※当記事は公開情報をまとめた考察記事です。記載内容は執筆時点で確認できた情報に基づきます。
※本サイトのコンテンツには、商品プロモーションが含まれています。
元アイドルでありながら早稲田大学とカリフォルニア大学バークレー校大学院を卒業した小野寺ポプコさんの学歴について、詳しく知りたいと感じている方は多いのではないでしょうか。
2019年にステージ上でいじめを告発しアイドルを脱退した衝撃の動画で注目を集めた彼女は、その後シアトルへの交換留学やヘッジファンドでの実務経験を経てUCバークレーの卒業生代表に選ばれるほどの飛躍を遂げました。
この記事では、小野寺ポプコさんの小学校から大学院までの全学歴、学生時代のエピソード、そして現在のニューヨークでの投資家生活まで徹底的にまとめています。
①:小野寺ポプコは早稲田大学を卒業
②:UCバークレー大学院で金融工学を専攻
③:卒業式で卒業生代表スピーチを務めた
④:現在はNY在住の個人投資家として活動
小野寺ポプコの学歴と学生時代の全貌
- 【学歴一覧】出身校と基本プロフィール
- 【お嬢様育ち】裕福な家庭と私立校の少女時代
- 早稲田大学に進学した経緯と学生生活
- 【衝撃の告発】アイドル脱退の全真相
- シアトル交換留学で得た人生の転機
- 金融工学への方向転換とヘッジファンド経験
【学歴一覧】出身校と基本プロフィール
この投稿をInstagramで見る
小野寺ポプコさんの学歴を整理すると、幼少期から一貫して私立校に通い、大学は名門の早稲田大学、大学院はアメリカの超名門であるカリフォルニア大学バークレー校Haasビジネススクールという、非常にハイレベルな学歴の持ち主です。
基本プロフィール
下記の表は小野寺ポプコさんの基本情報をまとめたものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 活動名 | 小野寺ポプコ(現在はonodelaに改名) |
| 生年 | 1999年 |
| 2026年04月06日現在の年齢 | 26歳 |
| 出身地 | 東京都 |
| 職業 | 個人投資家・インフルエンサー |
| 最終学歴 | カリフォルニア大学バークレー校Haasビジネススクール修了 |
学歴一覧表
以下の表で小野寺ポプコさんの全学歴を整理してみます。
| 学校区分 | 学校名 | 偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | 私立(校名非公表) | — | 幼少期から私立校に在籍 |
| 中学校 | 私立(校名非公表) | — | HKT48や指原莉乃さんに憧れていた |
| 高校 | 私立(校名非公表) | — | 金融に興味を持ち始めた時期 |
| 大学 | 早稲田大学 | 偏差値62.5〜70.0 | 2022年9月卒業 |
| 大学院 | UCバークレーHaasビジネススクール | 全米金融工学分野トップ | 2024年5月修了・卒業生代表 |
学歴から見えてくる人物像
こうして一覧にすると、小野寺ポプコさんの学歴がいかに突出しているかがよくわかりますよね。
小中高は一貫して私立校に通っており、実家がかなり裕福な家庭であることがうかがえます。
大学は日本でもトップクラスの早稲田大学に進学し、大学院では金融工学の分野で世界最高峰とされるUCバークレーのHaasビジネススクールを修了しています。
元アイドルという経歴を持ちながらこれだけのアカデミックな実績を積み上げた人物は、芸能界を見渡しても非常に珍しい存在です。
小中高の具体的な校名は公表されていませんが、いずれも私立校であることは複数のメディアで報じられています。
【お嬢様育ち】裕福な家庭と私立校の少女時代
小野寺ポプコさんの学歴を語るうえで欠かせないのが、幼少期の家庭環境です。
金融教育に熱心な裕福な家庭
結論から言うと、小野寺ポプコさんの実家はかなりのお金持ちであることが本人のインタビューや複数のメディアで明かされています。
家庭ではしつけが非常に厳しく、学業に対する期待も高かったようです。
特に注目すべきは、小野寺ポプコさんの家庭が金融教育に熱心だったという点ですね。
本人は「小さい頃から投資をやっていた」と語っており、子供の頃から金融リテラシーを身につける環境で育っています。
一般的な家庭では子供に投資を教えることはほとんどありませんから、かなり先進的な教育方針だったことがわかります。
私立校に一貫して通った理由
小野寺ポプコさんは小学校の時点から私立校に通っています。
裕福な家庭環境を考えると、いわゆる「お受験」を経て名門私立に入学した可能性が高いです。
具体的な学校名は明かされていませんが、東京都内の私立校であることは間違いないでしょう。
ただ、学業重視の厳しい家庭で育った反面、小野寺ポプコさん自身は「親が敷いたレールをただ進む自分に違和感を覚えていた」と後に振り返っています。
この葛藤が、後のアイドル挑戦や型破りなキャリア選択の原点になっているんですよね。
小学校時代からアイドルに憧れた少女
裕福な家庭でしっかりとした教育を受けながらも、小野寺ポプコさんの心にはアイドルへの強い憧れがありました。
小学校時代からすでにアイドルになることを夢見ており、中学時代にはHKT48や指原莉乃さんに強い憧れを抱いていたことが明かされています。
しかし両親からは反対されており、当時は一歩踏み出すことができなかったそうです。
学業優先の家庭方針とアイドルへの夢という、相反する2つの思いを抱えた少女時代だったことがうかがえます。
高校時代に芽生えた金融への関心
高校時代になると、小野寺ポプコさんは金融の世界にも興味を持ち始めます。
個人的に金融の勉強を始めた時期でもあり、「高校時代から金融の世界にも興味があって、個人的に勉強していた」と本人がインタビューで語っています。
アイドルへの夢と金融への関心という、一見まったく異なる2つの方向性を同時に持っていたのが、小野寺ポプコさんの高校時代の特徴ですね。
この時期に培った金融知識が、後のUCバークレー進学やNYでの投資家生活の土台になっています。
早稲田大学に進学した経緯と学生生活
小野寺ポプコさんの学歴において中核となるのが、日本屈指の名門である早稲田大学での学生生活です。
偏差値62.5〜70.0の早稲田大学に合格
結論から言うと、小野寺ポプコさんは早稲田大学に現役で合格しています。
早稲田大学は学部によって偏差値が62.5〜70.0と幅がありますが、いずれにしても日本トップクラスの難関大学です。
具体的にどの学部に所属していたかは公表されていませんが、在学中に金融を学んでいたことから、商学部や政治経済学部などの可能性が考えられます。
幼少期から私立校で学んできた学力の高さが、早稲田合格という結果に結びついたのでしょう。
一人暮らしをきっかけにアイドルの道へ
早稲田大学への進学とともに一人暮らしを始めたことが、小野寺ポプコさんの人生を大きく動かしました。
親元を離れたことで、長年封じ込めていたアイドルへの夢に挑戦する決意を固めたのです。
両親からの反対もあり踏み出せなかった一歩を、大学進学という転機でようやく踏み出すことができたわけですね。
「早稲田大学進学とともに一人暮らしを始めたことで、アイドルの道へ進む決断をした」と本人が語っています。
大学時代の金融学習とインターン
アイドル活動と並行して、小野寺ポプコさんは大学でも金融を学び続けていました。
「大学時代も金融を学んでいた」と語っており、学業と課外活動の両立に取り組んでいたことがわかります。
特に大学3年生からは本格的に金融の道へ方向転換し、ヘッジファンドでのインターンにも挑戦しています。
早稲田大学を2022年9月に卒業しており、在学期間は通常の4年間よりやや長くなっていますが、これは交換留学やインターン活動のためと考えられます。
大学時代にアイドル活動、DJ活動、留学、インターンと多彩な経験を積んだことが、現在のキャリアの幅広さにつながっているのは間違いありません。
【衝撃の告発】アイドル脱退の全真相
この投稿をInstagramで見る
小野寺ポプコさんの学歴を語るうえで避けて通れないのが、2019年のアイドル脱退騒動です。
2019年6月にアイドルグループに加入
結論から言うと、小野寺ポプコさんは2019年6月にアイドルグループに加入し、翌7月にわずか約1か月で脱退しています。
当時は早稲田大学の2年生で、念願だったアイドルの夢をようやく叶えた直後の出来事でした。
事務所に入った当初は「どんなに輝かしい世界が自分を待ち受けているのだろうと期待でいっぱいだった」と振り返っています。
しかし実際は思い描いていた世界とは程遠く、加入当初からメンバーとの関係に苦しんでいたそうです。
メンバーと運営からのいじめ
加入直後から、小野寺ポプコさんだけがメンバーからの仲間外れや運営スタッフからの冷遇を受けていました。
「固い絆で結ばれたメンバーと力を合わせて高みを目指していくのを夢見ていたのに、加入当初から私だけ仲間外れの状態で、ずっと孤独感を抱いていた」と語っています。
本番のセットリストすら教えてもらえず、控え室でも会話がないという状況が続いていたのです。
それでも「心の底から願っていた夢をかなえられたのだから」と自分に言い聞かせ、活動を続けていました。
ステージ上での脱退宣言と中指
脱退当日、本番直前に事務所の社長から突然「君、今日出なくていいんだよ」と告げられます。
前日には「まだこのグループで一緒に頑張ってほしい」と言われていたにもかかわらず、突然の出演キャンセルでした。
衝撃を受けながらも楽屋で私服に着替えた小野寺ポプコさんは、舞台袖からメンバー3人がステージに立つ姿を目にします。
自分がいなくても完璧に踊れるフォーメーションが用意されていたことに猛烈な悔しさがこみ上げ、私服のままステージに上がってしまったのです。
マイクを借りて「今日で、このグループをやめます」と宣言し、中指を立てていじめを告発した動画が撮影され、ネット上で大きな話題になりました。
この動画はその後も繰り返しSNSで拡散され、「中指立てアイドル」として知名度が広がるきっかけとなっています。
脱退騒動がもたらした意外な影響
衝撃的な脱退劇でしたが、小野寺ポプコさんは「あの告発に救われたと言ってくれる人もいて、意外にポジティブな影響があった」と振り返っています。
TikTokでは動画がいまだに視聴されており、10代の子たちからSNSでメッセージをもらうこともあるそうです。
「いじめはおかしいと声を上げるきっかけにもなったなら良かった」という言葉に、彼女の人柄が表れていますよね。
この脱退騒動は結果的に、後のDJ活動やインフルエンサーとしての知名度の基盤にもなっています。
シアトル交換留学で得た人生の転機
アイドルを脱退した後、小野寺ポプコさんの人生に大きな転機をもたらしたのがシアトルへの交換留学です。
アイドルになる前に申し込んでいた留学
結論から言うと、この交換留学はアイドルになる前に申し込んでいたものでした。
アイドル脱退後にDJ活動を始めたものの、集客に伸び悩み「一発屋で終わってしまうのではないか」という不安を抱えていた時期に、合格通知が届いたのです。
「幼少期、学業という親が敷いたレールをただ進む自分に違和感を覚えていたにもかかわらず、その道に戻りたいと思うなんて」と迷いもあったそうですが、最終的に1年間のシアトル留学を決断します。
異文化体験がもたらした自己変革
シアトルでの留学生活は、小野寺ポプコさんの内面に大きな変化をもたらしました。
学生時代は周囲の顔色をうかがって自分の立ち居振る舞いを変えたり、考えすぎて何も行動できなかったりしていたそうです。
しかし留学中に出会った人との交流を通して、自分の気持ちを大切にして自然体で振る舞えるようになったと語っています。
「良い意味で、周りも私のことをそこまで深く考えていないんだと気付いて、思いのままに動けるようになった」という気づきは、それまで人間関係に悩んできた彼女にとって大きな発見だったのでしょう。
シアトルでの学びが進路を明確にした
これまでの人生で触れたことのない異文化や自由主義に魅了された小野寺ポプコさんは、「もっと自分に向き合っていきたい」と考えるようになりました。
さまざまな考え方が雑多に共存するシアトルの地で、自分自身の可能性を再認識したのです。
この留学経験が、交換留学を終えた後のUCバークレー大学院への進学という決断につながっています。
ここ、気になるポイントだと思いますが、アイドル脱退という挫折を経験したからこそ、留学先での自己変革がより深いものになったのかもしれません。
シアトルでの1年間は、小野寺ポプコさんの学歴の中でも特に人生を変えた期間だったと言えますね。
金融工学への方向転換とヘッジファンド経験
早稲田大学3年生の頃、小野寺ポプコさんのキャリアは大きく方向転換しました。
大学3年生で金融工学を志した理由
結論から言うと、小野寺ポプコさんが金融工学を学びたいと思ったきっかけは、金融分野で女性が活躍するのが狭き門と言われる中で、最先端の金融を学ばないと出世できないと考えたからです。
DJとしての活動に限界を感じていた時期でもあり、「金融工学を学ぼうと方向転換した」と語っています。
金融工学とは、株価や為替といった金融資産の価格を統計学やプログラミング技術を使って分析する学問のことです。
この分野ではUCバークレーが世界でも断トツのトップ校であり、「一番上の学校に行きたい」という明確な目標を定めました。
2000億円規模のヘッジファンドでインターン
UCバークレーの金融工学プログラムに進学するには、実務経験が評価対象になります。
小野寺ポプコさんは大学時代に築いた人脈を活用して、運用額2000億円規模のヘッジファンドでインターンするようになりました。
「それまでの自分の経歴だと、UCバークレーの金融工学分野に進学するのは難しいと思った」と振り返っており、インターン経験を積むことで出願時のアピールポイントを作る戦略だったのです。
このヘッジファンドではクオンツという金融工学を使った投資の実務を学びながら働いていたそうです。
高校時代からの金融知識の蓄積
小野寺ポプコさんは高校時代から金融の世界に興味を持ち、個人的に投資も行っていました。
大学時代も金融を学んでいましたが、金融工学で必要になる高度な数学やプログラミングは未経験だったのです。
だからこそ、大学3年生の時点で本格的にこの分野に取り組むために、実務経験を通じてスキルを磨く道を選びました。
「金融工学を使う会社で働いた経験がないと、UCバークレーのプログラムを受けるのはほぼ無理だった。だから何とかインターンできるようにお願いした」という言葉からは、目標に向かって逆算して行動する姿勢が伝わってきますよね。
高校時代の興味から大学での金融学習、そしてヘッジファンドでの実務という積み重ねが、UCバークレー合格の土台になっています。
小野寺ポプコの学歴が導いた現在のキャリア
- UCバークレー大学院への挑戦と合格
- 卒業生代表スピーチが世界で話題に
- NYで個人投資家として独立した現在
- DJ活動からインフルエンサーへの軌跡
- 学歴と経験が生んだ日米2拠点生活
UCバークレー大学院への挑戦と合格
早稲田大学卒業後、小野寺ポプコさんはアメリカの超名門であるカリフォルニア大学バークレー校Haasビジネススクールに進学しました。
金融工学分野で世界トップのUCバークレー
結論から言うと、UCバークレーは金融工学の分野で世界トップの大学院として知られています。
カリフォルニア大学バークレー校はアメリカの名門州立大学で、世界大学ランキングでも常にトップ10に入る実力校です。
その中でもHaasビジネススクールの金融工学プログラムは、ウォール街をはじめとする金融業界から高い評価を受けています。
「金融工学では世界で最先端を走っているのがUCバークレー」と小野寺ポプコさん自身が語っており、最高峰の環境で学ぶことにこだわった結果の選択でした。
合格までの道のり
UCバークレーの金融工学プログラムは、合格率が非常に低い超難関です。
小野寺ポプコさんは早稲田大学での学業成績、ヘッジファンドでのインターン経験、そして金融への情熱をアピールして合格を勝ち取りました。
「インターン先で実務を学んだおかげで、なんとかUCバークレーの大学院に合格した」と語っており、戦略的な準備が実を結んだ形です。
元アイドルという異色の経歴も、多様性を重視するアメリカの大学院においてはプラスに働いた可能性がありますね。
大学院での厳しい学生生活
UCバークレーでの学生生活は、課題の多さと試験の頻度に苦しむ日々だったそうです。
「正直、課題は多いし試験も2週間に1回あるし、すべて乗り切れるか不安だった」と振り返っています。
統計学やプログラミング技術を駆使して金融資産の価格を測定・予測する金融工学を専攻し、専門的かつ実践的なカリキュラムに取り組みました。
しかし最後まで投げ出さずにやり遂げたことで、「あ、私ってこんなに粘れるんだ」と自分を見直すきっかけにもなったそうです。
ここ、気になりますよね。アイドル脱退という挫折を経験した彼女だからこそ、困難な環境でも最後までやり抜く強さが培われていたのかもしれません。
卒業生代表スピーチが世界で話題に
2024年5月、小野寺ポプコさんは再び大きな注目を集めることになります。
卒業生代表に選ばれた理由
結論から言うと、UCバークレーの卒業式で卒業生代表としてスピーチを行った動画がSNSで大きくバズったのです。
2019年のアイドル脱退動画に続き、再びネット上で話題の中心になりました。
卒業生代表に選ばれた理由について、「アメリカではリーダーシップがかなり重視されるので、鍛えるために立候補した」と語っています。
自ら手を挙げて挑戦する姿勢が評価されたのでしょう。
スピーチの内容と反響
英語で数分間にわたるスピーチでは、過去の挫折を踏まえて「一度の失敗で人生は終わらない」というメッセージを堂々と伝えました。
アイドル脱退という挫折から、アメリカの名門大学院の卒業生代表にまで上り詰めた彼女の言葉には説得力がありますよね。
「過去の挫折を踏まえて胸を張って伝えられて、自信がつきました」と本人も語っています。
このスピーチ動画はSNSを中心に大きな反響を呼び、5年前の脱退騒動を知る人々からも「あの子がここまで成長したのか」と驚きの声が上がりました。
中指立てアイドルから卒業生代表へ
2019年の「中指立てアイドル」から2024年の「UCバークレー卒業生代表」へという変貌は、まさにドラマのような展開です。
わずか5年間で、ステージ上で涙ながらにいじめを告発した地下アイドルが、世界最高峰の大学院で英語のスピーチを堂々とこなす人物に変わったのです。
「ずっと何かに抑圧されていた人生で、もっと自由に生きて良いのだと気付かせてくれた学友やアメリカでの暮らしに、感謝を述べる気持ちでスピーチをさせてもらった」という言葉が印象的です。
小野寺ポプコさんの学歴は、単なる学校名の羅列ではなく、挫折と再起の物語そのものだと言えますね。
NYで個人投資家として独立した現在
UCバークレー大学院を修了した小野寺ポプコさんは、現在ニューヨークを拠点に活動しています。
大学院卒業後のキャリアパス
結論から言うと、小野寺ポプコさんはUCバークレー卒業後、現地の投資関連企業に就職し、AIを活用した投資運用の仕事に携わりました。
しかし「組織に頼らず自分で生きていく道を探っていきたい」という思いから、2025年に個人投資家として独立しています。
グループでメンバーと馴染めなかったアイドル時代や、学生時代に友達がなかなかできなかった経験を踏まえ、「個人投資家というはたらき方があると知り、興味や専門分野も活かせるし、きっと私にとっての天職になる」と考えたそうです。
1日3〜4時間の運用業務
個人投資家としての日常は、1日3〜4時間ほど投資先の情報収集やポートフォリオの調整を行うというスタイルです。
ただし、没頭するときは10時間以上作業することもあるそうです。
金融工学を学んだ経験はもちろん、ヘッジファンドでのインターンや留学中の研究で養った数字を読む力が活きていると語っています。
安定した収入源を確保できたことで「どこで暮らすか」を自分で選べるようになったのは、学歴と実務経験の賜物ですね。
投資家としてのアドバイス
小野寺ポプコさんは投資を始めるうえでの注意点として、「最大のNG行為は、みんながやっているからという理由で大きなお金を動かすこと」と語っています。
「まずは小額で試したほうがいい。いきなり大金を突っ込んで失敗すると、もう投資はこりごりとなってしまう」というアドバイスは、金融工学を学んだ専門家ならではの実践的な助言ですよね。
自分なりに確信できるだけの知識と裏付けが必要だという姿勢は、UCバークレーで磨いた分析力に裏打ちされたものでしょう。
DJ活動からインフルエンサーへの軌跡
小野寺ポプコさんのキャリアには、アイドル脱退後すぐに始めたDJ活動という章もあります。
脱退翌月からDJとして活動開始
結論から言うと、小野寺ポプコさんはアイドルを脱退した翌月からDJとしての活動をスタートさせています。
もともとヒップホップが好きで、いつかラッパーのバックDJをやりたいと思っていたそうです。
脱退騒動で話題になった「元アイドル」という話題性も手伝い、クラブ側から声をかけてもらえたのがきっかけでした。
初めて出演したイベントでの報酬はたったの500円だったものの、一人でステージに立てたことが何よりもうれしかったと振り返っています。
動員ゼロの挫折と方向転換
DJ活動では大阪の野外フェスやクラブなど大きな現場にも出演しましたが、「動員ゼロ」という厳しい現実にも直面しています。
「国民的アイドルになったAKBだって、初期はライブ会場に来るお客さんが数人だった」と自分を励ましたものの、その後も集客は伸びなかったそうです。
結果的に「やっぱり金融の道に進んだほうがいいんじゃないか」と進路を見つめ直す転機になりました。
この挫折がなければ、金融工学への方向転換もUCバークレーへの進学も実現していなかったかもしれません。
SNSインフルエンサーとしての現在
現在の小野寺ポプコさんは、個人投資家としての活動と並行してSNSインフルエンサーとしても活動しています。
「投資家としての私も、インフルエンサーとしての私も、どちらも本当の自分であることに変わりはない」と語っており、二つの顔を両立させているのです。
考えてみれば、大学に通いながらアイドル活動を続けていたあの頃のような、複数の活動を同時にこなすスタイルを今も続けているわけですね。
「どちらか一方を取るから、もう一方は切り捨てるなんてことはしたくなかった」という言葉に、彼女の生き方の軸が表れています。
学歴と経験が生んだ日米2拠点生活
小野寺ポプコさんの学歴とキャリアが最終的に実現させたのが、ニューヨークと日本の2拠点生活です。
家賃70万円のマンハッタン生活
結論から言うと、小野寺ポプコさんは現在家賃70万円とも言われるマンハッタンの物件に住んでいます。
25歳にしてこの生活水準を実現できているのは、UCバークレーで学んだ金融工学の知識と、ヘッジファンドでの実務経験があってこそです。
主な収入源は資産運用の収益で、投資先の情報収集やポートフォリオの調整を日々行いながら、安定した収入を確保しています。
1か月の半分は旅行という自由
小野寺ポプコさんは1か月の半分を旅行に費やすという自由なライフスタイルを送っています。
フランスなど海外を旅しながら、投資業務はオンラインで行うスタイルです。
「毎日長時間はたらかなくても暮らしていけることで、新しい勉強や趣味に挑戦する余裕が生まれた」と語っており、心理学を学び直したい気持ちやゲーム開発への興味も持っているそうです。
学歴と専門知識があるからこそ実現できる、まさに「知識が自由を生む」典型例ですよね。
「自由」の捉え方が変わった
以前の小野寺ポプコさんにとって自由とは「好き勝手に振る舞うこと」でしたが、現在は「自分が心からやりたいことに時間やお金を使える状態」が自由だと考えているそうです。
「ありのままの自分と社会で生きていくために必要な自分、そのバランスをうまく保っていくことが、心地良いキャリアや人生の扉を開く鍵になる」という言葉は、数々の挫折と成功を経験した彼女ならではの境地でしょう。
今後のビジョンとしては、アメリカで投資家として会社を成長させるか、日本に戻り芸能活動を再開するかの2つの選択肢を考えているとのこと。
「いずれの道であっても、100%の決意を持って進めるようにしたい」と語る姿勢に、小野寺ポプコさんの学歴と経験に裏打ちされた自信がうかがえます。
小野寺ポプコの学歴と現在の活躍の総まとめ
- 小野寺ポプコ(現onodela)は1999年東京都生まれの個人投資家・インフルエンサー
- 実家は裕福な家庭で、小学校から一貫して私立校に通っていた
- 幼少期から金融教育に熱心な家庭環境で、子供の頃から投資を経験
- 小学校時代からアイドルに憧れ、中学ではHKT48や指原莉乃さんに夢中だった
- 大学は早稲田大学(偏差値62.5〜70.0)に進学し、2022年9月に卒業
- 2019年6月にアイドルグループに加入するも、いじめを受け翌月に脱退を宣言
- ステージ上で中指を立てて告発した動画がSNSで大きくバズり話題に
- アイドル脱退後はDJ活動を開始したが、集客に苦戦し金融の道へ方向転換
- シアトルへの交換留学で自然体の自分を取り戻し、人生の転機を迎えた
- 大学3年時に運用額2000億円規模のヘッジファンドでインターンを経験
- 大学院はUCバークレーHaasビジネススクールで金融工学を専攻し2024年5月に修了
- 卒業式で卒業生代表としてスピーチを行い、再びSNSで話題になった
- 卒業後は現地の投資関連企業でAI投資運用に携わり、2025年に個人投資家として独立
- 現在はマンハッタン在住で家賃70万円の物件に暮らし、日米2拠点生活を送る
- 今後はアメリカで投資家として成長するか、日本で芸能活動を再開するかを模索中

