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杉野遥亮さんの学歴について気になっている方は多いのではないでしょうか。
千葉県八千代市出身の杉野遥亮さんは、偏差値71超の超難関進学校・千葉県立佐倉高校を経て法政大学社会学部に進学した、高学歴イケメン俳優として知られています。
しかし大学では第一志望に入れなかった不本意感からモチベーションが上がらず、大学2年生のときにファッション誌「FINEBOYS」の専属モデルオーディションでグランプリを獲得したことをきっかけに人生が一変します。
大学3年生で法政大学を中退し、俳優の道へと進んでいきました。
この記事では、杉野遥亮さんの小学校から大学までの学歴と、芸能界デビューに至るまでの学生時代のエピソードを詳しく紹介します。
①:佐倉高校は偏差値71超の超難関進学校
②:法政大学社会学部は第一志望ではなかった
③:大学2年でFINEBOYSグランプリを獲得し芸能界入り
④:大学3年で法政大学を中退し俳優専念を決意
杉野遥亮の学歴と小中高時代の全記録
- 杉野遥亮の学歴一覧とプロフィール
- 小学校時代|生徒会とミニバスで活躍
- 八千代市立大和田中学校と学年1位の成績
- 【偏差値71超難関】佐倉高校合格の経緯
- 高校バスケ部とゾーン体験の忘れられない記憶
- 他校にファンクラブ?高校時代のモテ伝説
杉野遥亮の学歴一覧とプロフィール
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ここでは杉野遥亮さんの基本プロフィールと学歴の概要を整理します。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 本名 | 杉野遥亮 |
| 生年月日 | 1995年9月18日 |
| 2026年04月05日現在の年齢 | 30歳 |
| 出身地 | 千葉県八千代市 |
| 身長 | 185cm |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 俳優・モデル |
| 事務所 | スターダストプロモーション |
続いて学歴の一覧をまとめます。
| 学校名 | 所在地・種別 | 補足 |
|---|---|---|
| 八千代市立大和田西小学校 | 千葉県八千代市・公立 | 生徒会・ミニバスケ |
| 八千代市立大和田中学校 | 千葉県八千代市・公立 | バスケ部・学年1位 |
| 千葉県立佐倉高校 | 千葉県佐倉市・公立 | 偏差値71・超難関進学校 |
| 法政大学社会学部 | 東京都町田市・私立(MARCH) | 偏差値55〜57・大学3年で中退 |
杉野遥亮さんは千葉県八千代市の公立小学校・中学校を卒業後、県内屈指の進学校である佐倉高校に進学しています。
高校時代は建築家を目指して理系を選択していましたが、理系科目が苦手で第一志望の大学には合格できず、滑り止めとして受けていた法政大学社会学部に進学しました。
その後、大学2年生のときにFINEBOYSのオーディションでグランプリを獲得し、芸能界入りを果たします。
大学3年生で法政大学を中退し、俳優・モデルとして本格的なキャリアをスタートさせました。
現在は数多くの人気ドラマや映画に出演し、日本を代表する俳優のひとりとして活躍しています。
学歴のルーツから見ても、バスケットボールや勉強への真摯な姿勢が現在の俳優業にも活きていることが伝わってきます。
杉野遥亮さんの主な出演作品
芸能界デビュー以降の主な出演作品を振り返ってみましょう。
2015年にFINEBOYSの専属モデルとしてデビューし、同年にaikoさんのシングル「プラマイ」のミュージックビデオに出演しました。
2016年にはドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」で俳優デビューを果たします。
2017年には映画「キセキ〜あの日のソビト〜」に出演し、菅田将暉さん・松坂桃李さん・成田凌さんとともに「グリーンボーイズ」を結成してCDデビューも果たしています。
2018年には九州朝日放送制作のドラマ「福岡恋愛白書」で初主演を果たしました。
その後も「マウンテンドクター」「オクラ」など人気作に主演・共演し、着実に俳優としての地位を確立しています。
小学校時代|生徒会とミニバスで活躍
杉野遥亮さんが通っていた小学校は、千葉県八千代市立の大和田西小学校(有力)です。
意外にも幼い頃の杉野さんは内向的な性格だったとインタビューで語っています。
ただ外で遊ぶことが大好きで、ゲームなどにはあまり興味がなかったそうです。
ミニバスケットボールチームに加入
小学校時代から地元八千代市にある「ブラックローズ」というミニバスケットボールチームに加入し、早くからバスケットボールに親しんでいます。
身長185cmという現在の体格を見ると、幼い頃からバスケットボールに打ち込んでいたことも納得できますよね。
バスケットボールとの縁は小学校時代に始まり、高校卒業まで続くことになります。
当時は外で遊ぶのが大好きで活発な一面もありましたが、人前では少し内向的という不思議な二面性を持った子どもだったようです。
生徒会と書道で才能を発揮
小学校5年生のときには生徒会の活動にも参加しており、当時から模範的な生徒として知られていました。
全校生徒1000人をまとめる生徒会として活躍するなど、リーダーシップも兼ね備えていたようです。
また、習ったことがないにもかかわらず書道で何度も金賞を受賞するなど、様々な分野で才能を発揮しています。
「人前に出るのが恥ずかしい」と本人が語っているにもかかわらず、生徒会で活躍できていたとはなかなかの精神力ですよね。
バレンタインデーにも積極的
5年生のときに好きな女の子に「俳優になる」と言ったエピソードも残っており、当時から何となく俳優という職業を意識していたことが伺えます。
「”俳優になる”って好きな子に言ったことがあります。でも、本気でそう思っていたわけではなくて、何となく言っていたような気もします。バスケをやっていたのでバスケットボール選手になりたいとか、そういう感じでした」とインタビューで話しています。
バレンタインデーには本命チョコを2個もらったというエピソードも残っており、小学校時代からすでにモテていたことがわかります。
外で遊ぶことが好きで活動的、かつ書道や生徒会でも活躍と、バランスの取れた小学生だったようです。
八千代市立大和田中学校と学年1位の成績
杉野遥亮さんの出身中学校は、千葉県八千代市の八千代市立大和田中学校です。
地元の公立中学校で、小学校と同じ八千代市内の学校に進学しています。
中学受験を断念した経緯
実は杉野さんは当初、中学受験をして私立の中高一貫校に進学しようと考えていたとのことです。
しかし、周りの友達が楽しそうにバスケットボールをやっているのを見て、中学受験を断念してしまったと話しています。
バスケットボールへの情熱が、進学の方向性を変えてしまったわけですね。
中学入学後も引き続きバスケットボール部に所属し、部活動に情熱を注いでいます。
当時はほかにやりたいことが見つからなかったこともあり、なおさら部活動に集中したとのことです。
学年1位を取るほどの優秀な成績
中学時代は学年で1位を取ったこともあるほど成績が優秀でした。
文武両道を地でいく毎日で、部活と塾と学校を行き来する規則正しい生活を送っていたといいます。
一方で本人は「人前に出るのが恥ずかしかった」と話しており、内向的な一面もあったようです。
また中学時代まではごく普通の規則正しい生活になじんでいたと話しており、模範的な生徒だったことが伝わってきます。
小学校での生徒会活動とはギャップがありますが、思春期に入って自意識が高まったのかもしれません。
祖母の勧めで佐倉高校を受験
佐倉高校への受験を決意した背景には、亡くなった祖母の勧めがあったといいます。
佐倉高校は偏差値71以上の超難関進学校で、当時の杉野さん自身も「手が届かないような場所」と感じていたそうです。
それでも祖母の言葉を胸に挑戦したのは、祖母への強い思いがあったからかもしれませんね。
なお中学2年生のときに初めて女子と交際しており、勉強・部活・恋愛とアクティブな中学生活を送っていたことがわかります。
大和田中学校の主な卒業生には女優の阿南敦子さんがいます。
公立中学校ながらも優秀な生徒を多く輩出しており、地元では評判の高い中学校のようです。
【偏差値71超難関】佐倉高校合格の経緯
杉野遥亮さんの出身高校は千葉県立佐倉高校です。
偏差値71以上という超難関進学校で、千葉県内でもトップクラスの学力を持つ生徒が集まる学校として知られています。
佐倉高校とはどんな学校か
千葉県立佐倉高校は1972年開校で、藩校がルーツという長い歴史を持つ伝統校です。
古くから県内でもトップクラスの進学校として知られており、毎年多くの生徒が東京大学・早稲田大学・慶応義塾大学などの難関大学に進学しています。
2023年度の主な進学実績は次のとおりです(浪人生含む)。
| 大学名 | 合格者数 |
|---|---|
| 東京大学 | 2名 |
| 一橋大学 | 3名 |
| 京都大学 | 1名 |
| 千葉大学 | 42名 |
| 早稲田大学 | 65名 |
| 慶応義塾大学 | 15名 |
| 上智大学 | 34名 |
| 東京理科大学 | 64名 |
このように非常に高い進学実績を誇る学校であり、当時は一般受験でしか入学できなかったため、杉野さんはかなりの学力を持っていたことがわかります。
入試本番で10分余らせて合格
杉野さんは入試本番で苦手な数学の問題を解き終え、10分時間を余らせたという逸話が残っています。
本人が「手が届かないような場所」と語っていた学校に、実力で合格を果たした瞬間でした。
受験が終わった後、亡くなった祖母への報告ができたことは杉野さんにとって大きな喜びだったことでしょう。
同校の主な卒業生には、俳優の藤木直人さんや元プロ野球選手の長嶋茂雄さん、BUMP OF CHICKENの増川弘明さん・升秀夫さんなど著名人が多数います。
このような卒業生を見ると、佐倉高校が幅広い分野で活躍する人材を輩出してきた学校であることがわかりますよね。
文理選択での後悔と夢は建築家
高校1年生のときの文理選択が「唯一人生で後悔していること」だと本人が語っています。
当時は将来の夢が建築家だったため、理系を選びたいという気持ちもありました。
加えて「友達がみんな理系だったので、高校生活をエンジョイするために理系に進んだ」という理由も明かしています。
しかし蓋を開けてみると理系科目がまったくできず、大学受験でも理系の大学・学部には合格できませんでした。
「唯一人生で後悔しているのが、高校1年生の時の文理選択なんです。文系はとても得意だったんですけど、友達がみんな理系だったので自分も高校生活をエンジョイするために理系に進んで。そしたらまったく理系科目ができなかったんです(笑)」とインタビューで話しています。
高校バスケ部とゾーン体験の忘れられない記憶
佐倉高校でも杉野遥亮さんはバスケットボール部に所属し、部活動に打ち込んでいます。
小学校のミニバスから始まり、中学校・高校と一貫してバスケットボールを続けた、まさにバスケ一筋の学生時代でした。
厳しい顧問がメンタルを鍛えた
バスケットボール部の顧問の教師がとても厳しかったと、杉野さんはインタビューで振り返っています。
その厳しさのおかげでメンタルが強くなったと語っており、今の俳優業にも活きていると述べています。
苦しい練習を乗り越えてきた経験は、芸能界でも折れない精神力の源になっているようです。
地区大会を優勝するなど、チームとして結果も残していました。
人生最高の「ゾーン」体験
杉野さんが高校時代の一番の思い出として語るのが、バスケットボールの試合での「ゾーン」体験です。
「自分のプレーが”何もかもうまくいきすぎる”試合があったんです。集中力が途切れることなく、誰にも負ける気がしなくて、どんな体勢からでもシュートが面白いように何本も決まる。プロのスポーツ選手が”ゾーン”と呼ぶような状態でプレーをできたことが忘れられない思い出です」とインタビューで話しています。
アスリートが極限の集中状態に入ったときに経験するという「ゾーン」を、高校時代に体験していたとは驚きですよね。
その体験が今でも忘れられないほど鮮明なものだったことが伝わってきます。
映画「春待つ僕ら」でのバスケシーン
2018年に出演した映画「春待つ僕ら」では、バスケットボール部のリーダー格の役を演じています。
経験者だけあって動きが本物で、共演者との差が歴然としていたと話題になりました。
学生時代に打ち込んだスポーツが後の俳優としての演技にも活きるという素晴らしいエピソードです。
また杉野さんは高校時代、一時期気持ちが切れて不登校になった時期があったとも語っています。
超難関進学校でのプレッシャーや、勉強・部活の両立の難しさによるものかもしれません。
それでも法政大学に現役合格を果たしているのですから、さすがの学力と言えるでしょう。
他校にファンクラブ?高校時代のモテ伝説
偏差値71の進学校に通いながらバスケットボール部で活躍し、さらにイケメンとくれば学校でモテるのは当然かもしれませんね。
杉野遥亮さんの高校時代には、数々のモテエピソードが残っています。
他校の女子にファンクラブが結成
杉野さんは高校時代、他校の女子生徒にファンクラブが結成されるほどの人気を誇っていました。
バスケットボール部の試合の際には、他校の女子生徒たちが押しかけてきたという伝説的なエピソードも残っています。
さらに杉野さんが通学で使う電車を調べて待ち伏せをした女子生徒もいたというから驚きです。
バラエティ番組「火曜サプライズ」に出演した際には、学校で2番目くらいにモテていたことを自ら明かしています。
185cmの高身長でバスケが得意、かつ進学校に通う優秀な男子ですから、モテるのも納得ですよね。
高校入学直後の失恋と恋愛のトラウマ
ところが実は、杉野さんには高校入学直後に大きな失恋の経験があります。
小学校時代から片思いしていた女性に高校入学早々に告白したところ、フラれてしまったというのです。
「当時、”恋って何? 好きって何?”と、恋愛自体がよく分からなくなってしまったんです」とインタビューで語っています。
この体験はトラウマになってしまったようで、その後付き合った女性とも、友達から「似合わないよ」と言われたことで別れてしまったという逸話も残っています。
モテてはいるけれど、どこか恋愛が不器用な杉野さんの素顔が垣間見えますよね。
他校にファンクラブができるほどの人気者でありながら、恋愛には不器用な一面を持つというギャップが、かえって魅力的に見えるのかもしれません。
杉野遥亮の学歴②法政大学と芸能界への転身
- 【MARCH】法政大学社会学部の偏差値と入学
- 第一志望落ちと不本意な大学生活の実態
- FINEBOYSグランプリ獲得と芸能界デビュー
- 法政大学中退と俳優専念への決断
- 弟の大学と杉野家の兄弟エピソード
【MARCH】法政大学社会学部の偏差値と入学
杉野遥亮さんは高校卒業後、法政大学社会学部に進学しています。
法政大学は「MARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)」と呼ばれる有名私立大学グループのひとつで、全国的に知名度の高い難関大学です。
法政大学社会学部とは
法政大学社会学部には、メディア社会学科・社会学科・社会政策学科の3学科があります。
各学科の偏差値は55〜57程度で、GMARCHの中でも入学難易度の高い学部のひとつです。
杉野さんが在籍した学科は明らかにされていませんが、いずれの学科も高い学力を持つ学生が集まっています。
法政大学社会学部のキャンパスは東京都町田市にある多摩キャンパスです。
杉野さんは千葉県八千代市の実家から多摩キャンパスまで、毎日片道2時間かけて通学していました。
往復で4時間の通学は相当な時間的負担であり、これが大学生活の充実度に影響を及ぼした可能性もあります。
実は学校に内緒で受験していた
杉野さんは佐倉高校時代、「国公立大や有名私大以外は認めない」という学校からの無言のプレッシャーがあったと語っています。
センター試験を受験したものの全滅し、学校にも塾にも内緒で法政大学の社会学部だけを受験していたことが明らかになっています。
結果として法政大学のみが合格し、進学を決めたという経緯があります。
第一志望の理系学部や建築学科への夢は叶わなかったものの、GMARCHに現役合格した事実は杉野さんの学力の高さを物語っています。
不本意ながらも法政大学に進学したことが、後のFINEBOYSオーディション挑戦へとつながるきっかけになるわけです。
人生とは本当に不思議なもので、ひとつの「不本意」が大きなチャンスへの扉を開けることがありますよね。
第一志望落ちと不本意な大学生活の実態
法政大学進学後の杉野遥亮さんは、自分が望んだ大学・学部ではないという思いから、大学生活に身が入らない状態が続きました。
「進学したのが第一志望の学部ではなく不本意な気持ちもあったせいか、サークルにも入る気にもならず、毎日2時間かけて家と学校を往復する単調な日々に飽き飽きしていました」と語っています。
アルバイト三昧の日々
サークルにも入らず、勉強にも身が入らなかった杉野さんが時間を費やしたのがアルバイトです。
コンビニや居酒屋、バーなどの接客業のアルバイトをしていたといいます。
「黙々と仕事をするよりも、いろんな人と関わるほうが性に合っているみたいなので、接客業を選びました」と話しています。
アルバイト先でお酒をこぼして客に怒鳴られるなど、理不尽な場面も経験しています。
しかし「メンタルを鍛えられた」と前向きに捉え、接客業を通じて謙虚な姿勢を学んだと話しています。
自分のやりたいことを見失っていた
当時の杉野さんは「自分が何をやりたいのかよくわからなくなっていた」と振り返っています。
建築家になるという夢は第一志望の大学に入れなかった時点で遠のき、かといって社会学の勉強への情熱もなく、方向性を見失っていたのかもしれません。
ただそのモラトリアムな時期が、後の芸能界挑戦への原動力になったと考えると、この時期の経験も決して無駄ではなかったといえます。
また杉野さんは大学生活を振り返って「自分は高校時代からサラリーマンには向かないと感じていた」と語っています。
一般的な就職活動への抵抗感が、芸能界という別の道への踏み出しを後押ししたのかもしれません。
毎日4時間の通学に、やりがいを感じられないアルバイト生活。それでも何かを変えたいという気持ちが心の中に燻り続けていたのではないでしょうか。
FINEBOYSグランプリ獲得と芸能界デビュー
杉野遥亮さんの人生を大きく変えたのが、大学2年生(20歳)のときに応募したファッション誌「FINEBOYS」の専属モデルオーディションです。
このオーディションでグランプリを獲得したことが、俳優・杉野遥亮の誕生につながりました。
友人の勧めで軽い気持ちで応募
オーディション応募のきっかけは、高校時代の友人からの勧めでした。
「大学受験で第一希望校に入れなかったことと、とくにサークルに入るわけでもなく、つまらない日々を過ごしていて。昔から周りに”やってみれば?”って言われていたこともあって、ふと、じゃあ挑戦してみようかな?という軽い感じで友達と一緒にオーディションを受けたんです」とインタビューで語っています。
当初は「なんとか日常を変えたい」という思いで応募したというのですから、グランプリ獲得は本人にとっても大きな驚きだったことでしょう。
審査が進むにつれて真剣になった
最初は軽い気持ちだったものの、審査が進むにつれて心境が変わっていったといいます。
「審査が進むにつれて”やばい!どうしよう”と、どんどん緊張していきました。グランプリの報告を受けたときも、本当にビックリして、最初は信じられませんでした。友達と一緒にいるときに電話がかかってきたんですが、今思えば自分史上一番大人な対応で電話を受けた気がします(笑)」とエピソードを明かしています。
合格の電話を受けた瞬間の杉野さんの驚きが目に浮かびますよね。
履歴書に「ウソ」を書いていた
じつはオーディションに応募した際の履歴書に「ウソ」を書いていたことを本人が認めています。
事務所に入所した後に白状したそうですが、具体的な内容については明かされていません。
「軽い気持ちで応募した」という当時のマインドを考えると、多少の盛り込みをしたとしても不思議ではないかもしれません。
2015年にFINEBOYSの専属モデルとして正式デビューし、同年にaikoさんのシングル「プラマイ」のミュージックビデオに出演しています。
翌2016年にはドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」で俳優デビューを果たし、芸能界での存在感を急速に高めていきました。
法政大学中退と俳優専念への決断
FINEBOYSのグランプリ獲得後、杉野遥亮さんは俳優・モデルとしての活動が本格化していきます。
そして大学3年生で法政大学を中退し、俳優業への専念を決意しました。
中退を決意した理由
「今春、大学も辞めてこの道で生きていくと決めたので、あらゆる経験を糧にして、息の長い俳優になりたいです」と中退当時にコメントしています。
第一志望の大学でもなく、自分がやりたいことでもない勉強を続けるよりも、グランプリ獲得を機に見えてきた芸能の道に賭けることを選んだのです。
杉野さんは「大学に進学してから”自分が何をやりたいのかよくわからなくなって良い選択をした”」とも語っており、大学中退が自分の道を切り開くきっかけになったと前向きに捉えています。
中退後の急成長
中退後の杉野さんは、飛躍的な活躍を見せます。
2016年にドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」で俳優デビューを果たし、2017年には映画「キセキ〜あの日のソビト〜」に出演。
この映画では菅田将暉さん・松坂桃李さん・成田凌さんとともに「グリーンボーイズ」を結成し、CDデビューも果たしています。
2018年には九州朝日放送制作のドラマ「福岡恋愛白書」で初主演を果たし、主役としての実力も証明しました。
松坂桃李さんからの影響
俳優への道を歩むにあたって、同じ事務所に所属する松坂桃李さんから大きな影響を受けたと述べています。
松坂さんの俳優としての姿勢や仕事ぶりを間近で見て、「俳優をやりたいという気持ちが確固たるものになって、確実に意識が変わった」と語っています。
現在では「マウンテンドクター」「オクラ」など人気作に次々と主演・共演し、名実ともにトップ俳優の仲間入りを果たしています。
法政大学を中退してから数年で日本を代表する俳優へと成長した杉野さんのキャリアは、まさに劇的な変化といえるでしょう。
弟の大学と杉野家の兄弟エピソード
杉野遥亮さんの家族構成は、両親と弟を合わせた4人家族です。
弟の存在については複数のメディアで言及されており、兄弟仲の良さが伺えます。
弟の大学情報について
関連検索キーワードで「杉野遥亮 弟 大学」が多く検索されていますが、弟さんの大学については現時点で公式な情報は公開されていません。
弟さんの名前・年齢・大学名などの詳細なプロフィールは明らかにされておらず、プライバシーに配慮して非公表にしていると考えられます。
杉野遥亮さん自身が偏差値71の佐倉高校・法政大学という高学歴であることを考えると、弟さんも学力の高い可能性はあります。
ただし現時点では確認できる情報がないため、弟さんの学歴については確定的なことは言えません。
地元千葉で育った兄弟
杉野家は千葉県八千代市を拠点に生活しており、杉野さん自身も大学進学後も実家から通学していました。
地元・八千代市での生活が長かったことから、兄弟ともに同じ地域の学校に通っていた可能性が高いです。
杉野さんが高校時代の友人の勧めでオーディションに挑戦したエピソードからも、家族や友人との絆を大切にする人柄が伝わってきます。
芸能界で多忙な日々を送りながらも、家族との関係を大切にしている様子がインタビューから伺えます。
杉野遥亮の学歴と俳優への道|総まとめ
- 出身小学校は八千代市立大和田西小学校で、生徒会とミニバスで活躍していた
- 出身中学校は八千代市立大和田中学校で、学年1位を取るほどの優秀な成績だった
- 出身高校は千葉県立佐倉高校で偏差値は71以上の超難関進学校
- 佐倉高校への進学は亡くなった祖母の勧めがきっかけだった
- 高校バスケ部では地区大会優勝と「ゾーン」体験という忘れられない記憶が残る
- 他校の女子にファンクラブが結成されるほどモテていたが、恋愛は不器用な一面も
- 大学受験では第一志望の理系学部に落ち、法政大学社会学部(MARCH)に進学した
- 法政大学社会学部の偏差値は55〜57で、GMARCHの中でも難関の学部
- 千葉の実家から東京の多摩キャンパスまで片道2時間の通学を続けていた
- 大学ではサークルにも入らず、コンビニ・居酒屋・バーなどの接客業アルバイトで日々を過ごした
- 大学2年(20歳)のとき「FINEBOYS」専属モデルオーディションでグランプリを獲得し芸能界入り
- 大学3年生で法政大学を中退し、俳優業への専念を決意した
- 2017年には映画「キセキ」で菅田将暉・松坂桃李・成田凌と共演しCDデビューも果たした
- 俳優業への転向にあたっては同事務所の松坂桃李さんから大きな影響を受けている
- 現在は人気ドラマ・映画に主演・共演し、日本トップクラスの俳優として活躍中

