村竹ラシッドの学歴と偏差値|順天堂大学スポーツ健康科学部・松戸国際高等学校出身

村竹ラシッドの学歴と偏差値|順天堂大学スポーツ健康科学部・松戸国際高等学校出身

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村竹ラシッドさんの学歴について知りたいという方は多いのではないでしょうか。

千葉県松戸市出身で、パリ2024オリンピックにおいて日本選手として初めて110mハードル決勝に進出し5位入賞という歴史的快挙を成し遂げたアスリートです。

松戸市立第一中学校・千葉県立松戸国際高等学校・順天堂大学スポーツ健康科学部という学歴を辿り、2025年には12秒92の日本新記録まで樹立しました。

この記事では、村竹ラシッドさんの学歴と学生時代のエピソード、そして歴史的快挙を生んだ軌跡を詳しくまとめています。

記事のポイント

①:松戸国際高校でインターハイ優勝・13秒91高校歴代3位タイを記録

②:順天堂大学進学後に日本インカレ優勝・U20日本記録を樹立

③:パリ五輪で日本選手初の110mH決勝進出・5位入賞の快挙

④:2025年に12秒92の日本新記録樹立・JAL所属で活躍継続中

村竹ラシッド学歴と学生時代|小中高大の陸上一筋

  • 村竹ラシッドのプロフィールと学歴一覧表
  • ハーフのルーツ|父親はトーゴ出身の陸上経験者
  • 松戸市立相模台小学校|陸上との出会い
  • 松戸市立第一中学校|才能開花と全国への道
  • 千葉県立松戸国際高校|インターハイ優勝と13秒91
  • 順天堂大学スポーツ健康科学部|日本インカレ制覇
  • JAL入社|アスリート社員としての新生活

村竹ラシッドのプロフィールと学歴一覧表

 
 
 
 
 
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まず、村竹ラシッドさんのプロフィールと学歴を一覧でまとめておきます。

プロフィール概要と基本情報

村竹ラシッドさんは2002年2月6日生まれ、千葉県松戸市出身の陸上競技選手です。

専門種目は男子110mハードルで、現在はJAL(日本航空株式会社)所属のアスリート社員として活躍しています。

父親がトーゴ共和国出身で母親が日本人という日本・アフリカのハーフで、その恵まれた体格と身体能力が110mハードルの高い壁を軽々と飛び越えるスタイルに活きています。

項目 内容
本名 村竹ラシッド(MURATAKE Rachid)
生年月日 2002年2月6日
2026年06月06日現在の年齢 24歳
出身地 千葉県松戸市
国籍 日本(父親がトーゴ共和国出身のハーフ)
専門種目 陸上競技 男子110mハードル
所属 日本航空株式会社(JAL)
趣味 ドライブ・ゲーム・漫画・競馬

学歴一覧と偏差値

下記の表は、村竹ラシッドさんの学歴を小学校から大学まで一覧にまとめたものです。

公立校を歩みながらも、高校・大学で結果を出し続けた学歴の道のりが見えてきます。

学校名 種別 偏差値 備考
松戸市立相模台小学校 公立小学校 小学5年生から陸上競技を開始
松戸市立第一中学校 公立中学校 ハードルで才能を開花させる
千葉県立松戸国際高等学校 公立高校 約60 インターハイ優勝・13秒91高校歴代3位タイ
順天堂大学スポーツ健康科学部 私立大学 約47 日本インカレ優勝・U20日本記録樹立

主な競技成績タイムライン

村竹ラシッドさんの競技成績は、高校時代から一直線に上昇してきました。

以下の表で、学歴と重なる形で成績の変遷を整理しています。

時期 大会・記録 結果
高校時代 インターハイ 110mハードル 優勝・13秒91(高校歴代3位タイ)
2022年(大学1年) 世界陸上競技選手権オレゴン大会 出場
2023年(大学2年) 日本インカレ 110mハードル 優勝・U20日本記録樹立
2023年 第108回日本陸上選手権 優勝
2024年(卒業後) パリ2024オリンピック 110mハードル 5位入賞(日本選手初の決勝進出)
2025年 ナイトゲームズin福井 110mハードル 12秒92・日本新記録樹立
2025年 世界陸上東京2025 110mハードル 5位入賞

少しイメージが湧きやすくなれば嬉しいです。

ハーフのルーツ|父親はトーゴ出身の陸上経験者

村竹ラシッドさんの卓越した身体能力の背景には、父親のトーゴ共和国というルーツが深く関わっています。

父親・トーゴ共和国出身の陸上経験者

父親は西アフリカに位置するトーゴ共和国の出身で、陸上競技に携わっていた人物として知られています。

トーゴ共和国はアフリカ大陸西部のギニア湾に面した国で、サッカーや陸上競技が盛んな土地柄です。

父親が陸上経験者であるため、村竹ラシッドさんが幼い頃から競技への親しみを持てる環境が自然に整っていたといえます。

父親から受け継いだアフリカ系の身体的特性、とくに筋肉の質や運動神経の鋭さが、110mハードルという瞬発力と技術の両方が問われる種目で最大限に発揮されています。

項目 詳細
出身国 トーゴ共和国(西アフリカ)
競技経歴 陸上競技経験者
息子への影響 身体能力・競技への姿勢

母親・日本人のサポートと教育方針

母親は千葉県出身の日本人で、村竹ラシッドさんの競技生活を日常からずっと支えてきました。

母親から「練習は本番のように、本番は練習のように」という言葉を贈られたと本人が語っており、このマインドセットが世界の大舞台でも安定したパフォーマンスに繋がっています。

「これを意識すると気持ちが楽になる」と村竹さんは母校の生徒たちに話しており、母親の教えが競技の精神的な支柱になっていることが伝わってきます。

日常の生活から競技の準備まで、母親のサポートなくしては現在の快挙は実現しなかったといっても過言ではありません。

二文化が生み出したアスリートの強さ

トーゴと日本、ふたつの文化に育まれたことで、村竹ラシッドさんには独自の強さが備わっています。

父親からは身体能力と競技への情熱を受け継ぎ、母親からは日本人的な勤勉さと謙虚さを受け継いだ結果、世界基準の身体能力と日本的な緻密さを兼ね備えたアスリートとして成長しました。

国際大会でも物怖じせずに挑める精神的な強さも、幼い頃から異文化に触れてきた経験が土台になっていると考えられます。

多文化的な視点が、陸上競技という国際的な舞台で活きている好例のひとつといえます。

松戸市立相模台小学校|陸上との出会い

村竹ラシッドさんの陸上競技との出会いは、地元・松戸市の小学校時代にさかのぼります。

松戸市立相模台小学校の概要

松戸市立相模台小学校は千葉県松戸市に位置する公立小学校です。

地域に密着した学校で、村竹ラシッドさんが幼少期を過ごした場所として、パリ五輪後に本人が凱旋訪問したことでも注目を集めました。

凱旋時には4年生から6年生の約440人の児童に迎えられ、選手村の段ボールベッドやパリ五輪の舞台裏を紹介し、大いに盛り上がったと伝えられています。

バスケットゴールや跳び箱など自分の小学生時代と変わらない体育館の光景を懐かしんでいた姿が印象的でした。

小学5年生で陸上との出会い

村竹ラシッドさんが陸上競技を始めたのは小学5年生のときで、このタイミングが後の日本新記録保持者への第一歩になりました。

まだ体も小さい小学生の頃に陸上の面白さに気づき、競技への情熱を育んでいったと考えると、その才能の早熟さが改めて際立ちます。

専門のコーチや設備がなくても、地元の小学校でひたすら走り、競技と向き合い続けた日々があったからこそ、現在の輝かしい実績が生まれています。

ここ、気になりますよね。

世界トップクラスのアスリートも、そのスタートラインはごく普通の学校の校庭だったのです。

幼少期の松戸での暮らし

千葉県松戸市は東京都に隣接するベッドタウンで、交通の便がよく緑も豊かなまちです。

松戸市で生まれ育った村竹ラシッドさんは、「松戸市出身アスリートとして活躍したい」という言葉を繰り返し語っており、地元への強い愛着を持ち続けています。

パリ五輪後には松戸駅に横断幕が飾られ、地元全体が盛り上がったことに「すごく驚いた」と話しており、地域の応援がモチベーションに繋がっていることが伝わってきます。

ふるさとを大切にする姿勢は、恩師から受けた「愛される選手になりなさい」という言葉とも重なります。

松戸市立第一中学校|才能開花と全国への道

中学校に進んだ村竹ラシッドさんは、本格的にハードル競技に打ち込み、全国を視野に入れた成長を遂げていきます。

松戸市立第一中学校の概要

松戸市立第一中学校は千葉県松戸市にある公立中学校で、全校生徒は約880人規模の学校です。

パリ五輪後の凱旋訪問では全校生徒を前に講演が行われ、村竹選手の中学校時代の話やオリンピックのエピソードに生徒たちが釘付けになりました。

陸上部の生徒が村竹選手の走り方を分析して技術的な質問を出した場面では「よく見ていますね! 僕のスタイルが公になってしまうんじゃないか心配」と笑いながらアドバイスを送る場面があり、母校への愛着が感じられました。

中学時代のハードル競技での成長

村竹ラシッドさんは松戸市立第一中学校でハードル競技を始め、瞬く間に才能を開花させたと伝えられています。

中学生の体格では高さ91.4cmのハードルを越えなければならない110mハードルの規格はありませんが、ハードル走や短距離に取り組む中で圧倒的な身体能力と技術を磨いていきました。

全国トップクラスの高校に進んでもすぐに活躍できたのは、中学時代に基礎体力と競技フォームをしっかり固めていたからです。

同学年には後に松戸国際高校で教師として働く同窓生もおり、地元のつながりが村竹選手の競技を陰で支えてきたエピソードとして語られています。

全国トップを意識した練習と環境

中学時代から将来的に日本代表として活躍することを周囲が予感させるほど、村竹ラシッドさんの才能は突出していました。

公立校で特別な設備があるわけではない環境の中で、ひたむきに練習を続けた姿勢と指導者・家族のサポートが地道な積み重ねを生みました。

高校でインターハイを制覇するレベルにまで成長するには、中学時代の基盤づくりが決定的に重要であり、第一中学校での3年間がその土台になっています。

公立の中学校から世界の舞台まで駆け上がったキャリアは、才能と努力と環境が重なった結果だといえます。

千葉県立松戸国際高校|インターハイ優勝と13秒91

高校進学で村竹ラシッドさんのキャリアは一気に加速します。

千葉県立松戸国際高等学校の概要と偏差値

千葉県立松戸国際高等学校は千葉県松戸市に位置する公立高校で、偏差値は約60前後の中堅校です。

国際教育に力を入れており、英語や外国語学習の環境が充実しているのが特徴の学校です。

スポーツにも力を入れており、村竹ラシッドさんのような才能あるアスリートが陸上競技で活躍できる土壌が整っていました。

項目 内容
学校名 千葉県立松戸国際高等学校
所在地 千葉県松戸市
種別 公立高校
偏差値 約60前後
特色 国際教育・英語教育に強い

インターハイ優勝と13秒91という高校歴代3位タイ

松戸国際高校在学中に、村竹ラシッドさんはインターハイ(全国高校総体)の110mハードルで優勝を果たします。

そのタイムは13秒91で、これは高校歴代3位タイという驚異的な記録でした。

全国最速クラスの高校生として注目を集め、この時点から日本代表として活躍することを多くの関係者が確信していたといいます。

インターハイという大舞台で実力を証明したことが、後の順天堂大学進学・大学での世界挑戦への大きな弾みになりました。

高校時代の同窓生と学校生活

村竹ラシッドさんが松戸国際高校で過ごした3年間には、地元のつながりを感じさせるエピソードがあります。

パリ五輪後の相模台小学校への凱旋訪問で、松戸国際高校時代の同窓生が同小学校で教師として働いていることが紹介され、会場は盛り上がりを見せました。

地元・松戸で育ち、地元の同窓生が地元の学校で働いているというコミュニティの温かさが、村竹ラシッドさんの「松戸市出身アスリートとして活躍したい」という想いの背景にあります。

学校生活でも競技だけでなく友人や仲間との繋がりを大切にしていたことが、人柄から伝わってきます。

高校在学中の世界陸上オレゴン2022出場

松戸国際高校卒業後すぐに世界の舞台に飛び込み、大学1年時にあたる2022年には世界陸上競技選手権大会オレゴン大会に出場しています。

高校時代のインターハイ優勝が評価され、10代での世界陸上出場という快挙を成し遂げました。

世界のトップ選手たちと肩を並べる場に早期から立てたことが、その後の成長スピードに直結しています。

高校という段階でここまで結果を出し続けた選手は、日本陸上界でも稀有な存在といえます。

順天堂大学スポーツ健康科学部|日本インカレ制覇

大学進学後も村竹ラシッドさんの成長は止まらず、在学中に数々の国内タイトルを手にしています。

順天堂大学スポーツ健康科学部への進学

村竹ラシッドさんが進学したのは順天堂大学スポーツ健康科学部で、スポーツ科学の専門的な教育を受けながら競技力を高める環境に身を置きました。

順天堂大学スポーツ健康科学部の偏差値は約47程度で、スポーツ推薦での入学も多い学部です。

スポーツ医科学・トレーニング科学・コーチング科学など競技に直結する知識を学べる環境は、アスリートとしての引き出しを大きく広げるものでした。

項目 内容
大学名 順天堂大学
学部 スポーツ健康科学部
偏差値 約47
所在地 千葉県印西市(さくらキャンパス)
在学中の主な実績 日本インカレ優勝・U20日本記録樹立・世界陸上オレゴン出場

2023年日本インカレ優勝とU20日本記録樹立

大学2年にあたる2023年、村竹ラシッドさんは日本インカレ(日本学生陸上競技個人選手権大会)の110mハードルで優勝します。

同年にU20日本記録も樹立し、学生ナンバーワンのタイトルとU20記録更新を同年に達成するという二重の快挙を成し遂げました。

第108回日本陸上選手権でも優勝を果たし、大学在学中に大学生・学生関係なく日本最速の座を確立しています。

この実績が、パリ2024オリンピックへの代表選考につながりました。

大学での成長とパリ五輪への準備

順天堂大学での学びと練習環境が、村竹ラシッドさんのパリ五輪での快挙を支えています。

スポーツ健康科学という専門知識を身につけながら、コーチや先輩選手との切磋琢磨を続けた大学時代は、競技者としての土台を盤石なものにしました。

2024年3月に卒業し、同年4月からJALにアスリート社員として入社してパリ五輪本番を迎えるという流れで、大学生活の集大成が五輪での歴史的快挙として結実しました。

公立中学・高校から一般大学に進み、世界と戦えるアスリートになるという軌跡は、後進の選手たちへの大きな励みになっています。

JAL入社|アスリート社員としての新生活

2024年3月に順天堂大学を卒業した村竹ラシッドさんは、同年4月からJAL(日本航空株式会社)に入社し、アスリート社員として新たな挑戦をスタートさせます。

大学卒業後のJAL入社(2024年4月)

村竹ラシッドさんが選んだのは日本航空株式会社(JAL)へのアスリート社員としての入社という道でした。

JALは陸上競技選手の受け入れに積極的な企業で、競技と仕事を両立できる環境が整っています。

入社からわずか数か月後にはパリ2024オリンピックという大舞台が待ち受けており、新社会人として社会に出ながらもトップアスリートとしての使命を背負うという難しいバランスをこなしました。

項目 内容
所属企業 日本航空株式会社(JAL)
入社時期 2024年4月
雇用形態 アスリート社員

アスリート社員として競技と仕事の両立

アスリート社員という立場は、企業のサポートを受けながら競技活動に専念できる体制が整っているものです。

JALには過去にも優秀な陸上選手が所属しており、トレーニング施設や遠征サポートなど手厚い支援体制のなかで村竹ラシッドさんは実力を発揮してきました。

「社会人アスリート」として企業の一員であることへの責任感も持ちながら、世界と対等に渡り合う姿は多くの若いアスリートにとって理想のロールモデルになっています。

競技の成績だけでなく人としての誠実さも評価され、各種表彰式にも積極的に出席する姿が目立ちます。

同じJAL所属の選手との関係

JALには村竹ラシッドさんのほかにも陸上競技の選手が所属しており、切磋琢磨できる環境が整っています。

2025年世界陸上東京の200mに出場した鵜沢飛羽選手も同じJAL所属で、互いに刺激を与え合える同僚として注目されています。

企業の中に仲間がいるという安心感と、同じ目標に向かって走る競技者としての共鳴が、村竹ラシッドさんのパフォーマンスを引き上げている要因のひとつです。

JALというブランドを背負いながら世界を走る姿は、スポンサーや企業の応援が選手を支える現代スポーツの好例といえます。

村竹ラシッド学歴と競技成績|パリ五輪・日本新記録の軌跡

  • パリ五輪2024|日本選手初の110mH決勝・5位入賞
  • 男子110mハードル日本記録12秒92の樹立
  • 世界陸上東京2025|5位入賞と課題への向き合い
  • 漫画愛・競馬好き|等身大のエピソードと素顔
  • 松戸市への母校凱旋|地元への感謝と恩返し

パリ五輪2024|日本選手初の110mH決勝・5位入賞

2024年のパリオリンピックで村竹ラシッドさんは、日本陸上史に刻まれる歴史的快挙を成し遂げます。

パリオリンピック出場への道筋

村竹ラシッドさんがパリ2024オリンピックの代表権を掴んだのは、大学在学中から積み上げてきた実績が評価された結果です。

日本陸上選手権での優勝や世界大会での経験が評価され、大学卒業直後・JAL入社直後という新社会人の身でパリ五輪に出場するという異例のスタートを切りました。

110mハードルという種目は、世界的に見てもアフリカ系・アメリカ系選手が圧倒的に強い分野で、日本人選手が決勝に進むことすら「世界から最も遠い種目」と言われていました。

その常識を村竹ラシッドさんが根底から覆すことになります。

決勝進出という歴史的快挙の詳細

パリ2024オリンピックの男子110mハードル決勝で、村竹ラシッドさんは日本選手として史上初めて決勝に進出しました。

予選・準決勝と着実に勝ち上がり、世界の8人に選ばれて本番のトラックに立つという偉業は、日本陸上界に衝撃を与えました。

決勝では8人の中で5位でフィニッシュし、日本選手として初めてオリンピックの110mハードル決勝を走りきった選手として歴史に名を刻みました。

世界のトップ8に食い込んだという事実は、日本のハードル競技が新たな時代に入ったことを世界に知らしめるものでした。

「喜んでいいのか分かんないっすね」発言の真意

決勝ゴール後のインタビューで村竹ラシッドさんが語ったのは、率直な言葉でした。

「喜んでいいのか分かんないっすね」という発言は、決勝という歴史的快挙を成し遂げながらも、メダルを獲れなかったことへの悔しさを正直に表現したものです。

メダルまであと0.12秒という僅差での5位入賞だったため、喜びよりも悔しさが先に来たという心境は多くのアスリートの共感を呼びました。

この発言が逆に、村竹ラシッドさんの競技への真摯な姿勢と高い目標意識を示すものとして多くのファンの心に刺さりました。

パリ五輪5位入賞が日本陸上界に与えた影響

村竹ラシッドさんのパリ五輪快挙が日本陸上界に与えた影響は計り知れません。

「世界から最も遠い種目」と呼ばれていた110mハードルが一躍「五輪メダル候補」として認識されるようになり、日本陸上界に新しい可能性を示しました。

若手選手たちへの影響も大きく、陸上連盟が進めてきた育成強化策の成果として注目されています。

「愛される選手になりなさい」という恩師の言葉通り、パリ五輪での姿は多くの人の心を掴み、今や村竹ラシッドさんは日本陸上界の顔のひとりになっています。

男子110mハードル日本記録12秒92の樹立

パリ五輪から約1年、村竹ラシッドさんはさらなる記録更新でその強さを証明します。

2025年ナイトゲームズin福井での12秒92

2025年のナイトゲームズin福井で、村竹ラシッドさんは12秒92の日本新記録を樹立しました。

この記録は、日本選手として初めて12秒台に突入したという歴史的な意味を持つものです。

日本人が12秒台に入れるとは思われていなかった時代を終わらせ、後進の選手たちに新たな目標を示したという点で競技の歴史を変えた記録といえます。

福井の大会という地方開催の競技会で生まれた日本新記録は、全国のスポーツファンに驚きをもって迎えられました。

12秒台突破の歴史的意義

110mハードルで12秒台を出すことの難しさは、この種目に詳しい関係者ほどよく知っています。

10台のハードルを高速で越えながら13秒台を切るだけでも世界トップクラスのタイムであり、そこから12秒台に踏み込むためには身体能力・技術・メンタルが極限まで研ぎ澄まされている必要があります。

村竹ラシッドさんが12秒92を出したことはアジア全体でもトップレベルのタイムであり、世界の強豪と対等に戦える実力を数字で証明した出来事です。

高校時代13秒91→大学時代のU20記録→12秒92という記録の進化の軌跡が、学歴と重なる形で一直線の成長を描いています。

日本新記録後のさらなる野望

12秒92を達成した後も村竹ラシッドさんの目は常に上を向いています。

「まだまだ上に行ける」という言葉と、世界陸上での「何が足りなかったんだろう…」という発言が示すように、現状に満足せず課題と向き合い続ける姿勢が一流アスリートの証です。

次のオリンピックや世界陸上でのメダル獲得を目標に、日々の練習と競技を積み重ねています。

松戸市へのメダルの持ち帰りという夢を語っていた村竹ラシッドさんの言葉が、いつか現実になる日を多くのファンが心待ちにしています。

世界陸上東京2025|5位入賞と課題への向き合い

12秒92の日本新記録を携えて臨んだ世界陸上東京2025でも、村竹ラシッドさんは5位入賞という結果を残します。

世界陸上東京2025の戦い

2025年の世界陸上競技選手権大会が東京で開催され、地元の声援を受けながら村竹ラシッドさんは110mハードルに出場しました。

世界陸上東京2025でも5位入賞を果たし、パリ五輪と同等の成績を世界の舞台で出し続けるという安定感を見せました。

地元・東京での世界陸上という特別な舞台で、日本の陸上ファンを大いに沸かせました。

同世代の三浦龍司・中島佑気ジョセフとともに「2002年生まれ世代」として注目を集め、日本中短距離界を担う存在として期待は高まるばかりです。

5位入賞と「何が足りなかったんだろう…」の発言

世界陸上東京での5位入賞後、村竹ラシッドさんは「何が足りなかったんだろう…」という言葉を残しました。

メダルに届かなかった悔しさを率直に口にしながら、次につなげる姿勢を崩さない点が村竹ラシッドさんの真摯な競技への向き合い方を表しています。

スポーツファンから「こういう発言ができる選手こそ伸びる」という評価の声が多数上がっており、競技者としての精神的成熟も注目されています。

この言葉は「愛される選手になりなさい」という恩師の教えを体現するものとして、多くの人の心に残りました。

次の世界陸上・オリンピックへの展望

村竹ラシッドさんは「優勝は大前提」という発言も残しており、現在の成績に満足することなく常に金メダルを目指しています。

2028年のロサンゼルスオリンピックに向けて、今の積み上げが最大の準備期間となっています。

「金メダルを獲って松戸市に持ち帰りたい」という言葉を実現するために、日々の記録更新と世界との差を埋める取り組みが続いています。

今後も村竹ラシッドさんの活躍から目が離せません。

漫画愛・競馬好き|等身大のエピソードと素顔

世界トップクラスのアスリートとしての顔だけでなく、等身大の素顔もファンを惹きつけている村竹ラシッドさんの魅力を紹介します。

漫画好きが生んだ世界陸上のゴールポーズ

村竹ラシッドさんは大の漫画好きで知られており、世界陸上のゴール後に決めたポーズは大好きな漫画のキャラクターから着想したものだと明かしています。

JOC公式YouTubeには「漫画愛がスゴい村竹ラシッド! 世界陸上のポーズ誕生秘話も」というタイトルの動画が公開されており、本人が楽しそうに語る様子が人気を集めています。

世界の舞台で決めたポーズの裏に漫画キャラクターへのリスペクトがあるという意外な素顔が、より多くのファンの共感を呼んでいます。

陸上の鬼練習の合間に漫画を読んで気持ちをリセットするという、人間らしい一面が垣間見えます。

競馬好きのエピソードとJOC橋本聖子会長とのトーク

村竹ラシッドさんは競馬好きとしても知られており、興味深いエピソードがあります。

2025年12月のスポーツニッポンフォーラム表彰式に登壇した際、JOC橋本聖子会長が「競馬好きと聞いているが、私の実家は北海道で競走馬の生産牧場をしている」と話して会場を沸かせました。

世界で活躍するアスリートと日本のスポーツ界のトップが競馬トークで盛り上がるという場面は、村竹ラシッドさんの人柄がいかに親しみやすいかを示しています。

趣味のドライブやゲームと合わせて、オフタイムを充実させながら競技に集中するスタイルが確立されています。

ゲーム・ドライブ・SNSからわかる等身大の素顔

村竹ラシッドさんの趣味はドライブ・ゲーム・漫画・競馬と多岐にわたります。

公式X(旧Twitter)では日々の練習やレースに関する発信を行っており、多くのフォロワーから支持されています。

「小学生へのメッセージは『すきなものをたいせつに』」という言葉は、自分自身が好きなものを大切にしてきたからこそ世界舞台に立てたという実体験に裏づけられています。

世界トップクラスの選手でありながら、ゲームや漫画が好きな普通の若者としての一面も大切にしている姿勢が、幅広い世代のファンを獲得している理由です。

松戸市への母校凱旋|地元への感謝と恩返し

パリ五輪5位入賞という快挙を引っ提げて、村竹ラシッドさんは地元・松戸市の母校へ凱旋訪問を果たしています。

パリ五輪後の相模台小学校への凱旋訪問

2024年10月23日、村竹ラシッドさんは母校・松戸市立相模台小学校を訪問しました。

4年生から6年生の約440人の児童に迎えられ、パリ五輪の舞台裏やオリンピック選手村での生活を紹介する講演を行いました。

選手村の段ボールベッドの寝心地、コーラが出てくる自動販売機など、児童が興味を持つ話題を交えながらわかりやすく伝えた姿は、将来の夢を描く子供たちの心に深く刺さったことでしょう。

バスケットゴールや壁に飾られた絵が自分の小学生時代と変わらないと懐かしんでいた村竹ラシッドさんの姿から、故郷への愛着がにじみ出ていました。

第一中学校での講演と陸上部へのアドバイス

同じ日に松戸市立第一中学校にも訪問し、全校生徒約880人の前で講演を行いました。

陸上部の生徒から技術的な質問が出た場面では丁寧に走り方やメンタル面のアドバイスを送り、短い時間の中でも生徒に真剣に向き合う姿勢を見せました。

母親から受け継いだ「練習は本番のように、本番は練習のように」という言葉を在校生に伝える場面は、村竹ラシッドさんの競技人生の根幹が凝縮された瞬間でした。

陸上部員のハードル走を見て直接指導する場面もあり、コーチとしての才能も感じさせました。

「すきなものをたいせつに」という松戸っ子へのメッセージ

相模台小学校の児童たちへの最後のメッセージとして、村竹ラシッドさんが選んだ言葉は「すきなものをたいせつに」でした。

「みんなの好きなこと・人を大切にしてください。これからの人生で、それが誰かと話すきっかけになったり自分を支えてくれます」というメッセージは、漫画・ゲーム・競馬など自分の好きなものを大切にしながら世界の頂点を目指す村竹ラシッドさん自身の生き方そのものです。

「松戸市出身アスリートとして活躍したい。これからも応援よろしくお願いします」という言葉も残しており、地元への感謝と恩返しの気持ちがひしひしと伝わります。

世界を走る村竹ラシッドさんの原点は、松戸市という地元と、そこで出会った人たちへの感謝の中にあります。

村竹ラシッドの学歴と経歴の総まとめ

  • 2002年2月6日生まれ、千葉県松戸市出身のトーゴ・日本ハーフの陸上競技選手
  • 父親がトーゴ共和国出身の陸上経験者、母親が日本人で競技生活を支えてきた
  • 小学5年生で陸上を始め、松戸市立相模台小学校・第一中学校で才能を開花させた
  • 千葉県立松戸国際高等学校(偏差値約60)在学中にインターハイ優勝・13秒91(高校歴代3位タイ)を記録
  • 高校在学時代に世界陸上オレゴン2022に出場し、10代で世界の舞台を経験
  • 順天堂大学スポーツ健康科学部(偏差値約47)進学後、2023年日本インカレ優勝・U20日本記録樹立
  • 同年の第108回日本陸上選手権でも優勝し、学生の枠を超えた日本最速に
  • 2024年4月、大学卒業後にJAL(日本航空)へアスリート社員として入社
  • パリ2024オリンピックで日本選手初の110mハードル決勝進出・5位入賞の歴史的快挙
  • 2025年に12秒92の日本新記録を樹立し、日本人初の12秒台突破を達成
  • 世界陸上東京2025でも5位入賞を果たし、安定した世界トップレベルの実力を証明
  • 漫画好きのポーズや競馬好きエピソードなど等身大の素顔でファンを惹きつける
  • パリ五輪後に母校を凱旋訪問し、「すきなものをたいせつに」と子供たちにメッセージ
  • 恩師から「愛される選手になりなさい」と言われ、競技力と人間性を両立するアスリートとして成長
  • 「金メダルを獲って松戸市に持ち帰りたい」と語り、さらなる高みを目指して活躍継続中