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須貝駿貴さんの学歴について知りたいと感じている方は多いのではないでしょうか。
東京大学教養学部を卒業し、大学院で博士(学術)の学位を取得した須貝駿貴さんは、QuizKnockのメンバーとして幅広い世代から支持を集めています。
出身高校は京都府立西舞鶴高等学校で、理数探究コースに在籍しながら硬式野球部でも活躍していました。
高校卒業後は1年間の浪人を経て東京大学理科二類に合格し、物理学の研究者としてもキャリアを築いています。
この記事では須貝駿貴さんの学歴を小学校時代から大学院まで詳しく紹介し、教育者一家で育った背景や浪人時代のエピソードまで掘り下げます。
①:東大教養学部と大学院で博士号を取得
②:西舞鶴高校は偏差値61の理数探究科
③:1年の浪人を経て東大理科二類に合格
④:父親は高校物理教員の教育者一家出身
目次
須貝駿貴の学歴|京都から東大進学までの道のり
- 【一覧表】須貝駿貴の学歴と偏差値
- 舞鶴市の小学校時代|1学年23人の環境
- 城南中学校での学生生活と水泳
- 西舞鶴高校の理数探究科|偏差値61で野球部
- 1年間の浪人生活|大阪の予備校時代
- 東大理科二類から教養学部への進学理由
【一覧表】須貝駿貴の学歴と偏差値
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まず、須貝駿貴さんの基本プロフィールと学歴を一覧表で整理します。
須貝駿貴さんのプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 須貝駿貴(すがい しゅんき) |
| 生年月日 | 1991年5月12日 |
| 2026年04月06日現在の年齢 | 34歳 |
| 出身地 | 京都府舞鶴市 |
| 身長 | 179cm |
| 最終学歴 | 東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了 |
| 学位 | 博士(学術) |
| 所属 | QuizKnock/ワタナベエンターテインメント |
学歴一覧と偏差値
下記の表は須貝駿貴さんの小学校から大学院までの学歴をまとめたものです。
| 学校名 | 偏差値 | 入学年 | 卒業年 |
|---|---|---|---|
| 舞鶴市内の公立小学校 | - | 1998年 | 2004年 |
| 舞鶴市立城南中学校 | - | 2004年 | 2007年 |
| 京都府立西舞鶴高等学校(理数探究科) | 61 | 2007年 | 2010年 |
| 浪人(大阪の予備校) | - | 2010年 | 2011年 |
| 東京大学 理科二類→教養学部統合自然科学科 | 67.5 | 2011年 | 2015年 |
| 東京大学大学院 総合文化研究科(修士課程) | - | 2015年 | 2017年 |
| 東京大学大学院 総合文化研究科(博士課程) | - | 2017年 | 2021年 |
学歴から見える須貝駿貴さんの特徴
須貝駿貴さんの学歴を俯瞰すると、京都の地方公立校から1年の浪人を経て東大に合格し、さらに博士号まで取得したという非常に印象的な経歴であることがわかります。
地方の公立中学・公立高校出身で東大に進学する人は全体の中でも少数派ですよね。
しかも博士課程まで修了しているとなると、学業面では相当な努力を積み重ねてきたことが伝わってきます。
それでは、ここからは各学校時代のエピソードを詳しく見ていきましょう。
舞鶴市の小学校時代|1学年23人の環境
須貝駿貴さんは京都府舞鶴市の出身で、地元の公立小学校に通っていました。
山村の少人数校で育った環境
結論から言うと、須貝駿貴さんが通っていた小学校は1学年わずか約23人という少人数の学校でした。
舞鶴市は京都府の北部に位置する港町で、自然に囲まれた環境で育ったことが須貝さんの人柄にも影響を与えているのかもしれません。
少人数の学校だったため、クラスメイト全員と顔見知りという環境で、須貝さん自身も「まあ僕が一番なんだろうなと思っていました」と勉強面での自信を語っています。
ただ、この自信は決して傲慢さからくるものではなく、後述する教育者一家の家庭環境が大きく影響していたようですよ。
保育園時代から光っていた知的好奇心
須貝さんは5月生まれで月齢が早かったこともあり、保育園のクラスの中でもかなりできる方だったと本人が振り返っています。
折り紙の端をきれいに揃えて折ったり、5〜6歳のときにはミニ四駆を1人で組み立てたりしていたというエピソードは、幼少期から手先が器用で物事の仕組みに興味を持っていたことを示しています。
これは後に物理学の研究者になる素養がすでに芽生えていたと言えるのではないでしょうか。
ウルトラマンの本を全部読んだ読書好き
また、須貝さんは幼少期からとにかく読書が好きだったそうです。
とくにウルトラマンの本を読むのが大好きで、保育園に置いてある本を全て読み尽くしてしまったというから驚きですよね。
小学校時代の学習スタイルについても「先生が黒板に書いたものを漏らさず記入する。それだけでしたね」と語っており、教科書は全て読んでいたとのこと。
特別な塾に通わなくても、授業をしっかり受けて教科書を読むだけで成績トップを維持していたわけですから、やはり地頭の良さが際立っていたことがわかります。
城南中学校での学生生活と水泳
須貝駿貴さんの出身中学校は京都府の舞鶴市立城南中学校です。
城南中学校の基本情報
舞鶴市立城南中学校は舞鶴市内にある公立の中学校で、地元の子供たちが通う一般的な学校です。
須貝さんはこの城南中学校で3年間の学生生活を送りました。
舞鶴市は京都府の中でも北部に位置し、都市部と比べると塾や予備校の選択肢が限られる地域です。
そのような環境の中でも、須貝さんは持ち前の知的好奇心と家庭の教育環境を活かして学力を伸ばしていったと考えられます。
小学2年から継続したスイミング
須貝さんは小学2年生から中学3年生までスイミングを継続しており、かなりの年数を水泳に費やしています。
本人も「泳ぐのがけっこう速くなりました」と振り返っているとおり、長期間続けたことで確かな泳力を身につけたようです。
約8年間も一つのスポーツを続けたという事実は、須貝さんの粘り強さや継続力を物語っていますよね。
この「コツコツ続ける力」は、後の大学院での研究生活や博士号取得にも大きく活きたのではないでしょうか。
中学時代の学業と進路選択
中学時代の具体的な成績については公表されていませんが、高校で偏差値61の理数探究科に進学していることから、中学時代もかなり優秀な成績を収めていたことは間違いありません。
舞鶴市内には複数の高校がありますが、須貝さんは地元の京都府立西舞鶴高等学校の理数探究コースを選択しています。
理数系への関心が中学時代にはすでに芽生えていたことが、この進路選択からもうかがえます。
物理教員である父親の影響もあったのかもしれませんし、幼少期からの「仕組みを知りたい」という探究心が自然と理系の道へ導いたのかもしれませんね。
西舞鶴高校の理数探究科|偏差値61で野球部
須貝駿貴さんの出身高校は京都府立西舞鶴高等学校です。
西舞鶴高校の特徴と偏差値
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学校名 | 京都府立西舞鶴高等学校 |
| 所在地 | 京都府舞鶴市 |
| 学科 | 理数探究科(偏差値61) |
| 種別 | 公立・共学 |
京都府立西舞鶴高等学校は舞鶴市にある公立の進学校で、普通科と理数探究科の2つの学科を設置しています。
須貝さんが在籍していたのは難関国立大学への進学を目指す理数探究科で、偏差値は61。
舞鶴市内では最も偏差値の高い学科の一つであり、ここから東大に進学したのは須貝さんの実力を示すエピソードですよね。
硬式野球部での青春時代
須貝さんは高校時代、硬式野球部に所属して部活動に打ち込んでいました。
理数探究科という学業面でハードなコースに在籍しながら、硬式野球という体力的にも厳しい部活を両立していたわけですから、相当な努力家であることがわかります。
母親が体のことを考えて毎日のお弁当の栄養バランスに気遣ってくれていたと須貝さん自身が語っており、家族のサポートも大きかったようです。
また、高校時代はよく祖母が夕食を作ってくれていたとのことで、「ごはん・主菜・副菜と彩りの良い食卓だった」と振り返っています。
理数探究科での学びと東大への意識
理数探究科は通常の普通科と比べて数学や理科の授業時間が多く設定されており、実験や探究活動にも力を入れているのが特徴です。
須貝さんが物理学を専門に選んだ背景には、この理数探究科での学びが大きく関係していると考えられます。
父親が高校の物理教員であったことも相まって、理系科目への親しみは自然と深まっていったのではないでしょうか。
ただし、高校卒業時にストレートで東大に合格することはできず、1年間の浪人生活を送ることになります。
1年間の浪人生活|大阪の予備校時代
須貝駿貴さんは高校卒業後、1年間の浪人生活を経験しています。
大阪の予備校を選んだ理由
結論から言うと、須貝さんは浪人時代に地元の舞鶴を離れ、大阪に住んで予備校に通学していました。
舞鶴市は京都府北部の地方都市であり、東大受験に対応できるレベルの予備校は地元にはほぼ存在しません。
そのため、大阪という関西圏の中心地で本格的な受験対策に取り組むことを選んだと考えられます。
地元を離れて一人で予備校生活を送るというのは、高校を卒業したばかりの若者にとってかなりの決断だったのではないでしょうか。
浪人経験がもたらした成長
1年間の浪人生活は精神的にもタフな時期だったはずです。
しかし、この浪人期間があったからこそ東京大学理科二類への合格を勝ち取ることができたわけですから、須貝さんにとっては必要な時間だったと言えます。
須貝さんはQuizKnockの動画でも浪人生に向けたメッセージを発信しており、自身の浪人経験を前向きに捉えていることがうかがえます。
地方の公立高校から浪人を経て東大に合格したという経歴は、全国の受験生にとっても大きな励みになりますよね。
地方出身×浪人×東大合格の価値
東大合格者の多くは首都圏の中高一貫校出身者が占めているという現実があります。
その中で京都府北部の公立高校から浪人を経て東大に合格するというのは、相当な学力と精神力がなければ成し遂げられないことです。
須貝さんの場合、恵まれた塾環境があったわけではなく、自力で東大レベルまで学力を引き上げたという点が特筆に値します。
この経験が、後のQuizKnockでの活動で「学ぶことの楽しさ」を伝えるモチベーションにもつながっているのかもしれません。
東大理科二類から教養学部への進学理由
須貝駿貴さんは浪人を経て東京大学理科二類に合格し、その後教養学部統合自然科学科に進学しています。
東大理科二類の概要と偏差値
東京大学理科二類の偏差値は67.5(河合塾基準)で、主に生物学・化学・薬学系の学部への進学を想定した科類です。
東大では入学後の最初の2年間を駒場キャンパスで前期課程として過ごし、3年次から後期課程として各学部に進学する「進学振り分け(進振り)」という独自の制度があります。
須貝さんは理科二類から入学し、3年次に教養学部統合自然科学科を選択しました。
なぜ教養学部を選んだのか
ここ、気になるポイントですよね。
理科二類から進学できる学部は農学部・薬学部・理学部など複数ありますが、須貝さんはあえて教養学部統合自然科学科を選択しています。
教養学部統合自然科学科は、物理・化学・生物・数学といった自然科学を分野横断的に学べる学科で、特定の専門に閉じこもらず幅広い視野で科学を探究できる点が特徴です。
物理学に興味を持ちながらも、科学全般を俯瞰して学びたいという須貝さんの知的好奇心が、この進路選択に表れているのではないでしょうか。
教養学部時代の研究と受賞
教養学部での学びは須貝さんにとって実り多いものだったようです。
卒業研究では「周波数可変なマイクロ波表面インピーダンス測定装置の開発」というテーマに取り組み、見事「一高記念賞」を受賞しています。
一高記念賞は教養学部の優秀な卒業研究に贈られる名誉ある賞で、須貝さんの研究の質の高さが認められた証です。
また、大学時代には草野球サークルにも所属しており、高校時代から続けてきた野球への情熱も維持していたことがわかります。
学業と趣味の両立ができるバランス感覚も、須貝さんの魅力の一つですよね。
須貝駿貴の学歴を深掘り|大学院と現在の活躍
- 東大大学院での超伝導研究と研究室
- 博士号取得までの道のりと受賞歴
- クイズノック加入と科学の発信活動
- 教育者一家で育った家族の背景
- 学歴を活かした現在のマルチな活動
東大大学院での超伝導研究と研究室
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須貝駿貴さんは教養学部を卒業後、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻に進学しました。
加藤雄介研究室と超伝導の研究
結論から言うと、須貝さんは大学院で「加藤雄介研究室」に所属し、超伝導の物性理論を専門に研究していました。
超伝導とは、特定の物質を極低温に冷却すると電気抵抗がゼロになる現象のことです。
この分野は物理学の中でも非常に難解な領域であり、理論的な研究には高度な数学的素養が求められます。
須貝さんが取り組んでいたのは「第二種超伝導体」と呼ばれるタイプの超伝導体に関する理論研究で、とくに「量子渦」という現象に焦点を当てていました。
総合文化研究科を選んだ意味
東京大学大学院には理学系研究科や工学系研究科など、物理学を研究できる研究科は複数存在します。
その中で須貝さんが総合文化研究科を選んだのは、教養学部からそのまま同じ研究科の大学院に進学するという自然な流れがあったためと考えられます。
総合文化研究科の広域科学専攻は、分野横断的な研究環境を提供しており、物理学を軸にしながらも柔軟な研究活動が可能です。
須貝さんにとっては、物理学を深く掘り下げつつも視野の広い研究ができる理想的な環境だったのではないでしょうか。
修士課程から博士課程への歩み
須貝さんは2015年に修士課程に入学し、2017年に修士課程を修了。
その後、そのまま博士課程に進学しています。
修士課程から博士課程に進むということは、研究者としての道を本格的に歩む決意の表れです。
博士課程はさらに3年以上の研究期間を要し、独自の研究成果を論文としてまとめ上げる必要があります。
ちなみに、須貝さんがQuizKnockに加入したのは博士課程1年目の2017年11月で、大学院での研究とYouTubeの活動を並行してこなしていたことになりますね。
博士号取得までの道のりと受賞歴
須貝駿貴さんは2021年に東京大学大学院で博士号を取得しています。
博士論文のテーマと内容
須貝さんの博士論文のテーマは「第二種超伝導体の孤立量子渦のフラックスフローの理論」です。
これは超伝導体の中に存在する「量子渦」が電流によって動く現象(フラックスフロー)を理論的に解明する研究で、物性物理学の最先端の領域に位置しています。
この研究成果は世界的に権威のある物理学の学術誌にも掲載されており、須貝さんの研究者としてのレベルの高さがうかがえます。
受賞歴の一覧
以下の表で須貝駿貴さんの主な受賞歴を整理してみます。
| 受賞年 | 賞名 | 内容 |
|---|---|---|
| 2015年 | 一高記念賞 | 教養学部の優秀な卒業研究に授与 |
| 2018年 | 日本物理学会 学生優秀発表賞 | 学会での研究発表が高く評価 |
Physical Review Bへの論文掲載
須貝さんは国際的な物理学の学術誌「Physical Review B(PRB)」に第一著者として論文を発表しています。
Physical Review Bはアメリカ物理学会が発行する学術誌で、凝縮系物理学の分野では世界的に最も権威のあるジャーナルの一つです。
ここに第一著者として論文が掲載されるということは、その研究の独創性と質が国際基準で認められたことを意味します。
YouTuberとしての知名度が先行しがちですが、須貝さんは正真正銘の一流研究者でもあるわけですね。
博士号取得の意義
博士(学術)という学位は、大学院で独自の研究を行い、学術的に新しい知見を生み出したことの証明です。
QuizKnockのメンバーには東大卒業者が多いですが、博士号まで取得しているのは須貝さんと鶴崎修功さんの2人だけ。
それだけ研究に真剣に向き合い、長い年月をかけて成果を出してきたということですよね。
クイズノック加入と科学の発信活動
須貝駿貴さんは2017年11月にQuizKnockに加入し、「ナイスガイの須貝です」の自己紹介で広く知られるようになりました。
QuizKnock加入の経緯
須貝さんがQuizKnockに加入したのは博士課程1年目の2017年で、大学院での研究と並行してYouTubeの活動を始めたことになります。
QuizKnockは伊沢拓司さんが中心となって運営する知的エンタメ集団で、「楽しいから始まる学び」をコンセプトに活動しています。
須貝さんはメンバーの中でもとくに明るいキャラクターで、そのユーモアあふれるトーク力と理系の専門知識を活かした企画で人気を集めていますよ。
QuizKnock Labでの科学実験企画
須貝さんはQuizKnockの中でも科学実験に特化した「QuizKnock Lab」のリーダーを務めていました。
理科や科学分野の実験動画の企画やプロデュースを担当し、難しい科学の概念を誰にでもわかりやすく伝えることに力を注いでいます。
須貝さん自身「物理は”物の理”なのでこの世にずっとあるんです。それを面白いと思って見られるようになれば、世界中の全てが面白いと思ってもらえるはず」と語っており、科学の魅力を広く伝えたいという強い信念が感じられます。
サイエンスコミュニケータとしての活動
須貝さんは国立科学博物館認定のサイエンスコミュニケータという資格も保有しています。
サイエンスコミュニケータとは、科学の専門知識を一般の人にわかりやすく伝える役割を担う存在です。
須貝さんはTikTokや個人のYouTubeチャンネルでも科学にまつわるコンテンツを発信しており、QuizKnockの枠を超えて科学教育の普及に貢献しています。
博士号を持つ研究者がエンターテインメントの世界で科学を広める活動をしているというのは、日本ではまだ珍しいケースですよね。
教育者一家で育った家族の背景
須貝駿貴さんの学歴の背景には、教育者一家で育った家庭環境が大きく影響しています。
父親は高校物理教員
結論から言うと、須貝さんの父親は高校の物理教員です。
父親が物理の教員であるという環境は、須貝さんが物理学に興味を持つきっかけとして非常に大きかったのではないでしょうか。
家庭内で自然と科学的な会話が交わされる環境で育ったことが、須貝さんの理系への道を後押ししたと考えられます。
母親は小学校教員
須貝さんの母親は小学校の教員として働いていました。
両親ともに教育者という家庭環境は、学ぶことの大切さが日常的に実感できる環境だったといえますよね。
母親は高校時代の須貝さんのために毎日栄養バランスを考えたお弁当を作ってくれていたとのことで、勉強面だけでなく生活面でもしっかりサポートしていたことがわかります。
弟も教員という教育一家
さらに、須貝さんには弟と妹がおり、弟も教員の道に進んでいます。
母親の姉(須貝さんの伯母)も教員ということですから、まさに教育者一家と呼ぶにふさわしい家庭です。
須貝さん本人は研究者・YouTuberの道に進みましたが、QuizKnockやサイエンスコミュニケータとして「教える」「伝える」活動をしているあたり、教育者の血は確実に受け継がれていますね。
幼少期からたくさん褒められた教育方針
須貝さんは両親から「”賢い””天才だ”と幼少期からたくさん褒めてもらいました」と語っています。
教育者である両親が子供の才能を見つけて積極的に褒めるという教育方針を取っていたことが、須貝さんの自己肯定感や学ぶ意欲の土台を作ったのでしょう。
この家庭環境がなければ、地方の公立校から東大に進学し博士号まで取得するという学歴は実現しなかったかもしれません。
学歴を活かした現在のマルチな活動
須貝駿貴さんは博士号取得後も研究者の経験を活かしながら、多方面で活躍を続けています。
ワタナベエンターテインメント所属
須貝さんはワタナベエンターテインメントに所属するタレントとしても活動しています。
東大で博士号を取得した研究者が大手芸能事務所に所属するというのは異例のキャリアですよね。
テレビ番組への出演やイベントへの登壇など、活動の幅はどんどん広がっています。
2025年3月に結婚を発表
プライベートでは、2025年3月13日に一般女性との結婚を発表しました。
須貝さんは結婚報告の中で「二人になったことで起こる化学反応が楽しみ」と物理学者らしいコメントを寄せており、ファンからも祝福の声が多数寄せられました。
個人チャンネルでの科学発信
2025年1月には個人のYouTubeチャンネルも開設し、科学に関するコンテンツをさらに精力的に発信しています。
TikTokでも科学をテーマにした動画を投稿しており、若い世代を中心に科学への興味を喚起する活動を展開中です。
国立科学博物館でのワークショップ「ナイスガイの須貝と学ぶワークショップ」なども開催しており、学歴と専門知識を最大限に活用したキャリアを築いているといえるでしょう。
学歴が現在の活動に与えた影響
須貝さんの活動を見ていると、東大での学びや博士課程での研究経験がすべてのベースになっていることがわかります。
QuizKnockでの科学企画、サイエンスコミュニケータとしての啓蒙活動、個人チャンネルでの発信など、どの活動も「科学を楽しくわかりやすく伝える」という軸で一貫しています。
京都の地方公立校から東大に進学し、博士号まで取得した学歴があるからこそ、説得力のある科学コンテンツを生み出せているのではないでしょうか。
須貝駿貴の学歴から現在までの総まとめ
- 須貝駿貴は1991年5月12日生まれで京都府舞鶴市出身
- 出身小学校は舞鶴市内の公立校で1学年約23人の少人数環境だった
- 出身中学校は舞鶴市立城南中学校
- 小学2年から中学3年まで約8年間スイミングを継続していた
- 出身高校は京都府立西舞鶴高等学校の理数探究科(偏差値61)
- 高校時代は硬式野球部に所属し部活と勉強を両立
- 高校卒業後1年間の浪人を経験し大阪の予備校に通っていた
- 東京大学理科二類に合格し教養学部統合自然科学科に進学
- 卒業研究で一高記念賞を受賞している
- 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻で修士・博士課程を修了
- 加藤雄介研究室で超伝導の物性理論を研究していた
- 2021年に博士(学術)の学位を取得
- Physical Review Bに第一著者として論文を発表した実績を持つ
- 2017年にQuizKnockに加入し国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータとして活動中
- 父親は高校物理教員、母親は小学校教員という教育者一家で育った

