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こじるりこと小島瑠璃子さんは、偏差値70の千葉県立千葉東高校に一般受験で合格した実力派タレントです。
千葉県市原市出身で、中学時代には1日10時間以上の猛勉強で全国模試上位に入るほどの成績優秀な学生でした。
高校1年でホリプロタレントスカウトキャラバンのグランプリを受賞し、芸能界入りを果たしています。 その後は共立女子大学に進学するも中退し、中国への語学留学という新たな道を選びました。
この記事では、こじるりの学歴について小学校から大学、さらに中国留学まで詳しく整理していきます。
①:千葉東高校は偏差値70の超難関校
②:中学時代は1日10時間以上勉強
③:共立女子大学を3ヶ月で中退
④:中国留学で新たな挑戦を開始
目次
こじるりの学歴|偏差値70の進学校から大学中退まで
- こじるりの学歴一覧と基本プロフィール
- 清水谷小学校で吹奏楽に打ち込んだ日々
- ちはら台南中学校での猛勉強と部活動
- 偏差値70の千葉東高校に一般受験で合格
- 高校時代の芸能デビューと学業の両立
こじるりの学歴一覧と基本プロフィール
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こじるりこと小島瑠璃子さんの学歴を、小学校から大学まで一覧で整理します。 まず全体像を把握したうえで、それぞれの学校時代のエピソードを見ていきましょう。
学歴一覧表
下記の表はこじるりの学歴をまとめたものです。
| 学校種別 | 学校名 | 偏差値 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | 市原市立清水谷小学校 | — | 吹奏楽部 |
| 中学校 | 市原市立ちはら台南中学校 | — | 全国模試上位 |
| 高校 | 千葉県立千葉東高校 | 70 | 一般受験で合格 |
| 大学 | 共立女子大学 | 43〜49 | 中退 |
小学校から中学校までは地元の市原市にある公立校に通っていました。 高校受験では偏差値70の超難関である千葉東高校に一般受験で合格しており、学力の高さがうかがえます。
大学は共立女子大学に進学しましたが、芸能活動の多忙さから実質3ヶ月ほどで通学を断念し、中退しています。 その後も学びへの意欲は衰えず、中国語を学ぶために上海の大学へ語学留学するなど、新たな挑戦を続けています。
基本プロフィール
以下の表でこじるりの基本情報を整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 小島瑠璃子 |
| 愛称 | こじるり |
| 生年月日 | 1993年12月23日 |
| 2026年04月05日現在の年齢 | 32歳 |
| 出身地 | 千葉県市原市 |
| 身長 | 157cm |
| 血液型 | O型 |
| 所属事務所 | ホリプロ |
| 芸能界入り | 2009年 ホリプロタレントスカウトキャラバン グランプリ |
家族構成と生い立ち
こじるりの家族構成は両親と2歳年下の弟の4人家族です。 本人いわく「普通の両親と、2歳年下の普通の弟と、何も説明することがないくらい平凡な家庭に育ちました」と語っています。
父親がウィンドサーフィンを趣味としていたため、幼少期から季節を問わず海で過ごすことが多かったようです。 こじるり自身もサーフィンに親しんでおり、アウトドア好きな一面は父親譲りのものかもしれません。
こうした環境のもと、のびのびと成長したこじるりが学業面でも優秀な成績を収めていったことは、多くの方にとって意外に感じるかもしれませんね。
清水谷小学校で吹奏楽に打ち込んだ日々
こじるりが最初に通った学校は、千葉県市原市にある市原市立清水谷小学校です。 ここでは吹奏楽部に所属し、音楽に打ち込んだ小学校時代のエピソードを紹介します。
清水谷小学校の基本情報
市原市立清水谷小学校は千葉県市原市にある公立の小学校です。 こじるりは地元の学区に従い、この小学校に通学していました。
子供の頃からピアノと書道の習い事をしていたことが明かされており、小学校時代から文化的な活動に積極的に取り組んでいたことがわかります。 ピアノの経験は後に吹奏楽部で楽器を演奏する際にも活きたのではないかと考えられます。
吹奏楽部でのスパルタな練習
小学校では吹奏楽部に所属し、テナーサックスとトランペットを担当していました。 ここ、気になりますよね。
この吹奏楽部はかなりのスパルタだったそうで、休みもほとんどない部活動漬けの毎日を送っていたとのことです。 運動部よりも多く外周を走り、遅刻をした場合は腹筋をさせられるという厳しい環境でした。
それでもこじるりは「楽器には毎日触れていた方が良いと分かっていた」とやりがいを感じながら取り組んでいたと振り返っています。 小学生の時点でこの忍耐力と向上心があったことは、後に偏差値70の高校に合格する素地になっていたのかもしれません。
小学校時代の思い出とエピソード
こじるりの小学校時代の微笑ましいエピソードとして、バレンタインデーにハーフっぽい顔立ちのイケメン同級生に毎年チョコレートをあげていたことが明かされています。
また父親の影響でアウトドアに親しんでいたこじるりは、夏だけでなく季節を問わず海に出かけていたそうです。 こうした活発な小学校時代を過ごしながら、吹奏楽部での厳しい練習を通じて忍耐力と集中力を身につけていったといえるでしょう。
小学校時代の吹奏楽経験は、中学校でも続けられる楽器演奏の基盤となっていきました。 小学校から音楽と勉強の両立を続けてきた姿勢が、その後の学歴にもしっかりと表れています。
ちはら台南中学校での猛勉強と部活動
こじるりは小学校卒業後、地元の公立校である市原市立ちはら台南中学校に進学しています。 中学時代は吹奏楽と勉強の両方に全力投球し、驚異的な成績を残しました。
ちはら台南中学校の基本情報
市原市立ちはら台南中学校は千葉県市原市にある公立中学校です。 こじるりは小学校と同様に地元の学区から進学しており、ここで中学3年間を過ごしています。
中学でも吹奏楽部に入部し、楽器はコルネット(ホルン)を担当していました。 部活動への取り組みは非常に熱心で、本人が「1年360日ぐらいコルネットでマーチングしていた」と語るほどです。
1日10時間以上の猛勉強
こじるりの中学時代で最も注目すべきは、その驚異的な勉強量です。 自身でも「ガリ勉だった」と認めるほどの猛勉強家で、1日10時間以上勉強して全国模試でも上位になるほど成績優秀でした。
バラエティ番組に出演した際には、中学3年生の時について「目が開いてる時間はずっと勉強していた」と発言しています。 勉強が好きだったわけではなく「やっていて成果が出るのがすごく良いと思った」とのことで、努力の成果を実感できたことがモチベーションになっていたようです。
この猛勉強の日々が、偏差値70の千葉東高校への合格につながっていくことになります。
生徒会副会長としての活動
中学3年生の時には生徒会で副会長も務めていたことが自身のSNSで明かされています。 部活動に猛勉強、さらに生徒会活動まで両立していたことから、中学時代のこじるりがいかに精力的に活動していたかがわかりますよね。
アメリカ交換留学と英語への目覚め
中学時代にはアメリカのアラバマ州に交換留学生として1週間のホームステイを経験しています。 しかし自身の英語があまり通じなかったことにショックを受け、帰国後に英語を猛勉強したそうです。
この経験がきっかけとなり、こじるりの英語力は大きく向上しました。 2019年のラグビーワールドカップのボランティアミーティングで英語を披露するなど、語学力の高さを示しています。
また中学時代には俳優の綾野剛さん似のイケメンやヤンキー系の人と交際していたことも明かされており、勉強一筋というわけではない中学生活だったようです。
偏差値70の千葉東高校に一般受験で合格
こじるりの学歴で最も注目されるのが、偏差値70の千葉県立千葉東高校への進学です。 一般受験で合格しており、学力の高さが証明されています。
千葉東高校の偏差値と特徴
千葉県立千葉東高校は偏差値70の超難関校で、1941年開校の伝統ある県立共学校です。 古くから千葉県内では上位の進学校として知られており、毎年多くの卒業生が難関大学に合格しています。
主な進学実績は以下の通りです。
| 大学名 | 合格者数(浪人含む) |
|---|---|
| 東京大学 | 5名 |
| 京都大学 | 3名 |
| 東北大学 | 10名 |
| 千葉大学 | 75名 |
| 早稲田大学 | 78名 |
| 慶應義塾大学 | 43名 |
| 上智大学 | 39名 |
東大・京大をはじめ、早慶上智にも多数の合格者を出しているレベルの進学校です。 千葉県内の公立高校では県立千葉高校や県立船橋高校と並ぶトップクラスの難易度を誇ります。
一般受験で第一志望に合格
こじるりはこの千葉東高校に一般受験で入学しています。 千葉東高校は第一志望だったと本人が明かしており、「生活のすべてを高校受験に捧げた」と語るほどの努力をしていました。
中学時代の1日10時間以上の猛勉強の成果がここで実を結んだ形です。 偏差値70という超難関を突破できた背景には、中学3年間の積み重ねがあったことは間違いありません。
高校受験に向けた中学時代の勉強量は並外れたもので、同級生の中でも飛び抜けた努力家だったことがうかがえます。
千葉東高校出身の主な有名人
千葉東高校はこじるり以外にも著名な卒業生を輩出しています。
| 氏名 | 職業 |
|---|---|
| 桐谷美玲 | 女優 |
| 戸部洋子 | アナウンサー |
| 菅谷大介 | アナウンサー |
特に女優の桐谷美玲さんは同じ千葉東高校の卒業生ですが、こじるりとは学年が4つ上のため在籍期間は重なっていません。 同じ超難関校から芸能界に進んだ2人ですが、不思議なことに長らく共演がなかったことでも知られています。 偏差値70の進学校から芸能界で活躍する人物が複数出ていることは、この高校の幅広い人材育成力を示していますね。
高校時代の芸能デビューと学業の両立
こじるりは千葉東高校在学中に芸能界入りを果たしました。 偏差値70の進学校に通いながら芸能活動をスタートさせた、まさに文武両道の高校時代について見ていきましょう。
ホリプロオーディション優勝の経緯
高校1年生だった2009年、「第34回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを受賞しました。 高校入学後に打ち込めるものが欲しいと感じていたこじるりは、自分の知らない世界に挑戦してみようとこのオーディションに応募しています。
グランプリ受賞時には「ママに大学は入ってねと言われているので、両立を頑張ります」とコメントしており、学業を続ける意志を示していました。 この母親との約束は、後の大学進学にも影響を与えることになります。
芸能活動と学業の両立の苦労
高校時代はまだ仕事がそれほど多くない時期だったため、主にレッスンに通っていたそうです。 仕事がある時だけ上京し、千葉と東京を往復する生活を送っていました。
当初はサッカー部のマネージャーを務め、ダンス部にも所属していましたが、芸能界入りをきっかけに部活動は辞めているとのことです。 一時期は医師を志していたことや、英語を活かした通訳にもなりたかったことを公言しており、学業面での将来像も持っていました。
高校1年生の時にはダイビングを始め、これが後に趣味として長く続くことになります。
高校時代の思い出と恋愛エピソード
こじるりの高校時代で最も印象深い思い出は、3年生の時の文化祭での演劇だったそうです。 受験勉強をそっちのけにして準備をしたと振り返っています。
また高校1年生の時には学校で一番のイケメンだった先輩に片思いをしていたことも明かしています。 毎朝同じ電車に乗れるよう全力を注いでいたとのことですが、結局告白はしないまま終わってしまったそうです。
芸能活動としてはデビュー当初はグラビアの仕事がメインでした。 高校2年生の2010年にはテレビアニメ「スティッチ」のテーマ曲「みんなのゆめ」で歌手デビューも果たしています。
高校3年で勉強への意欲が低下
ただし高校3年生になると、勉強を頑張る意欲が薄れてきたと本人が述べています。 周りの生徒は大学受験に向けて猛勉強していましたが、こじるりは「中学3年生の時に頑張れたほど勉強を頑張れなかった」と振り返っています。
「芸能界で食べていけるのか、ちょっと微妙なライン」だった時期でもあり、将来への迷いがあったことがうかがえます。 高校3年生の時には「さまぁ~ZOO」でバラエティー番組に初出演し、タレント業中心にシフトしていくことになりました。
なお千葉東高校は早慶上智やGMARCHレベルの大学に指定校推薦枠を持っていますが、こじるりはそれらの大学には進学していません。 このことから高校時代の学校の成績はあまり良くなかったと推測されています。
こじるりの学歴から見える挑戦と決断の軌跡
- 共立女子大学への進学と母親との約束
- 大学をわずか3ヶ月で中退した真相
- 中国留学を決断した理由と語学力
- 夫・北村功太の学歴は青学出身
共立女子大学への進学と母親との約束
こじるりは高校卒業後、共立女子大学に進学しています。 偏差値70の千葉東高校からの進学先としては意外に思う方もいるかもしれませんが、そこには深い事情がありました。
共立女子大学の偏差値と学部
共立女子大学の偏差値は43〜49で、在籍した学部や専攻した学科の詳細は公表されていません。 当初は慶應義塾大学に進学したとの憶測もありましたが、本人がインタビューで「女子大に進学した」と述べたことで否定されています。
その後、複数の在籍情報がSNSで拡散されたことから共立女子大学であることが判明しました。
共立女子大学には以下の学部があります。
| 学部名 | 偏差値 |
|---|---|
| 家政学部 | 43〜49 |
| ビジネス学部 | 48 |
| 文芸学部 | 45 |
| 看護学部 | 45 |
| 国際学部 | 43 |
実習の多い看護学部は芸能活動との両立が難しいため、可能性は低いと考えられています。
進学を決めた背景と母親との約束
こじるりが大学進学を決めた最大の理由は、芸能界入りの際に母親と「大学には進学する」という約束をしていたことです。 ホリプロオーディションのグランプリ受賞時にも「ママに大学は入ってねと言われている」と発言しています。
また別のインタビューでは、芸能界でダメだった場合を考えて大学に進学したとも語っています。 高校3年生の時点では芸能界での将来がまだ不透明だったこともあり、保険としての意味合いもあったようです。
泣きながら受験勉強をした時期
大学受験の時期は仕事で非常に多忙だったことが明かされています。 合格した際には「泣きながら必死に勉強して受かった」とインタビューで語っており、芸能活動と受験勉強の両立がいかに過酷だったかがうかがえます。
偏差値70の高校に通いながら芸能活動も続け、さらに大学受験もクリアしたこじるりの努力は相当なものだったことでしょう。 この経験が、後の中国留学という大きな決断にもつながっていくことになります。
大学をわずか3ヶ月で中退した真相
結論から言うと、こじるりは共立女子大学に1年間在籍したものの、実質的に通学したのは最初の3ヶ月ほどでした。 母親との約束で進学した大学を中退するに至った経緯を整理します。
入学直後から仕事が急増
大学入学直後から芸能の仕事が急増し、大学にはほとんど通学できなくなったとのことです。 実質的に通学できたのは最初の3ヶ月ほどで、それ以降は仕事優先の生活になっていきました。
当時の各メディアでは「現役女子大生タレント」と紹介されていたため、大学に通っていること自体は間違いありません。 しかし実態としては、ほぼキャンパスに足を運べていなかったことがわかっています。
大学入学と同時期にバラエティ番組への出演が増え始め、テレビの仕事が本格化した時期でもありました。 芸能界での需要が急速に高まったことが、大学生活を続けられなくなった大きな要因といえます。
母親の方針転換が後押し
大学進学を強く希望していた母親でしたが、こじるりの仕事が軌道に乗ったことを見て「仕事を頑張りなさい」と方針を転換したそうです。 母親からのこの言葉が、中退を決断する大きな後押しになったと考えられます。
もともと大学進学は「芸能界でダメだった場合の保険」という側面もあったため、芸能界で成功し始めた以上、大学に在籍し続ける理由が薄れたのかもしれません。
バラエティ番組で中退を告白
こじるりは共立女子大学を中退したことを、バラエティ番組「浜ちゃんが!」に出演した際に告白しています。 1年間在籍した後に退学したとのことで、中退のタイミングは大学2年になる前だったようです。
偏差値70の高校を卒業し、泣きながら受験勉強をして入った大学をわずか3ヶ月で実質的に去った背景には、芸能界で生きていく覚悟が固まったという事情がありました。 中退後はバラエティタレントとして本格的に活躍の場を広げ、「ヒルナンデス!」や「S☆1」など数多くのレギュラー番組を持つようになっていきます。
中国留学を決断した理由と語学力
こじるりは大学中退後も学びへの意欲を失わず、中国への語学留学という新たな挑戦を選んでいます。 その経緯と語学力について詳しく見ていきましょう。
中国留学を発表した経緯
2022年8月、こじるりは中国の大学への留学を正式に発表しました。 以前から中国に生活拠点を移して活動したい意向を公言しており、自身のSNSにも直筆の文書を掲載して「28歳、一度ゼロからチャレンジしてみようと思います」と心境を明かしています。
きっかけは友人の誘いで中国語のレッスンに通い始めたことでした。 「わからないな、どんな国なんだろう」と興味がわき、北京に5日間ホームステイしたことで「どんどん中国語が勉強したくなった」とのことです。
留学にあたっては「中途半端に芸能を続けながら行ったら何も分からない。全部終わりにして行かないと見えない中国が見たい」と語り、自ら「転職」と表現するほどの覚悟で臨んでいます。
上海での語学留学生活
2023年6月初めから8月末までの約3ヶ月間、こじるりは上海の大学で語学留学を経験しました。 留学生向けのコースに通い、中国語の勉強に集中したそうです。
東洋学園大学での特別講座に登壇した際には「中国語は日本人にとってものすごく入りやすい言語」とし、「日本人は漢字を使えるため周りの外国の方に比べて学習しやすい」と語っています。
留学中は中国の人々の「情の熱さ」と「少しのミスや不都合があってもとにかく前に進むスピード感」に驚いたとのことです。 常に「日本に取り入れられるものはないか」と考えていたといい、ただの語学留学にとどまらない視野の広さがうかがえます。
語学への高い適性
こじるりの語学力の原点は、中学時代のアメリカ交換留学にあります。 英語が通じなかった悔しさから猛勉強し、その後は英語力の高さを発揮するまでに成長しました。
中学時代に英語、そして大人になってから中国語と、新しい言語に果敢に挑戦し続ける姿勢は、偏差値70の高校に合格した「努力して成果を出す」という成功体験に支えられているのかもしれません。 こじるりの学歴を振り返ると、学びに対する貪欲さが一貫していることがわかりますね。
夫・北村功太の学歴は青学出身
こじるりの学歴に関連して、夫・北村功太さんの学歴にも注目が集まっています。 北村功太さんは青山学院の中等部から大学まで一貫して学んだ経歴の持ち主でした。
青山学院高等部での生徒会活動
北村功太さんは青山学院高等部の出身で、高校時代には生徒会活動に携わっていたことが報じられています。 青山学院高等部は東京都渋谷区にある私立の進学校で、内部進学で大学まで進めるルートがあることでも知られています。
青山学院は幼稚園から大学院まで一貫した教育体制を持つ名門校です。 北村功太さんが生徒会活動をしていたことからも、学校生活に積極的に取り組むリーダーシップのある学生だった様子がうかがえます。
青山学院大学でのラクロス部
高校卒業後は青山学院大学に進学し、ラクロス部に所属していたことが伝えられています。 生粋の「青学ボーイ」として充実した学生生活を送っていたようです。
北村功太さんはこじるりの2歳年下で、大学卒業後はサウナや温浴施設事業を手がける「Habitat」の代表取締役社長を務める実業家となりました。 伝統芸能の家系に生まれたとされる北村功太さんですが、そうした環境から飛び出して起業するチャレンジ精神の持ち主でした。
2人の結婚とその後
こじるりと北村功太さんは2023年5月に結婚し、その後息子も誕生しています。 しかし2025年2月、北村功太さんが29歳という若さで急逝するという悲しい出来事がありました。
こじるりはインスタグラムで「夫は家族思いで優しく責任感の強い人でした」とつづっています。 偏差値70の進学校を出たこじるりと、青山学院で中高大と学んだ北村功太さん。 ともに高い教育を受けた2人の結びつきは、学歴という観点からも興味深いものがあります。
こじるりが小さな息子を育てながら今後どのような道を歩んでいくのか、多くの方が温かく見守っているのではないでしょうか。
こじるりの学歴の総まとめポイント
- こじるりこと小島瑠璃子は1993年12月23日生まれで千葉県市原市出身のタレント
- 出身小学校は市原市立清水谷小学校で吹奏楽部に所属しテナーサックスとトランペットの2つの楽器を担当していた
- 小学校の吹奏楽部はスパルタで休みがほぼなく運動部以上に外周を走らされる厳しい環境だった
- 出身中学校は市原市立ちはら台南中学校で吹奏楽部のコルネット担当と生徒会副会長を兼任していた
- 中学時代は自称「ガリ勉」で1日10時間以上勉強し全国模試で上位の成績を記録するほどの学力を持っていた
- 中学時代にアメリカ・アラバマ州に交換留学した際に英語が通じなかった悔しさから帰国後に英語を猛勉強した
- 出身高校は千葉県立千葉東高校で偏差値は70の超難関校であり東大や早慶にも多数の合格者を出す進学校
- 千葉東高校には一般受験で合格しており「生活のすべてを受験に捧げた」と語るほどの努力で第一志望に合格
- 高校1年の2009年に「第34回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを受賞して芸能界に入った
- 同じ千葉東高校の卒業生には女優の桐谷美玲がおり偏差値70の進学校から芸能界入りした共通点がある
- 出身大学は共立女子大学(偏差値43〜49)で母親との約束により進学したが芸能活動の多忙から中退した
- 大学には1年在籍するも実質の通学期間は約3ヶ月で母親も「仕事を頑張りなさい」と方針を転換した
- 2022年8月に中国留学を発表し自ら「転職」と表現するほどの覚悟で日本の芸能活動を休止して渡中した
- 夫・北村功太さんは青山学院高等部・大学出身で高校では生徒会、大学ではラクロス部に所属した実業家だった
- こじるりの学歴全体を通じて中学のガリ勉時代から中国留学まで努力して成果を出す姿勢が一貫している

