又吉直樹の学歴と偏差値|大学進学なしで北陽高校・寝屋川市立第五中学校出身

又吉直樹の学歴と偏差値|大学進学なしで北陽高校・寝屋川市立第五中学校出身

※本記事の扱い:内容はインターネット上の報道・番組・SNS等の公開情報の要約・整理です。個人への中傷や断定的な評価を目的としません。正確な事実関係は各公式発表や一次情報でご確認ください。
※出典・参考にした情報の種類:テレビ番組の発言要約、SNS投稿の引用、ウェブ上の二次報道などです。リンクや画像は当該サービス・媒体のものであり、本サイトが一次情報の正確性を保証するものではありません。
※本サイトのコンテンツには、商品プロモーションが含まれています。

又吉直樹さんはお笑いコンビ「ピース」のボケ担当として活躍する芸人でありながら、2015年に「火花」で芥川賞を受賞した初の芸人出身の小説家でもあります。

大阪府寝屋川市出身の又吉さんは、高校時代にサッカーでインターハイ出場を果たすほどの実力者でした。

大学へは進学せず、高校卒業後に吉本総合芸能学院(NSC)東京校に入学してお笑いの道を歩み始めた経歴があります。

この記事では又吉直樹さんの小学校から高校・大学進学断念までの学歴と、各時代のエピソードを詳しくまとめます。

記事のポイント

①:出身高校は北陽高校(現関西大学北陽高校)でサッカー強豪校

②:高校3年時にサッカーでインターハイ出場・大阪選抜にも選出

③:大学には進学せずNSC東京校でお笑いの道へ

④:中学1年で漫才デビュー・中学時代からネタ帳をつけていた

又吉直樹の学歴|出身校と偏差値まとめ

  • 又吉直樹の学歴一覧と各学校の偏差値
  • 又吉直樹の小学校時代と国語全国トップのエピソード
  • 又吉直樹の中学時代とお笑いへの目覚め
  • 又吉直樹の高校・北陽高校とサッカーの実力
  • 又吉直樹が大学進学を断りNSCへ進んだ理由

又吉直樹の学歴一覧と各学校の偏差値

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

浅田 政志(@asadamasashi)がシェアした投稿

まず又吉直樹さんの学歴を一覧表で整理します。

学校区分 学校名 所在地 偏差値目安 特記事項
小学校 寝屋川市立啓明小学校 大阪府寝屋川市 公立のためなし 国語の実力テストで全国トップ
中学校 寝屋川市立第五中学校 大阪府寝屋川市 公立のためなし 中1でお笑いに目覚め、ネタ帳作成
高校 北陽高校(現関西大学北陽高校) 大阪府東大阪市 45(当時)・60台(現在) サッカーでインターハイ出場・副キャプテン
大学 進学せず NSC東京校入学・芸人の道へ

大阪府立や私立の進学校ではなく、スポーツ強豪校として知られた北陽高校を選んだのはサッカーへの情熱があったからです。

同校同期の著名人

人物名 職業 関係
岡田彰布 元プロ野球選手・監督 北陽高校OB
佐藤慶明 サッカー元日本代表 北陽高校OB

北陽高校はプロ野球選手・サッカー選手を多数輩出しており、スポーツの名門校として大阪では広く知られています。

又吉直樹の小学校時代と国語全国トップのエピソード

又吉直樹さんが育った大阪府寝屋川市は、にぎやかな下町の雰囲気が残る地域です。

寝屋川市立啓明小学校での生活

又吉さんの出身小学校は、大阪府寝屋川市にある公立の寝屋川市立啓明小学校です。

小学校時代の国語の実力テストで全国トップを取ったエピソードは、後に小説家として開花する才能の片鱗を示していました。

意外にも幼い頃は内気で引っ込み思案だったと言い、現在のバラエティ番組での明るいイメージとはギャップがあります。

家庭環境と家族

又吉家の家族構成は両親と2人の姉の5人家族で、又吉さんは末っ子でした。

実家は経済的に裕福ではなく、子供の頃は長屋に住んでおり、2人の姉と同じ部屋で生活していたとのことです。

トーク番組「徹子の部屋」で語ったエピソードによると、焼肉屋に行った際に両親は子供たちに肉を譲るため「お腹いっぱい」と言い、子供たちはお茶漬けで「お腹いっぱい」と言って互いに譲り合ったという、家族の温かさを感じさせるエピソードが残っています。

サッカーと読書の両立

小学校時代からサッカーを始めており、運動神経の良さが際立っていました。

一方で読書の才能も早くから芽生えており、国語テスト全国トップという結果が示すように、言語感覚の鋭さは子供の頃から際立っていました。

又吉直樹の中学時代とお笑いへの目覚め

中学時代は又吉さんの人生を方向付けた重要な時期です。

寝屋川市立第五中学校でのサッカー

又吉さんの中学校は大阪府寝屋川市立の第五中学校です。

中学でもサッカー部に所属し、主力選手として活躍しています。

この頃、間寛平さんのネタを見てお笑いに目覚め、中学1年生の時からネタ帳をつけ始めるという、後の芸人・作家としての原点が形成されます。

中1で初の漫才披露

中学2年生の頃、ネタ帳を見せた仲の良い友人が「面白い!一緒にやろう!」と声を掛け、先生の許可を得て学校で漫才を披露したのが初の舞台です。

インタビューで又吉さんはこう振り返っています。「内気な僕を引っ張ってくれたんです。先生も優しい人で、やっていいよと」。

中学のスキー合宿でもコントを披露するなど、この頃から笑いへの情熱は着実に育まれていきました。

芥川龍之介との出会い

中学生時代に芥川龍之介の小説「トロッコ」を読んで読書に目覚めたのも、後の小説家としての伏線です。

ダウンタウンの漫才と太宰治の小説の両方から衝撃を受けたと後に語っており、「太宰ショックとダウンタウンショックは同時期だった」と言うほど、笑いと文学が同時に人格形成に影響を与えています。

又吉直樹の高校・北陽高校とサッカーの実力

高校は大阪府のサッカー強豪校・北陽高校(現:関西大学北陽高校)へ進学します。

北陽高校の概要

北陽高校は1925年に開校した歴史ある私立男子校(当時)で、スポーツの強豪校として広く知られていました。

又吉さんが在籍した時代の偏差値は約45と高くはありませんでしたが、2007年に関西大学の系列校となり共学化された現在は偏差値が特進65・文理62まで上昇しています。

サッカー部は全国レベルで、多くのプロサッカー選手を輩出してきた実力校です。

サッカー部での活躍と副キャプテン

又吉さんは小学校からサッカーを始め、北陽高校でもサッカー部のレギュラーとして活躍しました。

ポジションはウィングバックで、高校3年時には大阪大会を勝ち抜いてインターハイ(全国高校総体)に出場するという快挙を成し遂げています。

また3年生では副キャプテンを務め、個人としても大阪選抜に選出されるほどの高い実力を誇っていました。

大学からのサッカースカウトと断念

サッカーの実力が認められ、高校時代には大学からスカウトもあったといいます。

しかし又吉さんはそれを断り、お笑い芸人の道を選ぶことになります。

「高校時代は週に5食もカレーを食べていた」というほどのカレー好きで知られるエピソードも、この時期のことです。

又吉直樹が大学進学を断りNSCへ進んだ理由

高校卒業後、又吉直樹さんは大学ではなくNSC(吉本総合芸能学院)の東京校を選びました。

NSC東京校入学という異例の選択

大阪出身でありながら、NSCの東京校に入所したのは理由があります。

当時のサッカー部の監督に大学推薦を断ってお笑い芸人を目指していることをバレることを恐れ、あえて東京校を選んだのです。

この一見トリッキーな理由から、又吉さんの芸人気質と人への気遣いがにじみ出ています。

NSCでの出会いとデビュー

NSC東京校では平成ノブシコブシや三瓶さんが同期でした。

入所後まず原偉大さんと「線香花火」を結成し、その後2003年に同期の綾部祐二さんとお笑いコンビ「ピース」を結成します。

下積み生活は長く、30歳頃にようやくブレイクしたピースですが、2015年に「火花」で芥川賞を受賞して以降は芸人の枠を超えた存在となっています。

芥川賞受賞という快挙

出来事
1980年 大阪府寝屋川市で生まれる
1998年 高校3年・インターハイ出場
1999年 NSC東京校入学・線香花火結成
2003年 ピース結成(綾部祐二と)
2010年 ピースがM-1グランプリ・キングオブコント初決勝進出
2015年 「火花」で芥川賞受賞
2017年 ピース活動休止

芸人出身者として史上初の芥川賞受賞は、中学時代から育んできた言葉への愛着と読書体験が花開いた瞬間でした。

又吉直樹の学歴が語る芸人と作家の両立

  • 又吉直樹の実家と生い立ちのエピソード
  • 又吉直樹の高校時代と太宰治への衝撃
  • 又吉直樹の芥川賞受賞と学歴の関係性
  • 又吉直樹の現在の活動と今後の展望

又吉直樹の実家と生い立ちのエピソード

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【公式】又吉直樹&スタッフ(@matayoshi_staff)がシェアした投稿

経済的に豊かではなかった家庭環境が、又吉さんの人格形成に大きく影響しています。

長屋暮らしと家族の温かさ

子供の頃は長屋に住み、2人の姉と同じ部屋で過ごしていた又吉さん。

その生活は決して豊かではありませんでしたが、家族の絆は強く温かなものでした。

焼肉屋でお互いに譲り合うエピソードに象徴されるように、助け合いと思いやりを自然と学んだ環境は、後の繊細な人間観察力にも影響を与えています。

内気だった少年時代

現在は多くのトーク番組やバラエティで活躍する又吉さんですが、幼少期は非常に内気で引っ込み思案でした。

内気な性格の子供が、友人に引っ張られてお笑いの世界に踏み込み、最終的には芥川賞作家になるという軌跡は、人との縁と勇気の大切さを教えてくれます。

又吉直樹の高校時代と太宰治への衝撃

高校時代の又吉さんはサッカーに没頭しながら、並行して読書と笑いへの情熱も燃やしていました。

太宰治との出会い

高校時代に太宰治を読んだ又吉さんは、大きな衝撃を受けたと語っています。

「太宰って共感させる力がムチャクチャ強い。なんでおれしか知らんことを書いてんだろうと思った」というコメントに、後の小説家としての感受性の原点が表れています。

「太宰ショックとダウンタウンショックは同じ種類の衝撃だった」という独自の視点は、笑いと文学の本質を同時に把握していた高校生・又吉さんならではの洞察です。

文化祭でのお笑い披露

高校時代は同級生とお笑いコンビを組んで文化祭で漫才を披露するなど、笑いへの情熱はサッカーと並走し続けていました。

副キャプテンとしてチームを引っ張りながら漫才を書くという、異色の高校生活がのちの多才ぶりの基盤になっています。

又吉直樹の芥川賞受賞と学歴の関係性

大学進学を選ばなかった又吉さんが芥川賞を受賞したことは、多くの人に「学歴=実力ではない」というメッセージを与えました。

高卒・芸人からの芥川賞という意味

日本の文学最高峰のひとつとされる芥川賞を、大学進学を経ずにお笑い芸人として活動しながら受賞したことは、文壇の常識を覆す快挙でした。

高校時代から磨いてきた言語感覚、中学時代からのネタ帳づくり、そして独学での読書体験が積み重なって、2015年の「火花」誕生につながりました。

「火花」の内容と学歴・笑いの関係

「火花」はお笑い芸人の世界を描いた作品で、又吉さんが自身の体験を基に書いた自伝的要素が強い小説です。

大学で文学を体系的に学んだわけではないからこそ書けた、リアルで生々しい笑いの現場の描写が読者の心を捉えました。

又吉直樹の現在の活動と今後の展望

2017年のピース活動休止以降、又吉さんは小説家・キャスター・芸人として多彩な活動を続けています。

小説家としての活動継続

「火花」以降も「劇場」「人間」など複数の作品を発表し、文学の世界での存在感を着実に高めています。

お笑いと文学を行き来するユニークな存在として、今後も日本の文化シーンに新風を吹き込み続けることが期待されます。

キャスター・コメンテーターとしても活躍

NHKのニュース番組のキャスターを務めるなど、メディアの幅も広がっています。

大学進学を選ばずNSCに入った決断と、高校卒という学歴でありながらあらゆる分野で輝く又吉さんの人生は、キャリアの可能性の広さを示しています。

又吉直樹の学歴とキャリアの総まとめ

  • 又吉直樹さんは1980年、大阪府寝屋川市で生まれる
  • 小学校は寝屋川市立啓明小学校で国語の全国テストでトップを取る実力
  • 中学校は寝屋川市立第五中学校でサッカーとお笑いを両立
  • 中学1年でお笑いに目覚め、ネタ帳をつけ始める
  • 中学時代に友人と組んで初の漫才を披露
  • 高校は北陽高校(現関西大学北陽高校)・偏差値45(当時)のサッカー強豪校
  • 高校3年でインターハイ出場・大阪選抜に選出・副キャプテン
  • 大学スカウトを断りNSC東京校に入学してお笑いの道へ
  • 2003年に綾部祐二とピース結成
  • 2010年頃にピースがブレイク、M-1・キングオブコント初決勝
  • 2015年、「火花」で芥川賞受賞(芸人出身初)
  • 2017年にピース活動休止
  • 高校時代に太宰治に衝撃を受け、笑いと文学の本質を同時に掴んでいた
  • 大学進学なしの高卒・芸人から日本最高峰の文学賞を受賞という異色の経歴
  • 現在は小説家・キャスター・芸人として多彩な活動を展開中