戸上隼輔の学歴|野田学園高校から明治大学政治経済学部へ

戸上隼輔の学歴|野田学園高校から明治大学政治経済学部へ

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卓球選手・戸上隼輔さんの学歴について気になっている方は多いのではないでしょうか。

戸上さんは三重県津市出身の卓球選手で、父親が1982年インターハイ男子ダブルス優勝の元卓球選手というスポーツ一家に生まれ、津市立橋南中学校から山口県の野田学園中学校に転校し、野田学園高校を経て明治大学政治経済学部へと進んだ経歴の持ち主です。

2025年には世界卓球ダブルス優勝(64年ぶりの日本勢金メダル)という偉業を達成した戸上さんの学歴を、出身校のエピソードとともに徹底解説します。

記事のポイント

①:父親は1982年インターハイ男子ダブルス優勝の元卓球選手だ

②:中学は津市立橋南中から野田学園中学校に転校した

③:野田学園高校(偏差値44〜62)でインターハイ優勝を果たした

④:大学は明治大学政治経済学部(偏差値63)でスポーツ推薦で進学した

戸上隼輔の学歴|橋南中・野田学園から明治大へ進んだ経緯

  • 【学歴一覧表】戸上隼輔の出身校と偏差値まとめ
  • 【小学校】津市立修成小学校と3歳からの卓球人生
  • 【中学校】橋南中から野田学園中への転校と成長
  • 【高校】野田学園高校でのインターハイ2連覇
  • 【大学】明治大学政治経済学部への進学理由

【学歴一覧表】戸上隼輔の出身校と偏差値まとめ

 
 
 
 
 
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まず、戸上隼輔さんの学歴を表にまとめてみましょう。

学校 校名 偏差値・備考
小学校 三重県津市立修成小学校 公立校・3歳から地元クラブで卓球開始
中学校 津市立橋南中学校→野田学園中学校(転校) 橋南中は公立・野田学園中は偏差値47
高校 野田学園高校(山口県) 偏差値44〜62(コース別)
大学 明治大学 政治経済学部 偏差値63・スポーツ推薦で進学
卒業後 井村屋グループ(実業団) 2024年4月入社

戸上隼輔のプロフィールまとめ

項目 詳細 2026年05月02日現在の年齢
本名 戸上隼輔(とがみ しゅんすけ)
生年月日 2001年8月24日 24歳
出身地 三重県津市
身長 170cm
血液型 A型
所属 井村屋グループ

学歴の特徴:父子鷹で歩んだ卓球の名門路

戸上さんの学歴の最大の特徴は、父親が元インターハイチャンピオンという「卓球一家」に生まれ育ったことです。

父親は1982年のインターハイ男子ダブルスで優勝した元卓球選手で、兄2人も卓球経験者という家庭で3歳から卓球を始めた戸上さんは、幼い頃から卓球エリートとしての環境が整っていました。

中学では地元・三重県から山口県の卓球強豪校・野田学園に単身乗り込み、そのまま野田学園高校へ内部進学。

高校2年でインターハイを制覇した後、水谷隼さんや丹羽孝希さんら五輪選手を輩出した明治大学卓球部の名門に進みました。

2025年世界卓球ダブルス優勝という最大の実績

2025年に篠塚大登さんとのペアで世界卓球男子ダブルスを優勝し、日本勢として64年ぶりの金メダルを獲得しました。

全日本選手権でも2022年・2023年とシングルス2連覇を達成し、現在の日本男子卓球界の中心選手の一人として活躍しています。

学歴が形成した「エリート街道」の全体像

戸上さんの学歴を俯瞰すると、単なる学校名の羅列ではなく、「強さを求めて環境を選び続けた」一本の道が浮かんできます。

三重の地元から山口の強豪校へ、そして全国トップの明治大学卓球部へと、常に自分が成長できる最高の環境を選んできた姿勢が、世界チャンピオンという結果に直結しています。

【小学校】津市立修成小学校と3歳からの卓球人生

戸上隼輔さんの出身小学校は、三重県津市立修成(しゅうせい)小学校です。ここから世界チャンピオンへの歩みが始まりました。

津市立修成小学校での幼少期

三重県津市立修成小学校は、津市内の公立小学校です。

戸上さんはここで小学生時代を過ごしましたが、卓球のスタートはさらに早く、わずか3歳から三重県のクラブチーム「松生TTC」で卓球を始めています。

家族構成は両親と兄2人の5人家族で、3人兄弟の末っ子として生まれた戸上さん。兄2人が卓球クラブに通っていたことがきっかけで卓球を始めたという、典型的な「兄の影響で卓球を始めた」パターンです。

父親・戸上選手(元インターハイチャンピオン)の影響

戸上さんの卓球人生に最も大きな影響を与えたのが、父親の存在です。

父親は1982年のインターハイ男子ダブルスで優勝を果たした元卓球選手で、現在でも高いレベルでの卓球経験を持っています。

卓球選手の家庭に生まれ、兄たちも卓球クラブに通い、そして自分も3歳からクラブで練習するという環境は、戸上さんの才能を自然に育む土台となりました。

「家族の全員が卓球経験者」という環境が、幼少期から卓球への意識を高め続けてきたことは間違いありません。

小学生時代の主な成績

小学1年生から試合に出場し始めた戸上さんは、早くも全日本ホカバ(全日本ホープス・カブ・バンビ選手権)に出場しています。

時期 大会・成績
2009年(小1) 全日本ホカバ バンビの部 準優勝
2013年(小5) 全日本ホカバ ホープスの部 準優勝

小学生時代からすでに全国レベルの実力を持つ選手として、将来を嘱望される存在でした。

三重県から全国へ:地元クラブでの基礎形成

戸上さんは地元三重県の松生TTCでの活動を通じて、卓球の基礎を磨いていきました。

三重県は卓球の競技人口が比較的少なく、地元だけでは世界を目指すには限界があります。全国トップレベルの選手と対戦・練習する機会を求めて、中学進学を機に山口県の野田学園に単身乗り込むことになります。

【中学校】橋南中から野田学園中への転校と成長

戸上隼輔さんの中学時代は、地元の公立校から全国的な卓球強豪校への転校という大きな転換点がありました。

津市立橋南中学校への入学

戸上さんが最初に進学したのは、地元三重県津市の津市立橋南(きょうなん)中学校です。

公立の中学校で偏差値は設定されていませんが、地元での学校生活をスタートさせました。

ただし戸上さんは「全国レベルの選手になるために」すぐに山口県の野田学園中学校への転校を決意します。橋南中学校での在籍期間は短いものでしたが、地元での生活が後の寮生活への適応力を養ったとも言えます。

野田学園中学校への転校と寮生活

野田学園中学校(偏差値47)は山口県山口市にある私立中学校で、卓球部は全国大会の常連校として知られています。

戸上さんは単身で山口県に移住し、寮生活を送りながら卓球の技術を磨きました。

地元三重県から遠く離れた山口での寮生活は、中学生にとって大きな試練でもありました。

しかし「この中学校に転校したことで厳しい環境の中で上下関係や技術面、加えて精神面でも大きく成長するきっかけとなった」と言われており、この環境での経験が戸上さんを急成長させました。

野田学園中学校での成績と活躍

野田学園中学校での環境が戸上さんの才能を急速に開花させました。

時期 成績
中学1〜2年 全日本選手権カデット13歳以下男子シングルス3位
中学2〜3年 全日本選手権14歳以下男子シングルス準優勝
中学時代全般 全日本卓球選手権大会男子シングルスで優勝

「この頃から卓球選手として将来を嘱望されている」と評されるほどの活躍を見せ、全国トップレベルの選手へと成長していきました。

野田学園での人間形成と卓球哲学の確立

野田学園中学校での寮生活は、戸上さんの人間形成においても重要な意味を持ちます。

地元を離れ、見知らぬ土地で同世代の卓球エリートたちと切磋琢磨した経験は、後の大学生活や実業団での活動においても活きています。

宇田幸矢さんとは高校も大学も同じ道を歩むことになりますが、中学時代の戸上さんはJOCエリートアカデミーではなく野田学園という別の強豪校ルートを選んでいた点が興味深いです。

【高校】野田学園高校でのインターハイ2連覇

野田学園中学校からそのまま内部進学で進んだ野田学園高校では、戸上隼輔さんは高校卓球界の頂点に立ちます。

野田学園高校とはどんな学校か

野田学園高校は山口県山口市にある私立の共学校で、1877年開校の伝統校です。

男子卓球部が特に強豪で知られており、吉村真晴さん(元世界代表)なども輩出しています。

コース 偏差値
特別進学Sコース 62
特別進学Aコース 59
グローバル・インターナショナルコース 57
進学コース 44

戸上さんがどのコースに在籍していたかは非公表ですが、系列の中学校からの内部進学として高校へ進んでいます。

高校1年からのTリーグ契約という異例の待遇

戸上さんは高校1年生の頃からすでにチームの主力選手として活躍し、高校生ながらにノジマTリーグのT.T彩たまと契約を結ぶという異例の評価を受けました。

プロチームが高校生と契約するのは卓球界でも珍しいことで、戸上さんの突出した才能の証明でもあります。

インターハイ2連覇と高校時代の輝かしい実績

野田学園高校での高校時代、戸上さんが残した主な実績は以下の通りです。

時期 大会・成績
2018年(高2) インターハイ男子シングルス優勝・T.T彩たまと契約
2018年(高2) ITTFチャレンジ・ベルギーオープンU21男子シングルス優勝
2018年(高2) 全日本卓球選手権大会ジュニア男子3位
2019年(高3) インターハイ男子シングルス・ダブルス優勝(2連覇達成)

特に高校2・3年時のインターハイ2連覇は、戸上さんが全国最強の高校生卓球選手であることを証明するものでした。

高校時代の進路選択:プロよりも大学を選んだ理由

インターハイ2連覇という実績を持つ戸上さんには、高校卒業後にプロの道に進む選択肢もあったはずです。

しかし戸上さんは「強くなるためには整った環境が必要だと思い、この大学への進学を決意した」と語っています。

「水谷さんたちのように世界で活躍されている偉大な先輩たちと肩を並べ、いずれは超えたいという気持ちもあって、明治大に進むことを決めたんです。実際に卓球部は層が厚く、卓球に熱心な人がたくさんいたので、『ここなら強くなれる』と実感しました」

この言葉には、単に強い選手になりたいだけでなく「世界の先輩たちを超えたい」という高い志が込められています。

【大学】明治大学政治経済学部への進学理由

2019年4月、戸上隼輔さんは明治大学政治経済学部に進学しました。大学進学と同時に、長年のダブルスパートナーとなる宇田幸矢さんとの同窓生活が始まります。

明治大学政治経済学部の特徴

明治大学政治経済学部の偏差値は63(やや難関)です。一般受験での入学はかなりの難易度ですが、戸上さんはスポーツ推薦での入学の可能性が高いとされています。

政治経済学部では、政治学・経済学・地域行政学という3つの専門分野を学ぶことができます。卓球との両立という点では、スポーツ推薦入学後のカリキュラムが比較的柔軟に対応できる環境が整っています。

明治大卓球部での同期との関係

同期として同じ明治大卓球部に入部したのが、宇田幸矢さんと宮川昌大さんです。

宇田さんはエリートアカデミー/大原学園出身の全日本王者として、宮川さんも野田学園高出身として同期入部しています。

宇田さんとのダブルスは大学1年時(2020年)から本格化し、同年9月にはアジアジュニア卓球選手権での優勝という結果を早速残しています。

大学1年:コロナ禍での競技活動と早期の結果

2020年は新型コロナウイルスの流行で大会が大幅に減少した特殊な年でしたが、戸上さんは柔軟に対応しています。

時期 出来事
2020年4月 明治大学政治経済学部入学
2020年 全日本選手権男子シングルスベスト4
2020-21シーズン TリーグのT.T彩たまで優勝の立役者となる
2021年 東京五輪日本代表(リザーブ選手として帯同)

大学2〜4年:全日本2連覇と世界選手権での躍進

大学時代を通じて戸上さんは右肩上がりで成績を伸ばしました。

2022年には全日本選手権男子シングルス優勝(初優勝)と男子ダブルス優勝(宇田幸矢と)を達成し、2023年もシングルスを連覇するという偉業を成し遂げます。

「大学時代は新型コロナウイルスが流行しており、朝食と夕食は明治大学の寮でとるので、外出するのは昼食時くらいなんですが、その外出も極力控えました」という逸話からも、大学の寮で過ごした時間の多くを練習に充てた様子がうかがえます。

戸上隼輔の学歴が育んだ卓球人生の軌跡

  • 宇田幸矢との世界選手権銅メダルと師弟関係
  • 全日本選手権2連覇と日本エースへの道
  • パリ五輪での悔しい経験と新コーチ就任
  • 2025年世界卓球ダブルス優勝・64年ぶりの金メダル

宇田幸矢との世界選手権銅メダルと師弟関係

 
 
 
 
 
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戸上隼輔さんの競技キャリアにおいて、同期の宇田幸矢さんとのダブルスペアは非常に重要な意味を持ちます。

宇田・戸上ペア結成の経緯

2人は野田学園高校(戸上)とJOCエリートアカデミー(宇田)という異なるルートで卓球を続けてきましたが、2020年4月に同じ明治大学卓球部の同期として一緒になりました。

ダブルスペアとしては中学・高校時代からある程度の接点はあったと推測されますが、本格的に組み始めたのは大学進学後です。

2021年世界選手権銅メダルへの道

2人はアジア選手権での金メダルを経て、2021年世界卓球選手権でダブルス銅メダルを獲得しました。

宇田さんは「アジア選手権以前の大会で負けてしまって改めて見つめ直した。お互いの役割を再認識してからアジア選手権優勝し、その自信をもって世界選手権に臨んだのが大きかった」と振り返っています。

戸上さんについて宇田さんは「尊敬しているのは一定でずっと頑張れること。継続できる。ずっと同じ熱量で。自己管理ができているところ」と評しています。

ダブルスペアとしての強みと役割分担

宇田・戸上ペアの強みは、2人とも高い攻撃力を持ちながらもバランスのとれた役割分担にあります。

宇田さんが安定役を担い、戸上さんが積極的に攻撃する形で「お互いの攻撃力をうまく使い分ける」スタイルが確立されました。

「長い付き合いでもあるので信頼関係も高い。あんまりダブルスの内容でもめない」(宇田さん談)というほど、2人の関係は競技面でも人間面でも信頼で結ばれています。

インカレ優勝と大学時代の集大成

2022年には全日本大学総合選手権(インカレ)で明治大学チームが優勝し、戸上さんはその中心選手として貢献しました。

「高山監督にも気持ちの面ですごく支えてもらった。チームのみんなとも仲良くやれて楽しかった」という宇田さんの言葉は、戸上さんにも共通する感情でしょう。

三重県津市の橋南中学校から野田学園、そして明治大学へと続く学歴を通じて積み上げてきた実力と精神力が、宇田・戸上ペアという日本卓球界最強のダブルスペアを生み出したと言えます。

全日本選手権2連覇と日本エースへの道

戸上隼輔さんの国内での実績として最も輝かしいのが、全日本選手権シングルスの2連覇(2022年・2023年)です。

2022年全日本選手権優勝:初の日本一

2022年1月の全日本選手権で、戸上さんは初優勝を達成しました。

男子シングルスと男子ダブルス(宇田幸矢と)の2冠を達成するという素晴らしい結果で、明治大学の先輩・水谷隼さん以来の名門大学出身の全日本チャンピオンとして注目を集めました。

2023年全日本選手権:連覇達成

翌2023年も全日本選手権シングルスを制し、2連覇を達成します。

2連覇という実績は戸上さんが一時的な王者ではなく、安定した実力を持つ真の日本エースであることを証明しています。

全日本選手権成績 その他主な成績
2022年 男子シングルス優勝・ダブルス優勝 世界卓球団体戦銅メダル
2023年 男子シングルス優勝(2連覇)
2024年 男子シングルス準優勝 パリ五輪代表(シングルス・団体)

2連覇を支えた「波がないメンタル」

戸上さんの強みのひとつは、精神的な安定感です。

宇田さんが「戸上って意外と波がないんですよ。一定でずっと頑張れる。継続できる。ずっと同じ熱量で」と評した通り、浮き沈みの少ない安定したパフォーマンスが2連覇を可能にしました。

父親という最高の手本を間近に見て育ち、野田学園での単身の寮生活で自己管理能力を養い、明治大学で名門チームの中で磨かれた——そのすべての経験が、この安定したメンタルの源泉となっています。

2連覇が証明した「本物の実力者」としての立場

全日本選手権の2連覇は一時的な勝利ではなく、安定した日本一であることの証明です。

2022年は全日本初優勝と同時にダブルスでも優勝(宇田幸矢と)の2冠を達成し、国内では誰も止められない存在としての地位を確立しました。

父親がインターハイ優勝の元卓球選手という卓球一家の誇りを受け継ぎ、息子・隼輔さんが全日本チャンピオンとなった父子鷹の物語は、卓球ファンの間でも語り継がれています。

野田学園での厳しい環境での修業から始まり、明治大学の名門チームでの4年間を経て到達した全日本王者の座は、戸上さんの学歴が育んだ集大成そのものといえるでしょう。

パリ五輪での悔しい経験と新コーチ就任

2024年パリ五輪は、戸上隼輔さんにとって悔しさが残る大会となりました。

パリ五輪での苦境

2024年のパリ五輪には男子シングルスと男子団体で出場した戸上さんでしたが、シングルスベスト16、団体4位という結果でメダルを逃しました。

さらに世界卓球2024では現地入り直後にインフルエンザに感染して欠場するという不運も重なりました。

「一時ほどの勢いがなくなり、世界ランクも落ちてきている」という評価がなされるほど、パリ五輪前後は苦しい時期が続きました。

元日本代表・上田仁との専属コーチ契約

この状況を打開するため、2025年春に元日本代表の上田仁さんと専属コーチ契約を締結しました。

上田さんは豊富な国際経験を持つ元世界代表で、その知見とコーチングを取り入れることで、戸上さんは再び上昇気流に乗ることを目指しています。

経験豊富なコーチを味方につけた判断は、野田学園に単身乗り込んだ中学時代の「強くなるために最良の環境を求める」姿勢と重なります。

パリ五輪の悔しさが2025年への糧に

パリ五輪での悔しい結果は、2025年世界卓球ダブルス優勝という形で結実します。

「五輪で悔しい思いをしたので、この大会ではメダルを目指して臨みました」(篠塚大登さん談)という言葉は、戸上さんにも共通する思いだったでしょう。

一時的なスランプや成績の低下も、戸上さんの卓球人生においては「より高みを目指すための通過点」であることが、その後の2025年の活躍によって証明されています。

野田学園での単身生活、明治大でのインカレ優勝、全日本2連覇——幾多の経験で鍛えた精神力が、逆境を乗り越える原動力となっています。

パリ五輪後の世界ランキングと立て直し

パリ五輪後、戸上さんの世界ランキングは一時的に下降傾向を示しましたが、上田仁コーチとの専属契約締結を機に再浮上の機運が高まっていきます。

「五輪で悔しい思いをしたから、もっと強くなりたい」という思いは、野田学園に中学生で単身乗り込んだときの覚悟と重なります。苦境を乗り越える力こそ、戸上さんが一貫して持ち続けてきた最大の強みです。

2025年世界卓球ダブルス優勝・64年ぶりの金メダル

2025年5月、戸上隼輔さんは篠塚大登さんとのペアで世界卓球選手権男子ダブルスを制覇しました。日本勢としては64年ぶりという歴史的な金メダルです。

64年ぶりという歴史的意味

日本男子がダブルスで世界一になったのは、1961年以来64年ぶりという歴史的快挙でした。

それほどの長い時間をかけて達成された偉業を、戸上さんは篠塚大登さんとともに成し遂げました。

篠塚さんは「戸上さんに『二人で金メダルを取ろう』と話して必死にプレーした」と語っており、2人の強い意志と連携プレーが金メダルをもたらしました。

世界卓球での戸上・篠塚ペアの戦いぶり

今大会での戦績を確認すると、3回戦でシンガポールに競り勝ち、準々決勝でエジプトを破ってベスト4進出。

準決勝はフランスの棄権により決勝進出が決定し、決勝では中華台北ペアを破って金メダルを獲得しました。

ラウンド 相手 結果
3回戦 シンガポール 勝利
準々決勝 エジプト 勝利
準決勝 フランス 不戦勝(フランス棄権)
決勝 中華台北 優勝・金メダル

2025年世界卓球での個人成績と今後

男子シングルスではベスト8という成果も残し、また混合団体ワールドカップ2025でも団体銀メダルを獲得するなど、2025年は戸上さんにとって復活の年となりました。

野田学園で培った「強くなるために最良の環境を選ぶ」姿勢が、上田仁コーチとの専属契約という形で実を結び、64年ぶりの金メダルという形で花開いたと言えるでしょう。

世界卓球優勝後の戸上さんの言葉と今後の展望

世界卓球2025での活躍を受けて、戸上さんは2026年全日本選手権でも男子シングルス準優勝という結果を残しています。

現在の世界ランクは31位(2025年5月時点)で、上田仁コーチのもとで着実にランキングを上げ始めています。

2028年ロサンゼルス五輪では、今度こそメダル獲得という悲願を果たすべく、より高い競技レベルでの活躍が期待されています。

三重県津市の橋南中学校から始まった戸上さんの卓球エリート街道は、世界チャンピオンという称号を手にした今もなお、まだまだ続いています。

戸上隼輔の学歴と卓球人生の総まとめ

  • 出身は三重県津市で、父親は1982年インターハイダブルス優勝の元卓球選手だ
  • 3歳から地元クラブ「松生TTC」で卓球を始め、小学生で全国大会入賞した
  • 中学は津市立橋南中学校から野田学園中学校(山口県)に転校した
  • 野田学園中での単身寮生活で精神的にも技術的にも大きく成長した
  • 高校は野田学園高校(偏差値44〜62)で内部進学した
  • 高校2年(2018年)と高校3年(2019年)にインターハイ2連覇を達成した
  • 高校在学中にノジマTリーグ・T.T彩たまとプロ契約を結んだ
  • 大学は明治大学政治経済学部(偏差値63)にスポーツ推薦で進学した
  • 明治大での同期・宇田幸矢と2021年に世界選手権ダブルス銅メダルを獲得した
  • 2022年・2023年に全日本選手権男子シングルス2連覇を達成した
  • 2024年のパリ五輪ではシングルス・団体に出場したがメダルを逃した
  • 2025年春に元日本代表の上田仁さんと専属コーチ契約を締結した
  • 2025年に篠塚大登とのペアで世界卓球男子ダブルス優勝(64年ぶり)した
  • 現在の世界ランクは31位(2025年5月時点)で上昇中だ
  • 次の目標は2028年ロサンゼルス五輪でのメダル獲得だ