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那須川天心さんの学歴について、出身高校や中学校を詳しく知りたいと感じている方は多いのではないでしょうか。
那須川天心さんはキックボクシング42戦全勝無敗の「神童」として知られ、現在はプロボクサーとして世界タイトルマッチにも挑んでいます。
出身高校は千葉県立松戸南高校の定時制課程で偏差値は32です。
格闘技に専念するために午前部に通い、4年間で卒業しました。
大学には進学せず、15歳でプロデビューを飾った異色の経歴も注目されています。
この記事では、那須川天心さんの小学校から高校までの学歴と偏差値、学生時代のエピソード、格闘一家としての背景を詳しく整理します。
①:出身高校は松戸南高校の定時制で偏差値32
②:格闘技と両立するため午前部に通学した
③:大学に進学せず格闘技に専念した
④:5歳で空手を始め中学でアマ99勝
目次
那須川天心の学歴|小学校から高校までの出身校
- 【一覧表】学歴と偏差値のまとめ
- 栗ケ沢小学校時代|空手で全国制覇
- 栗ケ沢中学校時代|アマ105戦の衝撃
- 松戸南高校の定時制を選んだ理由
- 高校4年間の学校生活と意外な日常
- 大学に進学しなかった理由と決断
【一覧表】学歴と偏差値のまとめ
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結論から言うと、那須川天心さんの出身校は松戸市立栗ケ沢小学校・栗ケ沢中学校・千葉県立松戸南高校(定時制)で、大学には進学していません。
下記の表は那須川天心さんの学歴を一覧でまとめたものです。
出身校一覧と偏差値
| 学校区分 | 学校名 | 偏差値 | 在籍期間 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | 松戸市立栗ケ沢小学校 | — | 2005年4月〜2011年3月 |
| 中学校 | 松戸市立栗ケ沢中学校 | — | 2011年4月〜2014年3月 |
| 高校 | 千葉県立松戸南高校(定時制) | 32 | 2014年4月〜2018年3月 |
| 大学 | 進学せず | — | — |
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 那須川天心(なすかわ てんしん) |
| 生年月日 | 1998年8月18日 |
| 2026年04月06日現在の年齢 | 27歳 |
| 出身地 | 千葉県松戸市 |
| 身長 | 165cm |
| 体重 | 55kg |
| 血液型 | B型 |
| ニックネーム | 神童 |
| 所属 | 帝拳ボクシングジム |
学歴から見える那須川天心の特徴
那須川天心さんの学歴には、幼少期から格闘技に人生を捧げてきた姿勢がはっきりと表れています。
小学校・中学校は地元松戸市の公立校に通い、高校は格闘技と両立できる定時制を選択しました。
偏差値だけを見ると32とかなり低い数字ですが、これは学力の問題ではなく格闘技を最優先にした結果です。
実際に那須川天心さんは高校在学中にキックボクシングの世界タイトルを獲得しており、学業よりも実戦の場で驚異的な成果を上げています。
こうした背景を知ると、那須川天心さんの学歴は「格闘家としての道を一直線に突き進んだ証」と言えるかもしれません。
ちなみに、小学校と中学校はどちらも千葉県松戸市の「栗ケ沢」エリアにあり、地元で育った生粋の松戸っ子です。
松戸市も那須川天心さんの活躍を全面的に応援しており、世界タイトルマッチの際にはパブリックビューイングを開催するほどの地元愛が感じられます。
栗ケ沢小学校時代|空手で全国制覇
那須川天心さんの出身小学校は、千葉県松戸市にある松戸市立栗ケ沢小学校です。
この小学校時代に格闘家としての原点が形作られました。
5歳で極真空手を始めた経緯
那須川天心さんが格闘技の世界に足を踏み入れたのは、わずか5歳のときです。
父親の那須川弘幸さんが極真空手の経験者だったことから、しつけや規律を身につけさせる目的で空手を習わせたのがきっかけでした。
ただし、最初の頃は嫌々やっていたようで、稽古の途中で道場から逃げ出したこともあったそうです。
ここ、意外ですよね。
あの「神童」にもそんな時期があったのかと思うと、少し親しみが湧きます。
全国大会と世界大会での実績
嫌々ながらも空手を続けた那須川天心さんですが、小学校4年生のときに転機が訪れます。
全国大会で見事に優勝し、早くもその才能の片りんを見せました。
さらに小学校5年生では極真空手のジュニア世界大会でも優勝を果たしています。
小学生の段階で日本一だけでなく世界一になっているわけですから、格闘技のセンスはずば抜けていたと言えるでしょう。
同級生の中でも飛び抜けた存在だったことは間違いありません。
キックボクシングへの転向
そんな那須川天心さんに大きな転機が訪れたのは小学校6年生のときです。
テレビでK-1を見て魔裟斗さんに憧れたことがきっかけで、キックボクシングへの転向を決意しました。
空手で世界一になった実績がありながら、新しい格闘技に挑戦しようとする姿勢は、この年齢にして並外れた向上心を感じさせます。
のちのインタビューでも「大舞台に立ちたかった」と語っており、華やかなリングへの憧れが原動力だったようです。
意外な得意科目は家庭科
格闘技一色のイメージが強い那須川天心さんですが、実は小学校時代は家庭科が得意だったという意外な一面があります。
編み物やミシンも上手にこなしていたそうで、手先の器用さは格闘技のテクニックにもつながっているのかもしれません。
こうしたギャップが那須川天心さんの人間的な魅力の一つですよね。
栗ケ沢中学校時代|アマ105戦の衝撃
那須川天心さんの出身中学校は、小学校と同じ地元松戸市にある松戸市立栗ケ沢中学校です。
中学時代はアマチュアキックボクサーとして驚異的な成績を残しています。
アマチュアキックボクシングの日々
小学校6年生でキックボクシングに転向した那須川天心さんは、中学校に進学してからアマチュアのリングで本格的に戦い始めます。
中学時代はジムには所属せず、父親の那須川弘幸さんとマンツーマンでトレーニングを行っていました。
週に1〜2回の出稽古に通いながら、父親と二人三脚で技術を磨く毎日だったそうです。
一般的なジムに所属せずに父親の指導だけで全国トップクラスになったというのは、父子の絆の強さを感じさせるエピソードです。
藤原敏男杯での快挙
中学2年生のとき、那須川天心さんはアマチュアキックボクシングの全国大会である藤原敏男杯の50kg級に出場し、見事に優勝を果たしています。
さらに翌年の中学3年生では55kg級にクラスを上げて出場し、2連覇を達成しました。
階級を上げてなお連覇できるというのは、単なる体格差ではなく純粋な実力の証明です。
この時点で那須川天心さんが同世代で圧倒的な強さを持っていたことは明らかでしょう。
アマチュア通算105戦の内訳
那須川天心さんの中学3年生までのアマチュア時代の通算成績は、105戦99勝5敗1分37KOという驚異的な数字です。
勝率は約94%で、KO率も35%を超えています。
アマチュアの段階でこれだけの試合数と勝率を誇る選手は極めて稀です。
特に37KOという数字は、相手を圧倒するパワーとテクニックを兼ね備えていたことを示しています。
この実績が、のちにプロデビューをわずか15歳で果たす土台になりました。
父親とのマンツーマン練習
前述の通り、中学時代の那須川天心さんはジムに所属していませんでした。
父親の弘幸さんが自宅やレンタルスペースで練習メニューを組み、二人だけでトレーニングを続けていたのです。
出稽古先では他の選手とスパーリングをする機会もありましたが、日常の基礎練習は父子で完結していました。
この環境が那須川天心さんの独特なファイトスタイルを育んだとも言われています。
意外にも苦手だった球技
格闘技では無敵の強さを見せていた那須川天心さんですが、意外にも中学時代は体育の球技を苦手にしていたそうです。
格闘技で培った身体能力は相当なものですが、チームスポーツや球技のセンスはまた別物ということでしょう。
こうした意外なエピソードを知ると、那須川天心さんにも苦手な分野があるんだなと親近感が湧きますよね。
松戸南高校の定時制を選んだ理由
那須川天心さんの出身高校は、千葉県立松戸南高校の定時制課程です。
偏差値は32とかなり低い数字ですが、これには明確な理由がありました。
松戸南高校の概要と特色
松戸南高校は1976年に千葉県松戸市に全日制高校として開校した公立の共学校です。
2006年からは午前部・午後部・夜間部の3コースからなる定時制・単位制に移行しました。
2014年3月をもって全日制は終了し、現在は定時制のみを設置しています。
定時制の特徴として、通常の全日制高校が3年間で卒業するのに対し、松戸南高校は4年間の在籍が基本です。
偏差値32は千葉県内でもかなり入りやすい水準ですが、定時制という特性上、学力だけで判断できるものではありません。
定時制を選んだ背景と理由
那須川天心さんが松戸南高校の定時制を選んだ最大の理由は、格闘技の練習に専念できる環境を作りたかったからです。
那須川天心さんは中学時代に既にキックボクサーとしてプロの道を歩み始めており、午後の時間をすべてトレーニングに充てたいと考えていました。
本人もインタビューで次のように語っています。
「僕は午前中だけ授業がある高校に通っていて、午後の授業がない分、卒業までの年数が4年と、普通の高校より1年期間が長いんですよ。高校に進学するときに、少しでも格闘技に専念できる環境を作りたくて、今の高校を選びました」
この発言からも分かるように、偏差値の低さは学力の問題ではなく、格闘技との両立を最優先にした結果の選択でした。
午前部での1日のスケジュール
那須川天心さんは松戸南高校の午前部に在籍していました。
午前中に学校で授業を受け、午後からはトレーニングや試合に臨む生活を送っていたのです。
一般的な高校生が部活動や放課後の勉強に時間を使う中、那須川天心さんは毎日リングに立つ準備をしていたわけですよね。
こうした日々の積み重ねが、在学中に世界タイトルを獲得する偉業につながったと言えるでしょう。
高校4年間の学校生活と意外な日常
松戸南高校での那須川天心さんは、リングの上とはまったく違う意外な一面を見せていました。
ここでは、那須川天心さんの高校4年間の日常エピソードを紹介します。
アニメ好き同級生に囲まれた日常
那須川天心さんが通っていた松戸南高校の定時制には、アニメやゲーム好きの生徒が多く在籍していたそうです。
本人もインタビューで次のように語っています。
「オタクの方が多い学校で、ラブライブとかアニメが好きな人が多くて、休み時間とか暇さえあれば、携帯でリズムゲームをやっている人が多いです。話もアニメの話が多かったり、ついていけない話題がほとんどです」
キックボクシングの天才が、ラブライブの話題についていけないという構図はかなりシュールですよね。
格闘技の世界チャンピオンとアニメファンが同じ教室にいるというのは、定時制ならではの光景かもしれません。
三森すずこ写真で大反響
那須川天心さんの学校生活で特に印象的なエピソードが、声優の三森すずこさんとの写真にまつわる出来事です。
ブシロードの新年会で三森すずこさんと一緒に撮った写真をLINEのタイムラインに投稿したところ、学校で大きな反響があったそうです。
「学校の人から凄い連絡が来て。今まで話したこともあまりなかった人からも『ホントにすげえ』って反響が凄くてびっくりしました。普段は僕が格闘技をやってることしか知られてなくて、あまり話しかけられないんですけど」
格闘技の試合で世界チャンピオンになっても反応が薄かった同級生たちが、声優の写真では大騒ぎになったというのは面白いですよね。
学校での那須川天心さんの立ち位置がよく分かるエピソードです。
普通の高校生としての素顔
リングの上では「神童」として無敵の強さを見せる那須川天心さんですが、学校では至って普通の高校生だったようです。
「フツーの高校生ですよ(笑)。友達と話したりとか、ヒマなときは遊びにいったりとか。あまり遊べる時間はないですけど、でもフツーの人と変わらないことをしていると思います」
このコメントからは、格闘技の天才でありながらも普通の青春を大切にしていた様子が伝わってきます。
遊べる時間が限られている中でも友人との時間を楽しんでいたところに、那須川天心さんの人間味を感じます。
担任のサポートと卒業の思い
那須川天心さんの高校時代を語る上で欠かせないのが、担任の先生の存在です。
担任の先生は毎回試合の応援に駆けつけてくれただけでなく、単位や練習日程についても気を遣ってくれたそうです。
格闘技と学業の両立は決して簡単ではありませんが、こうした周囲のサポートがあったからこそ4年間でキッチリと卒業できたのでしょう。
卒業時には「格闘家としての四年間は短かったけれど高校生としての四年間は長く感じました」とコメントしています。
さらに「最初は普通科の高校が羨ましいと思ったり、めちゃくちゃ楽しそうで充実してるな〜と思ったこともありました。けれど今は違います。四年間通ったから出来たこと、成し遂げた事が沢山あります」とも述べています。
定時制を選んだことへの葛藤と、それを乗り越えて得た達成感が率直に語られていますよね。
大学に進学しなかった理由と決断
那須川天心さんは2018年3月に松戸南高校を卒業した後、大学には進学せず格闘技に専念する道を選んでいます。
この決断の背景を整理してみましょう。
大学進学という選択肢がなかった背景
那須川天心さんが大学に進学しなかったのは、ある意味で自然な流れだったと言えます。
そもそも高校を選ぶ時点で、格闘技に最大限の時間を確保できる定時制を選択していました。
高校在学中に既にキックボクシングの世界タイトルを獲得しており、プロ格闘家としてのキャリアは大学に行かなくても十分に確立されていたのです。
本人にとって大学進学は最初から視野に入っていなかったと考えるのが妥当でしょう。
格闘技専念の覚悟
那須川天心さんは高校卒業後、迷いなく格闘技の道を進んでいます。
高校時代の時点でRISEの2階級王者、ISKAの世界王者という実績を持っており、さらなる高みを目指すためにトレーニングの量と質を上げる必要がありました。
大学に通いながら格闘技を続けるという選択肢もあったかもしれませんが、世界の頂点を本気で目指す那須川天心さんにとっては中途半端な環境だったのでしょう。
この覚悟が、のちのメイウェザー戦やボクシング転向といった大きな挑戦につながっていきます。
進学しなかったからこそ得た成果
大学に進学しなかった那須川天心さんは、卒業後すぐに格闘技の世界で新たな偉業を積み重ねています。
20歳のときにはフロイド・メイウェザーとのエキシビションに挑戦し、世界的な知名度を獲得しました。
さらにYouTubeチャンネルの登録者数は70万人を超え、格闘技以外の分野でも活躍の幅を広げています。
2022年にはキックボクシングの集大成として武尊さんとの頂上決戦に勝利し、ボクシングへの転向を果たしました。
もし大学に通っていたら、これほどのスピードでキャリアを積み上げることは難しかったかもしれません。
大学に行かないという決断が正しかったことは、その後の実績が証明していると言えるでしょう。
那須川天心の学歴を支えた格闘一家と現在
- 父親・弘幸の指導とTEPPEN GYM
- 高校在学中の世界王座獲得と快進撃
- 卒業後の躍進|ボクシング転向への道
- 弟・龍心と格闘一家の現在
父親・弘幸の指導とTEPPEN GYM
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那須川天心さんの学歴と格闘技キャリアを語る上で、父親の那須川弘幸さんの存在は欠かせません。
幼少期からプロデビューまでの道のりを支え続けた父親について整理します。
那須川弘幸さんについて
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 那須川弘幸(なすかわ ひろゆき) |
| 職業 | TEPPEN GYM会長 |
| 格闘技歴 | 極真空手 |
| 指導歴 | 天心が5歳の頃から指導 |
那須川弘幸さんは自身が極真空手の経験者であり、息子の天心さんに5歳から空手を教え始めました。
当初はしつけや規律を身につけさせる目的で始めた空手でしたが、息子の並外れた才能を見抜いてからは本格的な指導者として接するようになったと言われています。
TEPPEN GYMの設立と理念
那須川弘幸さんは自身のジム「TEPPEN GYM」を設立し、会長を務めています。
このジムは那須川天心さんをはじめとする那須川一家の拠点であり、息子たちの才能を最大限に伸ばすための環境として機能してきました。
ジムの名前「TEPPEN」には「てっぺん=頂点」を目指すという意味が込められており、那須川家の格闘技に対する姿勢がそのまま表れています。
ここ、気になるポイントですよね。
父親が自らジムを構えて息子を育てるというのは、格闘技の世界でもかなり珍しいケースです。
幼少期からのマンツーマン指導
那須川天心さんの中学時代は、前述の通りジムに所属せず父親とマンツーマンで練習していました。
週に1〜2回の出稽古を除けば、基本的にすべての技術指導は弘幸さんが担当していたのです。
父親が持つ極真空手のバックボーンに加えて、キックボクシングの技術も独自に研究し、天心さんに合わせたオーダーメイドの練習メニューを組んでいたと考えられます。
一般的なジムでは複数の選手を指導するため個別対応に限界がありますが、マンツーマン環境では一人の選手に集中して向き合えます。
この指導スタイルが、那須川天心さんの独特なカウンタースタイルやスピードを生み出した要因の一つでしょう。
父と子の信頼関係
那須川天心さんと弘幸さんの関係は、単なる親子を超えた師弟関係でもあります。
天心さんがキックボクシングへの転向を決意したときも、弘幸さんは息子の意思を尊重して全面的にバックアップしました。
プロデビュー後も父親がセコンドにつく場面が見られ、二人の信頼関係の深さが伝わってきます。
那須川天心さんの学歴や格闘技キャリアの裏には、常に父親の弘幸さんの存在があったのです。
高校在学中の世界王座獲得と快進撃
那須川天心さんの高校時代は、まさに破竹の快進撃と呼ぶにふさわしい4年間でした。
定時制の午前部に通いながら、午後はリングで次々と記録を打ち立てていきます。
15歳でのプロデビュー
那須川天心さんは高校1年生だった2014年7月、立ち技打撃格闘技のRISEでプロデビューを飾りました。
このとき、わずか15歳です。
しかもデビュー戦をいきなり1ラウンドKO勝ちで飾るという衝撃的なスタートを切りました。
アマチュア105戦の経験が生きた結果とはいえ、プロ初戦でこれだけのインパクトを残せる選手はなかなかいません。
RISE史上最年少の王座獲得
プロデビュー後も那須川天心さんの快進撃は止まりません。
わずか6戦目にして、高校2年生の2015年5月にRISE史上最年少でバンタム級の王座に輝いています。
さらに同年8月には打撃系格闘技「BLADE.2」のトーナメントで全試合KO勝ちという圧勝ぶりで優勝を飾りました。
高校に通いながらこれだけの成績を残しているのですから、午前中の授業を終えてからの午後のトレーニングがいかに濃密だったかが分かります。
世界タイトルとムエタイ王者撃破
高校3年生になると、那須川天心さんのステージはさらに上がります。
2016年3月にはISKAの世界バンタム級王座を奪取し、国際タイトルを手にしました。
そして同年12月にはムエタイの最高権威ルンピニースタジアムの現役王者ワンチャローンとの対戦が実現します。
那須川天心さんにとっては初めての肘打ちありのルールでの試合でしたが、一方的な展開で1ラウンドKO勝ちを収めました。
この勝利によって那須川天心さんの名前は国内だけでなく、海外でも広く知られるようになったのです。
フェザー級転向と2階級制覇
高校4年生の2017年には、那須川天心さんはフェザー級に階級を上げてRISE世界王者を獲得しています。
これによりバンタム級とフェザー級の2階級制覇を達成しました。
また同年には総合格闘技のRIZINにも参戦し、MMAルールでも無敗の戦績を残しています。
定時制高校に通う学生が、キックボクシングとMMAの二刀流で世界レベルの実績を残すという前代未聞の偉業を成し遂げたわけです。
那須川天心さんの高校在学中の主な戦績を以下にまとめます。
| 時期 | 大会・タイトル | 結果 |
|---|---|---|
| 高1(2014年7月) | RISEプロデビュー戦 | 1R KO勝ち |
| 高2(2015年5月) | RISEバンタム級王座 | 史上最年少で戴冠 |
| 高2(2015年8月) | BLADE.2トーナメント | 全試合KO優勝 |
| 高3(2016年3月) | ISKA世界バンタム級王座 | 世界タイトル獲得 |
| 高3(2016年12月) | ムエタイ現役王者戦 | 1R KO勝ち |
| 高4(2017年) | RISEフェザー級世界王座 | 2階級制覇達成 |
卒業後の躍進|ボクシング転向への道
2018年3月に松戸南高校を卒業した那須川天心さんは、その後さらなる飛躍を遂げています。
キックボクシング42戦全勝無敗のまま引退し、プロボクシングに転向するという前代未聞の挑戦を続けている最中です。
メイウェザーとのエキシビション
高校卒業の年である2018年12月、那須川天心さんにとって忘れられない試合が実現しました。
プロボクシング50戦無敗、史上初の5階級制覇を成し遂げたフロイド・メイウェザーとのエキシビションマッチです。
キックなしのボクシングルール、さらに5階級もの体重差というかなり不利な条件の中での対戦でした。
結果は1ラウンドTKO負けを喫しましたが、20歳にして世界最強のボクサーとリングを共にしたこと自体が大きな経験となりました。
メイウェザー本人も不利な条件の中で戦った那須川天心さんを称えています。
武尊との頂上決戦
2022年6月には、長年ファンの間で待望されていたK-1の看板選手・武尊さんとの頂上対決が実現しました。
「THE MATCH 2022」と銘打たれたこの試合で、那須川天心さんは判定勝ちを収めています。
キックボクシング界における最大のライバルとの決着をつけたこの試合は、那須川天心さんのキックボクシングキャリアの集大成となりました。
この勝利を最後にキックボクシングに区切りをつけ、新たな挑戦へと踏み出しています。
帝拳ジム入門とボクシング転向
2022年、那須川天心さんは名門・帝拳ボクシングジムに入門し、プロボクシングへの転向を正式に表明しました。
帝拳ジムは数多くの世界チャンピオンを輩出してきた日本屈指の名門ジムです。
キックボクシングの頂点に立った選手がボクシングに転向するというのは極めて異例のケースで、格闘技ファンの間で大きな話題となりました。
キックボクシングとボクシングでは技術体系が大きく異なるため、那須川天心さんにとってもゼロからの挑戦と言えるものでした。
プロボクシングの戦績と世界挑戦
2023年4月にプロボクシングデビューを果たした那須川天心さんは、デビュー戦で日本バンタム級のトップランカーを判定で下しています。
その後も勝ち星を重ね、プロボクシングの戦績は全勝を維持しています。
そしてWBC世界バンタム級の王座決定戦にも挑むなど、転向からわずか数年で世界タイトルマッチの舞台に立つまでに成長しました。
地元松戸市でもパブリックビューイングが開催されるなど、那須川天心さんへの応援は地域全体に広がっています。
定時制高校を卒業した「神童」が、ボクシングの世界でどこまで昇りつめるのか、今後の展開から目が離せません。
弟・龍心と格闘一家の現在
那須川天心さんの学歴や格闘技キャリアの背景には、格闘一家としての那須川家の存在があります。
家族構成と弟の活躍について整理してみます。
那須川家の家族構成
那須川天心さんの家族構成は、両親と妹2人、弟1人の6人家族です。
| 続柄 | 名前 | 備考 |
|---|---|---|
| 父親 | 那須川弘幸 | TEPPEN GYM会長 |
| 母親 | 非公表 | — |
| 本人 | 那須川天心 | プロボクサー |
| 妹 | 那須川梨々 | 格闘家 |
| 妹 | 非公表 | — |
| 弟 | 那須川龍心 | プロキックボクサー |
父親の弘幸さんがTEPPEN GYMの会長であり、子供たちが格闘技の道に進むのは自然な流れだったと言えるでしょう。
弟・龍心のプロフィールと活躍
弟の那須川龍心さんもプロのキックボクサーとして活躍中です。
兄と同じく幼少期から格闘技の英才教育を受けて育ち、アマチュア時代から優秀な戦績を残してきました。
出身中学校は兄の天心さんと同じ松戸市立栗ケ沢中学校とされています。
兄弟揃って同じ学校に通い、同じ格闘技の道を歩んでいるわけですよね。
龍心さんのファイトスタイルは兄の天心さん譲りのスピードとテクニックが持ち味で、将来的にはさらに大きな舞台での活躍が期待されています。
格闘一家としての絆と展望
那須川家は父親がジムを経営し、兄がキックボクシングからボクシングへ転向、弟がキックボクシングで活躍、妹も格闘家として活動中と、家族全員が格闘技に携わる日本屈指の格闘一家です。
那須川天心さんの学歴を振り返ると、栗ケ沢小学校での空手開始から松戸南高校での世界タイトル獲得まで、常に家族の支えがあったことが分かります。
特に父親の弘幸さんによるマンツーマン指導は、那須川天心さんの才能を開花させた最大の要因でしょう。
今後も那須川家から新たなチャンピオンが生まれる可能性は十分にあり、格闘技ファンとしては目が離せない一家です。
那須川天心さんがボクシングで世界の頂点に立つ日が来れば、格闘一家としての那須川家の存在感はさらに大きくなるでしょう。
学歴という視点で見ても、栗ケ沢小学校から松戸南高校までの道のりには家族の全面的な支えがあり、その環境こそが「神童」を生み出した最大の要因だったと感じます。
那須川天心の学歴と出身校の総まとめ
- 出身小学校は松戸市立栗ケ沢小学校で偏差値は公立のためなし
- 出身中学校は松戸市立栗ケ沢中学校で小学校からの地元進学
- 出身高校は千葉県立松戸南高校の定時制課程で偏差値は32
- 格闘技に専念するため午前部に在籍し午後はトレーニングに充てた
- 高校は4年制の定時制で卒業までキッチリ通い続けた
- 大学には進学せず高校卒業後は格闘技に専念する道を選択
- 5歳で父親の影響から極真空手を開始し全国大会や世界大会で優勝
- 小学校6年生でK-1に憧れキックボクシングに転向した
- 中学時代のアマチュア戦績は105戦99勝5敗1分37KOという驚異的な数字
- 中学時代はジムに所属せず父親・弘幸さんとマンツーマンで練習
- 高校1年生の15歳でプロデビューし初戦を1R KO勝ち
- 在学中にRISEとISKAの王座を獲得し2階級制覇を達成
- 卒業後2022年にキックボクシングからプロボクシングに転向
- 父親の那須川弘幸さんがTEPPEN GYMの会長として指導を担当
- 弟の那須川龍心さんもプロキックボクサーとして活動中の格闘一家である

