金久保芽衣の学歴|國學院栃木中高出身!いじめ克服から女優への軌跡

金久保芽衣の学歴|國學院栃木中高出身!いじめ克服から女優への軌跡

※当記事は公開情報をまとめた考察記事です。記載内容は執筆時点で確認できた情報に基づきます。
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金久保芽衣さんは茨城県出身の俳優・タレントで、2016年にNEXTSTAR GIRLS AUDITIONでグランプリを獲得したことで注目を集めた存在です。

愛称は「ぼんぼん」で、夫は元陸上長距離選手の下田裕太さんです。

箱根駅伝がきっかけで出会ったドラマチックな馴れ初めでも広く話題になりました。

出身中学・高校は栃木県の私立校・國學院大學栃木中学校・高等学校とされており、小学生時代のいじめを乗り越えて中学受験に挑んだ過去も注目されています。

この記事では金久保芽衣さんの学歴を小学校から高校まで詳しく整理し、大学に進学せず芸能界に飛び込んだ経緯や女優としての活躍についても紹介します。

記事のポイント

①:金久保芽衣の出身は茨城県の田舎町

②:いじめで不登校後に中学受験を決意

③:國學院栃木中高でバスケ部に所属

④:大学に進学せず女優の道を選択

金久保芽衣の学歴|小学校から高校まで

  • 【一覧表】学歴と基本プロフィール
  • 出身小学校は茨城県の田舎町
  • いじめと不登校を乗り越えた経緯
  • 國學院栃木中学校での再出発
  • 石川恋が先輩にいたバスケ部時代
  • 國學院栃木高校への内部進学

【一覧表】学歴と基本プロフィール

 
 
 
 
 
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結論から言うと、金久保芽衣さんは茨城県の公立小学校を卒業後、栃木県の私立中高一貫校・國學院大學栃木中学校に進学しています。

大学には進学しておらず、高校卒業後は芸能活動に専念する道を選びました。

下記の表は金久保芽衣さんの学歴をまとめたものです。

学校区分 学校名 偏差値 在籍期間
小学校 茨城県内の公立小学校(非公表) 2002年4月〜2008年3月
中学校 國學院大學栃木中学校 43〜48 2008年4月〜2011年3月
高校 國學院大學栃木高等学校 46〜68 2011年4月〜2014年3月
大学 進学せず

続いて、金久保芽衣さんの基本プロフィール情報を整理します。

項目 内容
名前 金久保芽衣(かなくぼ めい)
本名 下田芽衣(結婚後)
生年月日 1996年3月26日
2026年04月06日現在の年齢 30歳
出身地 茨城県
身長 148cm
愛称 ぼんぼん
所属事務所 株式会社KAMPAI
特技 水泳、ヲタ芸、人狼ゲーム
趣味 漫画、ゲーム、サッカー観戦
配偶者 下田裕太(元陸上長距離選手)

金久保芽衣さんは1996年3月26日に茨城県で生まれました。

茨城県の田舎町で育った金久保さんですが、小学校時代にいじめを経験したことがきっかけで、中学校から栃木県の私立校へ進学しています。

中高一貫校である國學院大學栃木中学校・高等学校で6年間を過ごし、高校卒業後は大学には進学せず芸能界へ飛び込みました。

15歳のときにモーニング娘。のオーディションを受けたことがきっかけでアップフロントグループに所属し、芸能活動をスタートさせています。

その後、2016年にはNEXTSTAR GIRLS AUDITIONでグランプリを獲得し、大手事務所ホリプロへの所属が決まりました。

ここ、注目のポイントですよね。

茨城の田舎町から栃木の私立校へ、そして芸能界へという金久保芽衣さんの学歴は、決して平坦な道のりではありませんでした。

以下のセクションで、それぞれの学校時代のエピソードを詳しく見ていきます。

出身小学校は茨城県の田舎町

金久保芽衣さんの出身小学校は茨城県内の公立小学校ですが、具体的な校名は公表されていません。

金久保さん自身がインタビューなどで語ったところによると、最寄り駅まで車で30〜40分もかかるような田舎町に住んでいたそうです。

学年1クラスの小規模校

結論から言うと、金久保芽衣さんが通っていた小学校は学年に1クラスしかないほどの小規模校でした。

最寄り駅まで車で30〜40分かかるような地域に住んでおり、都市部とはかなり異なる環境で育ったことがわかります。

学年1クラスということは、6年間ずっと同じメンバーで過ごすことになりますよね。

クラス替えがないぶん友人関係が固定化しやすく、一度人間関係がこじれると逃げ場がなくなってしまうという側面もあります。

実際に金久保さんは小学校時代にいじめを経験しており、この環境が影響していた可能性も考えられます。

茨城県のどのあたりか

金久保芽衣さんの出身地は茨城県であることは公表されていますが、市町村名までは明かされていません。

最寄り駅まで車で30〜40分という情報から推測すると、茨城県北部や県西部の農村地域である可能性が高いとされています。

茨城県は首都圏に位置しながらも、中心部から離れると自然豊かな田舎が広がる地域です。

金久保さんの幼少期はこうした環境のなかで過ごしており、芸能界との接点はほとんどなかったと考えられます。

それだけに、後に芸能界に飛び込んだ行動力には驚かされますよね。

幼少期の性格と特技

金久保芽衣さんの特技は水泳で、子供の頃から習い事として続けていたとみられます。

また、趣味として漫画やゲームを挙げていることから、インドア派な一面もあったようです。

田舎町で育ちながらも、芸能界への憧れは早い段階から持っていたとされており、この頃の経験が後の中学受験や芸能活動への原動力になっていったと言えるかもしれません。

いじめと不登校を乗り越えた経緯

金久保芽衣さんの学歴を語るうえで欠かせないのが、小学生時代に経験したいじめと不登校のエピソードです。

この経験が、のちの中学受験を決意するきっかけになりました。

小学5年生からターゲットに

金久保芽衣さんは小学5年生のときからいじめのターゲットにされるようになりました。

金久保さん自身が語ったところによると、それは「女子特有の、順番にターゲットを作って無視したりするやつ」だったそうです。

学年1クラスしかない小規模校だったため、クラス替えで環境をリセットすることもできず、一度始まったいじめから逃れることが非常に困難な状況でした。

こういった閉鎖的な環境では、どうしても人間関係が煮詰まってしまいやすいですよね。

修学旅行をきっかけに深刻化

小学6年生の修学旅行をきっかけに、いじめはさらに深刻化したとされています。

修学旅行というのは本来楽しいイベントのはずですが、グループ行動が求められる場面で人間関係のトラブルが表面化しやすいという側面もあります。

金久保さんにとっては、この修学旅行が大きな転機となってしまいました。

いじめが激化した結果、金久保さんは不登校になっています。

学校に通えなくなるほど追い詰められていたことを考えると、当時の心境は想像を絶するものがあったのではないでしょうか。

両親の決断と中学受験

金久保芽衣さんが不登校になった状況を見て、両親は環境を変えることを提案しました。

具体的には、中学校から別の学校に進学するために中学受験を勧めたとされています。

茨城県の公立中学校にそのまま進学すれば、小学校時代と同じメンバーが多く含まれる可能性が高く、いじめが継続するリスクがありました。

そこで選ばれたのが、栃木県の私立中高一貫校である國學院大學栃木中学校だったのです。

県をまたいでの進学というのは大きな決断ですよね。

金久保さん本人にとっても、新しい環境で再出発するという前向きな選択だったと考えられます。

この中学受験の決断が、金久保芽衣さんの人生を大きく変えていくことになりました。

國學院栃木中学校での再出発

いじめと不登校を経験した金久保芽衣さんは、中学校から栃木県の私立校・國學院大學栃木中学校へ進学しています。

新しい環境での学校生活は、金久保さんにとって大きな転機となりました。

國學院大學栃木中学校の概要

下記の表は國學院大學栃木中学校の基本情報をまとめたものです。

項目 内容
学校名 國學院大學栃木中学校
所在地 栃木県栃木市平井町
設置区分 私立・共学
偏差値 43〜48
教育方針 中高一貫教育

國學院大學栃木中学校は、國學院大學の系列校として栃木県栃木市に設置されている私立の中高一貫校です。

偏差値は43〜48程度で、中学受験としては中堅レベルに位置しています。

中高一貫教育を提供しているため、内部進学で高校まで6年間を通して学べる環境が整っています。

國學院大學の建学の精神に基づいた教育が行われており、神道文化や日本の伝統を大切にする校風が特徴です。

新しい環境での友人関係

金久保芽衣さんにとって、國學院栃木中学校への進学は人生のリセットボタンのようなものだったと考えられます。

茨城県から栃木県への県をまたぐ進学だったため、小学校時代の人間関係から完全に離れることができました。

新しい環境では友人関係が良好だったようで、不登校の再発といった情報は出ていません。

むしろ部活動にも積極的に参加しており、小学校時代とは見違えるような学校生活を送っていたことがうかがえます。

中学受験という選択が結果的に正解だったと言えますよね。

バスケットボール部に入部

金久保芽衣さんは中学校でバスケットボール部に入部しています。

部活動を通じて新しい仲間と交流を深めていったことが推測されます。

小学校時代に不登校を経験していた金久保さんが、中学校では部活動に積極的に参加していたというのは、環境の変化がいかに大きな影響を与えるかを物語っていますよね。

バスケットボール部では先輩後輩の縦のつながりも生まれ、のちに芸能界で活躍することになる石川恋さんとの出会いもありました。

このバスケ部での活動が、金久保さんの中学生活を充実させた大きな要素だったと言えるでしょう。

石川恋が先輩にいたバスケ部時代

金久保芽衣さんが國學院栃木中学校のバスケットボール部に所属していたことで注目すべきなのが、先輩に女優の石川恋さんがいたという事実です。

石川恋との先輩後輩関係

女優の石川恋さんは國學院大學栃木中学校の出身であることが知られており、金久保芽衣さんと同じバスケットボール部に所属していました。

石川恋さんは1993年7月18日生まれで、金久保さんとは2学年上の先輩にあたります。

下記の表で2人の在籍期間を整理します。

名前 生年月日 中学在籍期間 学年差
金久保芽衣 1996年3月26日 2008年4月〜2011年3月
石川恋 1993年7月18日 2006年4月〜2009年3月 2学年上

2人が同時に在籍していたのは2008年4月から2009年3月までの1年間です。

金久保さんが中学1年生、石川恋さんが中学3年生という先輩後輩の関係でした。

SNSでの交流が裏付け

金久保芽衣さんと石川恋さんの同校出身説は、2人のSNSでのやり取りが根拠となっています。

過去にTwitter上で2人が中学時代のバスケ部について言及しており、同じ部活に所属していたことが判明しました。

石川恋さんの出身校が國學院大學栃木中学校であることは広く知られているため、金久保さんも同じ中学校の出身であると推定されています。

芸能界で活躍する先輩が同じ部活にいたというのは、金久保さんにとっても刺激になったのではないでしょうか。

石川恋さんについて

石川恋さんは栃木県出身の女優・モデルで、「ビリギャル」の表紙モデルとして一躍注目を集めた存在です。

國學院大學栃木中学校から同校の高等学校へ内部進学し、その後大学に進学しています。

金久保さんとは学校も部活も同じという深い縁があり、2人とも芸能界で活躍しているという共通点も興味深いですよね。

同じ中学のバスケ部から2人の芸能人が出ているというのは、なかなか珍しいケースと言えます。

國學院栃木高校への内部進学

金久保芽衣さんは國學院大學栃木中学校を卒業後、そのまま併設の國學院大學栃木高等学校へ内部進学したとみられています。

中高一貫校のメリットを生かして、高校受験をせずにスムーズに進学できたと考えられます。

國學院大學栃木高等学校の概要

下記の表は同校の基本情報です。

項目 内容
学校名 國學院大學栃木高等学校
所在地 栃木県栃木市平井町
設置区分 私立・共学
偏差値 46〜68(コースにより異なる)
卒業時期 2014年3月

國學院大學栃木高等学校は複数のコースを設置しており、偏差値はコースによって大きく異なります。

以下の表でコース別の偏差値を整理します。

コース名 偏差値
特別選抜Sコース 68
特別選抜コース 59
選抜コース 52
文理コース 46

金久保芽衣さんがどのコースに在籍していたかは公表されていませんが、中高一貫校の内部進学生として進学したと考えられます。

最も偏差値の高い特別選抜Sコースは68と高い水準にあり、國學院大學への内部推薦枠も充実している学校です。

卒業証書から推定された出身校

金久保芽衣さんは出身高校を公式には明かしていません。

ただ、過去にSNSに投稿した卒業写真に写っていた卒業証書が、國學院大學栃木高等学校のものと非常によく似ていたことから、同校の出身であると推定されています。

中学校が同校の中学部であったことを考えると、内部進学で高校に上がるのは自然な流れですよね。

高校時代と芸能活動の両立

金久保芽衣さんは高校時代にすでに芸能活動を開始しています。

中学時代にモーニング娘。のオーディションを受けたことをきっかけにアップフロントグループに所属しており、高校に通いながら芸能の仕事もしていたとみられます。

國學院大學栃木高等学校は栃木県にあるため、東京での芸能活動との両立はかなり大変だったのではないでしょうか。

栃木県から東京までは新幹線や在来線を乗り継いで2時間以上かかることもあり、移動だけでもかなりの負担だったと推測されます。

それでも高校を2014年3月にきちんと卒業しており、学業と芸能活動の両立をやり遂げたことがわかります。

この経験が、のちの女優・タレントとしての活動の土台になっていったと言えるかもしれません。

金久保芽衣の学歴から芸能界への軌跡

  • 大学には進学せず芸能界を選択
  • モー娘。オーディションと芸能界入り
  • NEXTSTARグランプリで掴んだ転機
  • 女優・タレントとしての出演歴
  • 箱根駅伝がつないだ下田裕太との結婚

大学には進学せず芸能界を選択

 
 
 
 
 
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結論から言うと、金久保芽衣さんは大学には進学していません。

國學院大學栃木高等学校を2014年3月に卒業した後、大学受験はせずに芸能活動に専念する道を選びました。

大学に行かなかった理由

金久保芽衣さんが大学に進学しなかった理由として、高校在学中からすでに芸能活動を行っていたことが大きいとみられます。

中学時代にアップフロントグループに所属し、高校時代も芸能の仕事を続けていた金久保さんにとって、大学進学よりも芸能界でのキャリアを優先したのは自然な判断だったと考えられます。

國學院大學栃木高等学校は國學院大學の系列校であるため、内部推薦で大学に進学する道もあったはずです。

それでも大学に進まなかったということは、芸能界への強い意志があったことがうかがえますよね。

アップフロントを辞めてフリーで活動していた時期でもあり、大学に通うよりもオーディションを受けて実績を積むことを優先したのでしょう。

高卒で芸能界に挑む覚悟

芸能界は学歴よりも実力や個性が重視される世界ですが、大学に行かずに飛び込むというのは相当な覚悟が必要だったはずです。

金久保さんの場合は、すでに事務所に所属して活動していたという下地があったため、高校卒業後すぐに本格的な活動に移行できたのだと考えられます。

また、金久保さんは家族との仲が非常に良いことで知られており、フリーで活動していた時期には家族の協力を得ながら数多くのオーディションを受けていたそうです。

大学に進学しないという決断を家族も応援していたのではないでしょうか。

同じ高校出身の石川恋さんは大学に進学していますが、金久保さんは別の道を選んだわけです。

この選択が結果的に正解だったことは、その後のNEXTSTARグランプリ獲得や女優としての活躍が証明しています。

モー娘。オーディションと芸能界入り

金久保芽衣さんが芸能界に入ったきっかけは、中学時代に受けたモーニング娘。のオーディションでした。

ここでは、芸能界入りまでの経緯を時系列で見ていきます。

モーニング娘。9期オーディション

金久保芽衣さんは中学生の頃にモーニング娘。の9期メンバーオーディションを受けています。

結果は残念ながら不合格でしたが、このオーディションが芸能界入りの大きなきっかけとなりました。

オーディションに落ちた際、アップフロントグループの関係者に声をかけられ、同事務所に所属することが決まったのです。

不合格だったにもかかわらず拾ってもらえたということは、金久保さんにそれだけの魅力やポテンシャルが見出されていたと言えますよね。

茨城の田舎町で育ち、いじめを乗り越えて國學院栃木中学に進学した金久保さんが、芸能界への第一歩を踏み出した瞬間でした。

アップフロントグループでの活動

15歳でアップフロントグループに所属した金久保さんは、ボイストレーニングやダンスレッスンを受けながら活動を開始しました。

ただ、アイドル路線ではなく芝居に対する気持ちが芽生えたことから、アップフロントグループを辞めてフリーで活動することを決断しています。

事務所を辞めるというのは芸能界においてはかなりリスクの高い選択ですが、金久保さんは自分のやりたいことに正直に行動したわけです。

「お芝居がしたい」という夢を追いかけるために事務所を離れる決断ができたのは、いじめを乗り越えて中学受験に挑んだ経験が自信になっていたのかもしれません。

フリーランス時代の苦労

アップフロントを辞めた後、金久保芽衣さんはフリーランスとして活動していました。

事務所のバックアップがない状態でオーディションを受け続ける日々は、精神的にも経済的にも大変だったと推測されます。

家族の協力を得ながらたくさんのオーディションを受けていたとのことで、家族の支えが大きな力になっていたようです。

茨城県の田舎町で育ち、いじめを乗り越え、事務所を辞めてフリーで挑戦するという道のりを考えると、金久保さんのバイタリティには本当に驚かされます。

NEXTSTARグランプリで掴んだ転機

フリーランスで活動していた金久保芽衣さんに大きな転機が訪れたのが、2016年に開催されたオーディションでした。

この受賞が、金久保さんの芸能キャリアを大きく前進させることになります。

NEXTSTAR GIRLS AUDITIONとは

2016年に開催された「SoftBank Presents NEXTSTAR GIRLS AUDITION」で、金久保芽衣さんはグランプリを獲得しました。

このオーディションは大手芸能事務所ホリプロが主催に関わっていたもので、グランプリ受賞者にはホリプロへの所属が約束されるという大きなチャンスでした。

金久保さんにとっては、モーニング娘。のオーディション不合格からフリーでの下積み時代を経て、ようやく掴んだ大きなチャンスだったと言えます。

金久保さんはこの時30歳で、数多くのオーディションを受けてきた経験がここで実を結んだ形です。

ホリプロ所属と最初の仕事

グランプリ受賞後、金久保芽衣さんは大手事務所ホリプロへの所属が決まりました。

ホリプロでの最初の仕事は、事務所の先輩である俳優の松山ケンイチさんへのインタビューだったとされています。

大手事務所に所属したことで、それまでフリーでは得られなかった仕事のチャンスが広がっていきました。

ただ、ホリプロ時代には理想通りの仕事が必ずしも多くなかったという話もあり、芸能界の厳しさを感じていた時期もあったようです。

事務所の変遷

金久保芽衣さんはその後も事務所を変えながらキャリアを積んでいます。

以下の表で事務所の変遷を整理します。

時期 所属事務所
2011年〜 アップフロントグループ
その後 フリーランス
2016年〜 ホリプロ
2021年8月〜 ジャストプロ
その後〜 株式会社KAMPAI

事務所が変わっても活動を続けているということは、それだけ芸能界で生き残る力を持っている証拠ですよね。

フリーランス時代に培った自立心や行動力が、事務所に頼りすぎない芸能活動のスタイルにつながっているのかもしれません。

女優・タレントとしての出演歴

金久保芽衣さんは女優・タレントとして、ドラマ・映画・舞台など幅広い分野で活躍しています。

ここでは主な出演作品を時系列で整理し、それぞれの作品について見ていきます。

主な出演作品一覧

作品名 ジャンル 備考
2017年 ミステリーズ ドラマ(フジテレビ) 女優デビュー作
2018年 恋愛依存症の女 映画
2018年 アンナとアンリの影送り 映画
2019年 彼は誰時の桜 舞台
2024年 遺品整理〜広島屋 映画 ヒロイン役

2017年にフジテレビのドラマ「ミステリーズ」で女優デビューを果たした金久保さんは、その後も映画や舞台に出演を重ねています。

NEXTSTARグランプリを獲得した翌年にはもう女優としてテレビに出演しており、芸能活動のスピード感がうかがえますよね。

2024年の映画「遺品整理〜広島屋」

2024年にはダンカンさん主演の映画「遺品整理〜広島屋」のヒロイン役に公開オーディションで選ばれました。

オーディションを勝ち抜いてヒロインに抜擢されたということは、演技力が高く評価されている証拠ですよね。

フリーランス時代から数多くのオーディションを受けてきた金久保さんにとって、オーディションという場で実力を発揮できる強さは大きな武器と言えます。

中学受験やモーニング娘。のオーディションなど、人生の節目でチャレンジを繰り返してきた金久保さんらしい勝ち取り方ではないでしょうか。

タレント・競馬予想家としての活動

金久保芽衣さんは女優業だけでなく、タレントとしてバラエティ番組にも出演しています。

また、意外な一面として競馬予想家としても活動しており、競馬メディア「netkeiba」でコラムを執筆するなど多彩な活躍を見せています。

趣味のゲームや漫画の知識を生かしたトーク力も魅力で、人狼ゲームやヲタ芸が特技という個性的なキャラクターも人気の理由の一つです。

茨城の田舎町からいじめを乗り越えて芸能界に飛び込んだ金久保さんが、こうして幅広い分野で活躍しているのは本当にすごいことですよね。

箱根駅伝がつないだ下田裕太との結婚

金久保芽衣さんのプライベートで最も注目されているのが、元陸上長距離選手・下田裕太さんとのドラマチックな結婚エピソードです。

学歴とは直接関係ありませんが、金久保さんの人生を語るうえで欠かせないエピソードなのでここで紹介します。

箱根駅伝でのひと目ぼれ

2018年のお正月、金久保芽衣さんは箱根駅伝のテレビ中継を見ていて、青山学院大学の8区を走る下田裕太さんの姿にひと目ぼれしました。

富士山を背に独走する下田さんの姿を見た瞬間、「この人と結婚するんだろうな」と直感で感じたそうです。

まだ出会ってもいない状態で結婚を確信するというのは、まさに運命的なエピソードですよね。

下田裕太さんは青山学院大学陸上競技部の出身で、2016年から2018年まで箱根駅伝8区で史上初の3年連続区間賞を獲得した実力の持ち主です。

SNSを使った猛アタック

金久保芽衣さんは、下田裕太さんに近づくためにSNSを活用した独自の作戦を展開しています。

まず「私を知ってよ大作戦」と名づけた方法で、SNSを通じて下田さんに自分の存在をアピールしました。

さらに「以心伝心大作戦」として、下田さんの好きなアニメを見てSNSで感想を投稿するなど、共通の趣味を通じて距離を縮めていったそうです。

その後ダイレクトメッセージで連絡先を送り、実際に会うことになりました。

新宿駅での初対面で「世界で1番かっこいいから」とストレートに伝えたというエピソードも話題になっています。

結婚と出産

4回目のデートで下田さんから告白を受けて交際がスタートし、2022年9月5日に結婚しました。

結婚後は「家事はしません」と宣言していた金久保さんですが、夫を支えたいという気持ちからアスリートフードマイスターの資格を取得しています。

2025年7月25日には第1子を出産しており、母親としての新たな一面も見せています。

茨城の田舎町で育ち、いじめを乗り越え、芸能界で活躍し、箱根駅伝の選手と結婚するという金久保芽衣さんの人生は、まさにドラマチックの一言ですよね。

今後も女優・タレント・母親として、さらなる活躍が期待されます。

金久保芽衣の学歴と経歴の総まとめ

  • 金久保芽衣1996年3月26日生まれ茨城県出身の俳優・タレント
  • 出身小学校は茨城県内の公立校で、学年1クラスの小規模校だった
  • 小学5年生からいじめのターゲットにされ、6年生で不登校になった
  • いじめを機に中学受験を決意し、栃木県の私立校へ進学
  • 出身中学は國學院大學栃木中学校(偏差値43〜48)と推定される
  • 中学のバスケ部には2学年上の先輩として女優の石川恋が在籍していた
  • 高校は國學院大學栃木高等学校(偏差値46〜68)に内部進学したとみられる
  • 大学には進学せず、高校卒業後に芸能活動に専念
  • 中学時代にモーニング娘。9期オーディションを受け、不合格後にアップフロントに所属
  • アップフロントを辞めた後はフリーランスで活動し、多数のオーディションを受けた
  • 2016年にNEXTSTAR GIRLS AUDITIONグランプリを獲得しホリプロに所属
  • 2017年のドラマ「ミステリーズ」で女優デビュー、2024年には映画でヒロイン役に抜擢
  • 2022年9月5日に元陸上選手の下田裕太と結婚、箱根駅伝がきっかけの馴れ初めが話題
  • 2025年7月25日に第1子を出産し、母親としても新たなスタートを切った
  • いじめや不登校を乗り越え芸能界で活躍する金久保芽衣の今後に注目が集まる