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及川尚輔さんといえば、「及川王子」の愛称で知られるビューティープロデューサーです。
ショップチャンネルでの圧倒的な存在感や、自身がプロデュースする化粧品ブランド「ホワイトディアマンテ」でも注目を集めていますよね。
そんな及川尚輔さんの学歴について、大学には進学せず19歳でエスティローダーに入社したという異色の経歴が話題になっています。
この記事では、及川尚輔さんの学歴や出身校の情報、保有資格、そして70歳で医学部入学を目指すという壮大な計画について詳しく整理します。
①:京都府出身で大学には進学していない
②:19歳でエスティローダーに入社
③:資格を多数取得し独学で専門性を構築
④:70歳で医学部入学を計画している
目次
及川尚輔の学歴|京都から始まった美の探求
- 学歴一覧と基本プロフィール
- 【美の原点】ミッション系幼稚園での目覚め
- 出身高校が非公開とされる背景
- 大学に進学しなかった理由と判断
- 【19歳】エスティローダー入社の経緯
- 小林照子との出会いが変えた進路
学歴一覧と基本プロフィール
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まず、及川尚輔さんの学歴と基本情報を整理してみます。
下記の表は及川尚輔さんのプロフィールをまとめたものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 及川尚輔(おいかわ なおすけ) |
| 愛称 | 及川王子 |
| 生年月日 | 1967年3月21日 |
| 2026年04月06日現在の年齢 | 59歳 |
| 出身地 | 京都府 |
| 身長 | 170cm |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | ビューティープロデューサー・実業家 |
| 会社 | アヴニールビューティーコンサルティング株式会社 代表取締役社長 |
続いて、及川尚輔さんの学歴をまとめた一覧表です。
| 学校区分 | 学校名 | 備考 |
|---|---|---|
| 幼稚園 | ミッション系幼稚園(京都府内) | 具体名は非公開 |
| 小学校 | 非公開 | 京都府内と推定 |
| 中学校 | 非公開 | 京都府内と推定 |
| 高校 | 非公開 | 1985年3月卒業と推定 |
| 大学 | 進学せず | 1986年にエスティローダー入社 |
及川尚輔さんは京都府出身で、幼稚園はミッション系の園に通っていたことがわかっています。
ただし、小学校から高校までの具体的な学校名は公表されていません。
大学には進学しておらず、高校卒業後に大手外資系化粧品ブランドであるエスティローダーに入社しています。
学校名こそ非公開ですが、その後のキャリアで数多くの資格を取得し、複数の教育機関で客員教授や特別講師を務めるなど、独学と実務で専門性を極めてきた人物です。
【美の原点】ミッション系幼稚園での目覚め
及川尚輔さんの美への探求心は、驚くほど幼い頃から芽生えていました。
4歳でシスターに投げかけた問い
結論から言うと、及川尚輔さんが「美」に目覚めたのはわずか4歳のときです。
京都府内のミッション系幼稚園に通っていた1971年、園にいたシスターに対して「なぜキレイな人とそうじゃない人がいるのですか」と質問したというエピソードが残っています。
4歳の子供がそんな問いを投げかけるというのは、なかなか想像しにくいですよね。
しかし、この幼少期の疑問こそが、のちにビューティープロデューサーとして活躍する及川尚輔さんの原点になっているわけです。
ミッション系幼稚園が育てた感性
ミッション系の幼稚園はキリスト教系の教育理念に基づいた園で、京都には複数のミッション系幼稚園が存在します。
こうした環境では、情操教育や感性を育む教育に力を入れているケースが多いです。
及川尚輔さんがシスターに美についての疑問を自然に投げかけたという事実は、そうした教育環境の中で感受性豊かに育っていたことを示しているかもしれません。
京都という土地が与えた美意識
及川尚輔さんが生まれ育った京都は、日本を代表する文化都市です。
神社仏閣の建築美、着物文化、茶道や華道といった伝統芸能が日常の中に溶け込んでいる環境で育ったことは、美に対する感覚を自然と磨いていったと考えられます。
実際、及川尚輔さんはメイクアップアーティストとしてのキャリアの中で、色彩感覚や素材の質感へのこだわりを強く見せています。
幼稚園時代に芽生えた美への好奇心が、京都という土地の文化的な豊かさと結びついて、のちの圧倒的なキャリアにつながっていったといえるでしょう。
出身高校が非公開とされる背景
及川尚輔さんの出身高校について気になっている方は多いかと思いますが、結論から言うと高校名は公開されていません。
公式プロフィールに学歴記載がない理由
及川尚輔さんの所属するアヴニールビューティーコンサルティング株式会社の公式サイトには、略歴としてテレビ出演歴・出版歴・講師歴が掲載されています。
しかし、そこに学歴の項目は一切設けられていません。
これは及川尚輔さんが学歴よりも実務経験と実績でキャリアを構築してきたタイプの人物であることを反映しているのかなと思います。
美容業界は資格や技術力が重視される世界なので、どの大学を出たかよりも、どれだけの人の肌に触れてきたか、どんな成果を出してきたかが評価されやすい業界です。
京都府内の高校に通っていた可能性
出身地が京都府であること、そして幼稚園もミッション系の京都府内の園であったことを考えると、高校も京都府内の学校に通っていた可能性が高いです。
京都には洛南高校や洛星高校といった進学校から、京都市立銅駝美術工芸高校のような芸術系の高校まで幅広い選択肢があります。
ただ、及川尚輔さんが高校卒業後すぐにエスティローダーに入社していることを踏まえると、美容やファッションに関連する学科のある高校に通っていた可能性もゼロではありません。
いずれにしても、公式な情報がない以上、これ以上の特定は難しい状況です。
新しい情報が出てきたら、こちらでもアップデートしていきますね。
大学に進学しなかった理由と判断
及川尚輔さんの学歴を語る上で避けて通れないのが、大学に進学していないという事実です。
1986年のエスティローダー入社が示すもの
結論から言うと、及川尚輔さんは大学には進学せず、高校卒業後にエスティローダー株式会社に入社しています。
1967年3月21日生まれの及川尚輔さんが1986年にエスティローダーに入社しているということは、高校を1985年3月に卒業し、翌年度に入社した計算になります。
もし4年制大学に進学していたとすれば、卒業は1989年になるはずですから、1986年入社という時系列は大学不進学を強く裏付けています。
1980年代の美容業界と学歴事情
1980年代の美容業界は、現在以上に「技術」と「センス」が採用基準の中心でした。
大手外資系化粧品ブランドのカウンターに立つビューティーアドバイザーやメイクアップアーティストは、大学卒である必要は必ずしもなかったのです。
むしろ、若いうちから現場に入って技術を磨くことが重視されていた時代背景があります。
及川尚輔さんが大学進学ではなくエスティローダーへの就職を選んだのは、美容の世界で早くからキャリアを積みたいという明確な意志があったからだと考えられます。
学歴に頼らないキャリア構築の先駆け
及川尚輔さんのケースは、学歴がなくても専門分野で突き抜けた実績を積めば、業界のトップに立てることを証明しています。
累計売上200億円以上の化粧品をプロデュースし、10万人以上の女性の肌に触れてきた実績は、大学の学位では到底得られない唯一無二の価値です。
ここ、学歴にコンプレックスを感じている方にとっても、勇気をもらえるポイントかなと思います。
【19歳】エスティローダー入社の経緯
及川尚輔さんのキャリアの出発点となったエスティローダーでの経験について整理します。
エスティローダーという選択
結論から言うと、及川尚輔さんは1986年、19歳でエスティローダー株式会社に入社しました。
エスティローダーは1946年にアメリカで創業した世界的な高級化粧品ブランドです。
日本では1960年代から展開を始め、百貨店を中心にカウンターを構えていました。
10代でこのブランドに飛び込んだ及川尚輔さんは、メイクアップアーティストとしてのキャリアをここからスタートさせています。
メイクアップアーティストとしての成長
エスティローダーでは大手外資系ブランドならではの本格的なメイク技術を習得しました。
百貨店のカウンターで直接お客様の肌に触れながら、一人ひとりの肌質や骨格に合わせたメイクを施す経験を積んでいったのです。
この時期にテレビや雑誌にも出演するようになり、20代前半にしてメディアに登場するメイクアップアーティストとして頭角を現しています。
ボビイブラウンへの転籍とキャリアの深化
1997年には、同じエスティローダーグループのボビイブラウン プロフェッショナルコスメティックス株式会社に転籍しています。
ボビイブラウンは「素肌を活かしたナチュラルメイク」を提唱するブランドで、及川尚輔さんの美意識とも親和性が高かったと考えられます。
翌1998年にはテレビの情報番組でメイクコーナーを担当するなど、活躍の幅をさらに広げていきました。
外資系ブランドで約15年にわたって培った技術と知識が、独立後の爆発的な成功の土台になっているのは間違いありません。
小林照子との出会いが変えた進路
及川尚輔さんのキャリアには、大きな転機となった出会いがあります。
「印象分析」との衝撃的な出会い
結論から言うと、及川尚輔さんの人生を大きく変えたのは美容研究家・小林照子さんとの出会いです。
小林照子さんはコーセーで長年活躍した後に独立し、美容教育の分野で第一人者として知られる人物です。
及川尚輔さんは小林照子さんの「印象分析」に関する著書に出会い、強い衝撃を受けたとされています。
メイクアップという技術だけでなく、人の印象を総合的に分析・プロデュースするという考え方に心を動かされたのです。
外資系コスメ企業を退職する決断
及川尚輔さんはこの出会いをきっかけに、安定した外資系化粧品会社を辞める決断をしました。
エスティローダーグループという世界的ブランドで築いたキャリアを手放すのは、相当な覚悟が必要だったはずです。
しかし、メイクアップだけでは物足りないという思いが募っていた及川尚輔さんにとって、小林照子さんの下でコンサルタントとして活動する道は大きな魅力だったのでしょう。
独立と「及川王子」の誕生
小林照子さんの下で経験を積んだ後、2001年5月に34歳で独立を果たしています。
美ファインプロデュース株式会社を設立し、代表取締役社長兼CEOに就任しました。
翌2002年8月には社名をアヴニールビューティーコンサルティング株式会社に変更し、世界中の化粧品を集めたセレクトショップ「コスメクリニック」の経営も開始しています。
この頃から「及川王子」という愛称が定着し始め、ショップチャンネルへの出演で一般の視聴者にも広く知られるようになっていきました。
学歴ではなく、圧倒的な現場経験と独学で培った知識が、独立後の成功を支えたということですね。
及川尚輔の学歴を超えた資格と教壇の実績
- 保有資格一覧と取得の背景
- 客員教授・特別講師としての教壇歴
- 分子栄養療法を独学で極めた姿勢
- 【70歳で医学部】壮大な学び直し計画
- ショップチャンネルで光る深い知識
保有資格一覧と取得の背景
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及川尚輔さんは大学こそ出ていませんが、多数の専門資格を取得しています。
以下の表で保有資格を整理してみます。
| 資格名 | 認定団体 | 取得時期 |
|---|---|---|
| JMA認定講師 | JAPAN MAKE-UP ASSOCIATION | 2016年 |
| コスメコンシェルジュインストラクター | 日本化粧品検定協会(JCLA) | 2015年 |
| 健康管理士 | JAPA | 取得年不明 |
| サプリメントアドバイザー | JNF(日本ニュートリション協会) | 2016年 |
| ワインエキスパート | 日本ソムリエ協会 | 取得年不明 |
美容系資格を50代で取得した意図
注目すべきは、JMA認定講師やコスメコンシェルジュインストラクターといった美容系資格を2015年〜2016年にかけて集中的に取得している点です。
この時期、及川尚輔さんは48歳〜49歳で、すでにビューティープロデューサーとして十分な実績がありました。
それでもなお公的な資格を取りに行った理由は、教育活動や化粧品プロデュースにおいて、裏付けとなる資格の重要性を認識していたからだと考えられます。
健康分野への資格拡張
美容だけでなく、健康管理士やサプリメントアドバイザーといった健康分野の資格も保有しています。
これは及川尚輔さんが「美と健康は不可分」という哲学を持っていることの表れです。
実際、自身がプロデュースするサプリメント「PRINCE 135」には、分子栄養療法の知見が反映されています。
ワインエキスパートの資格も持っており、月に20本以上のワインを飲むという一面もあります。
学歴にとらわれず、必要な知識を必要なタイミングで体系的に習得していく姿勢は、見習うべきポイントかなと思いますよ。
客員教授・特別講師としての教壇歴
大学を出ていない及川尚輔さんが、逆に教壇に立つ側になっているというのは非常に興味深い事実です。
教壇に立つ教育機関の一覧
結論から言うと、及川尚輔さんは複数の専門学校やスクールで客員教授・特別講師を歴任しています。
以下の表で教壇歴を整理します。
| 教育機関名 | 役職 | 担当分野 |
|---|---|---|
| 総合学園テクノスカレッジ | 美容科 客員教授 | 美容全般 |
| 東京医薬専門学校 | メイクアップアーティスト専攻 特別講師 | メイクアップ |
| ヒューマンアカデミー | スタイリングアーティスト専攻 特別講師 | スタイリング |
| バンタンデザイン研究所 | ヘアメイク学部 特別講師 | ヘアメイク |
| 全国服飾教育者連合会(A・F・T) | カラーデザイナー講座 特別講師 | カラー |
| INFA(国際エステティック連盟) | メイクアップ特別講師 | メイクアップ |
「教えられる側」から「教える側」へ
大学に通わなかった人物が専門学校の客員教授を務めるというのは、一般的にはあまり見られないケースです。
しかし美容業界では、現場での実績がそのまま教壇に立つ資格として評価されます。
及川尚輔さんの場合、10万人以上の女性の肌に触れてきた経験と、累計売上200億円を超える化粧品プロデュースの実績が、客員教授としての説得力を裏付けているのです。
ビューティマスターカレッジの主宰
さらに2016年からは、自ら主宰する「BMC(ビューティマスターカレッジ)」を開校しています。
ここでは美容のプロフェッショナルを育成するカリキュラムが組まれており、及川尚輔さんの25年以上にわたるノウハウが凝縮されています。
学歴がなくても教える側に回れるだけの知識と経験を積み上げてきたことが、教壇歴から如実にわかりますね。
分子栄養療法を独学で極めた姿勢
及川尚輔さんの学びの姿勢は、美容分野だけにとどまりません。
分子栄養療法との出会い
結論から言うと、及川尚輔さんは分子栄養療法を独学で体系的に学び、実生活に徹底的に落とし込んでいます。
分子栄養療法とは、ビタミンやミネラルなどの栄養素を分子レベルで最適に摂取することで、身体機能の改善を図るアプローチです。
50代初めに家族や友人の健康トラブルをきっかけに、老化と健康について深く考えるようになったと語っています。
サプリメント50錠以上の日常
毎朝50錠以上のサプリメントや薬を200ccの野菜ジュースで一気に飲むという生活を続けているそうです。
その中身は、ビタミンC、ビタミンB群、ビタミンD、マルチビタミン、スペルミチン、NMN、PQQなど多岐にわたります。
さらにタンパク質については、体重1kgあたり1.2gを毎食計算して摂取しています。
体重74.5kgの及川尚輔さんの場合、1日に約100gのタンパク質が必要で、朝食のうなぎで35g、ご飯を含めて40gといった具合に細かく管理しているのです。
自己幹細胞培養療法への投資
学びは知識にとどまらず、最先端医療の実践にまで及んでいます。
53歳から「自己幹細胞培養療法」を開始し、自分の脂肪細胞から幹細胞を採取、培養して1000倍に増殖させたものを体内に戻すという療法を継続中です。
毎月、成長ホルモンの分泌量を測定しており、2年間の計測で数値がほぼ平行を保てているというデータも出ているとのことです。
月間の健康投資は約100万円、年間で約1200万円という規模で、まさに壮大な自己実験を続けています。
大学で学んだわけではないからこそ、独学で貪欲に知識を吸収し、自分の身体で実証するという及川尚輔さんの姿勢は、学歴の枠を超えた「学び」のあり方を示していますね。
【70歳で医学部】壮大な学び直し計画
及川尚輔さんの学びへの意欲は、さらに驚くべき計画に発展しています。
135歳まで生きるという目標
結論から言うと、及川尚輔さんは「135歳まで生きる」ことを人生の目標に掲げています。
ギネス記録ではフランスのジャンヌ・カルマンさんの122歳が世界最高齢とされています。
それを超える135歳という数字は途方もないものですが、及川尚輔さんは本気でこの目標に挑んでいるのです。
「限界を設定せずに挑戦する」という信念がその根底にあると語っています。
68歳で受験勉強、70歳で医学部入学
そして、135歳計画と連動する形で、68歳から受験勉強を始め、70歳で医学部に入学するという超長期の学び直し計画を立てています。
78歳で卒業したら、その後は遺伝子研究に没頭したいというのが及川尚輔さんのビジョンです。
つまり、68歳までは事業でお金を稼ぎ、経済的に不安のない状態をつくる。
その後はお金儲けを一切しなくてよい環境で、「人類の幸せにどう貢献できるか」という純粋な学術研究に集中したいと考えているわけです。
ブライアン・ジョンソンに触発された探求心
及川尚輔さんが尊敬する人物として挙げているのが、アメリカの起業家ブライアン・ジョンソンさんです。
ブライアン・ジョンソンさんはテック企業を売却した資産で「20歳になりたい」と若返りプロジェクトに年間約3億円を投じている人物です。
3年前からインスタグラムをフォローし、朝起きてから寝るまでの食事、サプリ、運動、使用機器などをすべてチェックしているとのことです。
「彼を見ると、もっと頑張らなきゃいけないなと触発される」と語る及川尚輔さんの姿勢からは、年齢を重ねても学び続ける意欲が衰えないことが伝わってきます。
大学に行かなかった人物が、70歳で医学部を目指す。
この事実だけでも、及川尚輔さんの学歴観が一般的な価値観とはまったく異なるものであることがよくわかりますよね。
ショップチャンネルで光る深い知識
及川尚輔さんの知識の深さが最もわかりやすく表れているのが、ショップチャンネルでの出演です。
ホワイトディアマンテの誕生と成長
結論から言うと、及川尚輔さんは2004年からショップチャンネルで自身プロデュースの化粧品「ホワイトディアマンテ」の販売を開始しています。
ホワイトディアマンテは「素肌そのものが美しく輝いているような超素肌美」を目指すエイジングケアブランドです。
最先端の美容成分を世界中からキャッチし、最適な配合と処方で商品化するというこだわりが詰め込まれています。
ブランド開始から約15年以上が経過し、多くの愛用者から支持を得ている長寿ブランドです。
開発商品の累計売上200億円以上
及川尚輔さんがプロデュースした商品の累計売上は200億円を超えています。
ホワイトディアマンテ以外にも、リコアセラム、ビジュードメール、Rika Real、プリンスラボなど複数のブランドを手がけています。
これだけの売上を実現できる背景には、成分や処方に関する深い知識があります。
番組内では「この成分がなぜ効くのか」「どの国の研究で発見されたのか」といった説明を視聴者にわかりやすく伝えており、その知識量の豊富さが信頼感につながっているのです。
テレビ出演と出版で示す発信力
ショップチャンネル以外にも、フジテレビ「笑っていいとも増刊号」、日本テレビ「踊るさんま御殿」、TBS「王様のブランチ」、NHK「おはよう日本」など数多くのテレビ番組に出演してきました。
出版物としても「メイクが突然うまくなる本」(成美堂出版)、「幸せをつかむパーフェクトメイクアップ」(ブックマン社)、「顔を見れば9割わかる」(アスコム社)の3冊を刊行しています。
大学を出ていなくても、これだけの知識と実績を積み上げれば、メディアが放っておかない存在になれるということですよね。
学歴に代わる武器として、及川尚輔さんが磨き続けてきた「現場知」と「発信力」の凄みを感じるところです。
及川尚輔の学歴と美容キャリアの総まとめ
- 及川尚輔さんは1967年3月21日生まれで京都府出身
- 幼稚園は京都府内のミッション系幼稚園に通っていた
- 4歳のときにシスターに「なぜキレイな人とそうじゃない人がいるのか」と質問したエピソードがある
- 出身の小学校・中学校・高校の学校名はいずれも非公開
- 大学には進学しておらず、高校卒業後に就職した
- 1986年に19歳でエスティローダー株式会社に入社しメイクアップアーティストとしてキャリアを開始
- 1997年にボビイブラウンプロフェッショナルコスメティックス株式会社に転籍
- 美容研究家・小林照子さんとの出会いが独立のきっかけとなった
- 2001年に34歳で独立し「及川王子」の愛称が定着
- JMA認定講師・コスメコンシェルジュインストラクターなど多数の資格を保有
- 総合学園テクノスカレッジの客員教授をはじめ6つ以上の教育機関で講師を歴任
- 分子栄養療法を独学で学び毎朝50錠以上のサプリを摂取している
- 135歳まで生きることを目標に掲げ月間約100万円を健康に投資
- 68歳から受験勉強を始め70歳で医学部入学を目指す計画がある
- プロデュース商品の累計売上は200億円以上で10万人以上の女性の肌に触れてきた実績を持つ

