い
  • 関西学院大学での俳優活動と教職取得
  • 就職内定を辞退し俳優の道を選んだ決断
  • NHK朝ドラ常連俳優として活躍する現在
  • ギラン・バレー症候群を乗り越えた復帰

関西学院中高時代のエピソードと演劇との出会い

 
 
 
 
 
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🔴小堀 正博🔴 俳優/家庭教師/ギランバレー症候群(@masahiro619kobori)がシェアした投稿

関西学院中学部に入学した小堀正博さんは、野球を続けながら充実した中学生活を送っていましたが、運命的な出来事が待ち受けていました。

中3でケガをして野球を断念

中学3年生のとき、小堀さんは野球でケガを負い、中学での野球活動を断念せざるを得なくなりました。

「野球のために中学受験をした」という経緯を考えると、非常に残念な出来事です。

しかし小堀さんは「学校が楽しかったから強いショックは受けなかった」と振り返っています。

関学中学での友人関係・楽しい授業・礼拝の時間という充実した日常が、野球の挫折を前向きに乗り越えさせてくれたのかもしれません。

中3演劇コンクールで最優秀演技賞を受賞

運命が動いたのは中学3年生のクラス対抗演劇コンクールでした。

当時の関西学院中学部は男子校だったため、女性の役も男子生徒が演じる必要があり、小堀さんは主人公の「お母さん役」を演じ、最優秀演技賞を受賞しました。

男子生徒が女性役を熱演して最高賞を取るというのは、並外れた表現力を持っていた証明です。

「俳優もおもしろそうだな」と感じた小堀さんは、新聞の「CM出演者募集」の広告に応募。「遊園地のフリーパスをあげます」という特典に惹かれたという正直な理由も含め、これが芸能界への入り口となりました。

高1でのCMデビューと事務所との出会い

CM応募の最終審査は落選しましたが、審査を通じて現在所属する事務所の関係者と出会うことができたのが大きな収穫でした。

高校1年生でCM出演、高校3年生で映画に役つきで出演と、関西学院高等部時代から着実に俳優としての実績を積み上げていきました。

礼拝の時間が作った精神的な土台

小堀さんが関学時代を振り返って最も語るのが、毎日の礼拝の時間です。

パイプオルガンの音に合わせた黙祷に始まり、先生のお話が毎日あるという礼拝の時間が「落ち着く場所」だったと語っています。

「今の自分の基礎を作ったのは関学の中学校時代。礼拝の時間が自分の性格にいい影響を与えてくれた」という言葉からも、キリスト教の精神的な教育が小堀さんの人格形成に深く影響していることがわかります。

関西学院大学での俳優活動と教職取得

高校から大学へと関西学院エスカレーターで進んだ小堀正博さんは、大学時代に俳優活動を本格化させながら、教職免許取得という別の道も歩みました。

大学でドラマレギュラーを獲得

大学入学後、小堀さんはドラマへの出演機会を着実に増やしていきました。

「大学4年間でドラマのレギュラーや映画に5本出られたら俳優としてやっていける」という自分なりの目標を設定し、精力的に活動を続けました。

実際、大学在学中にドラマのレギュラーを獲得し、映画にも複数出演するという成果を上げています。

石倉塾での塾講師バイトを大学時代から開始

関西学院大学に進学してからも、中学受験時代に通っていた石倉塾での塾講師アルバイトを続けました。

自分が初日0点で辛い思いをした経験から、「休んでいる子がいたら先に進めない」という独自のルールを設けた授業スタイルが好評で、この経験が後の家庭教師業につながっています。

高校公民科教職免許の取得

関西学院大学では、俳優活動と並行して高校公民科教職免許・司書教諭の資格を取得しました。

「教員として生きるのもアリだな」と真剣に考えていた小堀さんにとって、この資格取得は単なる保険ではなく、本気の選択肢の一つでした。

漢検2級・英検2級・珠算3級という資格も取得しており、家庭教師として幅広い教科を教えられる土台を在学中に固めました。

就職内定を辞退し俳優の道を選んだ決断

大学4年生のとき、小堀正博さんは俳優か就職かという重大な決断に直面しました。

専門学校運営法人への内定

小堀さんは大学4年次に就職活動を行い、専門学校を運営している法人から内定を得たのです。

「内定したからには就職するか」と心が傾いた小堀さんは、所属事務所の社長に「就職します」と報告しに行きました。

社長の「悲しそうな目」が決断を変えた

社長は表向きは「小堀が決めたことだから応援するよ。3年くらいして戻りたくなったらまた来なよ」と明るく送り出そうとしました。

しかし社長の「目が悲しそうだった」ことが小堀さんの心を揺さぶりました。

「今まで一緒に社長ががんばってくれたのに、目先の安定のためにぱっとやめて3年後にただいまなんて自分の都合ばかりだ。ここで一緒にがんばって事務所を大きくするのが自分がやるべきことかな」と考え直し、内定を辞退して俳優の道を選びました。

義理堅さと決断力が生んだ転機

クールに見えて実は義理堅い—これが小堀正博さんの本質なのかもしれません。

計算ではなく「人への誠実さ」から下した決断が、朝ドラ俳優への道を開いたのは、ドラマの主人公のような展開です。

この決断がなければ、現在のNHK朝ドラ常連俳優・小堀正博は存在しなかったかもしれません。

NHK朝ドラ常連俳優として活躍する現在

就職内定を辞退してから約20年、小堀正博さんは俳優として着実にキャリアを積み上げ、NHK連続テレビ小説に4作品連続で出演する実力派俳優となりました。

NHK朝ドラ出演歴の充実

作品名 役名
マッサン 2014〜2015年 青山役 NHK
べっぴんさん 2016〜2017年 秋山役(レギュラー) NHK
おちょやん 2020〜2021年 小竹英一役 NHK
舞いあがれ! 2022〜2023年 瀧本慶役 NHK

映画・ドラマの幅広い出演作

朝ドラだけでなく、原田眞人監督「燃えよ剣」、石川慶監督「Arc アーク」など、実力派監督の作品への出演も続いています。

テレビ朝日「科捜研の女」シリーズには複数シーズンにわたって出演しており、関西発の実力派俳優として確固たる地位を築いています。

俳優+家庭教師の二刀流ライフスタイル

小堀正博さんの現在の最大の特徴は、俳優と家庭教師を並行する「二刀流」のライフスタイルです。

大学時代から塾講師として活動し、卒業後も家庭教師として活動を続けており、現在はオンラインを中心に45人の生徒を受け持っています(2025年時点)。

ギラン・バレー症候群を乗り越えた復帰

小堀正博さんは2024年4月、突然の重病に見舞われました。

ギラン・バレー症候群で手足が動かなくなる

2024年4月、小堀さんは突然ギラン・バレー症候群を発症し、手足が動かなくなり息ができなくなるという生死の境をさまよう経験をしました。

ギラン・バレー症候群とは、末梢神経が炎症を起こし急速に麻痺が進行する疾患で、重症化すると人工呼吸器が必要になることもある深刻な病気です。

極限状態での覚悟と復帰

「役者の仕事は無理でも、オンライン授業ができれば幸せ」と考えたという極限状態のエピソードが、小堀さんの人間性を如実に表しています。

入院から約3ヶ月後の2024年7月に復帰を果たし、2025年には映画2本(宮下玄覇監督「長篠」武田勝頼役・米本累人監督「Valsalva」辻本涼役)に出演するまでに回復しました。

病を乗り越えて気づいた「本当にやりたいこと」

この経験を通じて、小堀さんはあらためて俳優と家庭教師という二つの仕事への情熱を確認したと語っています。

関西学院での礼拝の時間に培った「感謝の心」が、病との闘いでも小堀さんを支えたのかもしれません。

今後も俳優・家庭教師として、その独自のキャリアをさらに磨き続けることが期待されます。

小堀正博の学歴と俳優としての経歴総まとめ

  • 小堀正博は1988年、両親のアメリカ留学中にワシントンD.C.で生まれた帰国子女の俳優
  • 1歳半までワシントンD.C.に在住後、帰国して兵庫県西宮市に定住した
  • 幼少期は「西宮友の会幼児生活団」で音楽・芸術・感性教育を受けた
  • 両親は「型にはめない」教育方針で、机上の勉強より体験を重視した
  • 小学5年生、野球を続けるためという異色の動機で関西学院中学部の受験を決意
  • 石倉塾入塾初日に算数0点で悔しい思いをしたが、そこから猛勉強で急上昇した
  • 関西学院中学部(偏差値約65)に合格し、高等部・大学へエスカレーター進学
  • 中3で野球をケガで断念するも、演劇コンクールで最優秀演技賞を受賞し俳優の道へ
  • 高1でCMデビュー、高3で映画出演という関西学院在学中に俳優活動を開始した
  • 関西学院大学で高校公民科教職免許・司書教諭を取得し教育者としての素養も身につけた
  • 大学4年で就職内定するも、事務所社長への義理と誠実さから内定辞退・俳優の道へ
  • NHK朝ドラ「マッサン」「べっぴんさん」「おちょやん」「舞いあがれ!」など4作品連続出演
  • 俳優と並行して家庭教師を続けており、現在はオンライン中心に45人を受け持つ二刀流
  • 2024年4月にギラン・バレー症候群を発症し生死の境をさまようも、同年7月に復帰
  • 2025年には映画「長篠」武田勝頼役など病からの完全復帰を果たし、さらなる活躍が期待される